山の暮らしの物語20 電気がついた!
ゆきちゃんは、井戸端にしゃがんで すすけた石油ランプのほや (注1 ) を磨いていた。ピカピカになったランプのほやを抱えて戻ると、父さんがランプの火を灯す。
暗い茶の間にほのかな明かりが揺れる。
いろりには薪が赤く燃えて、自在カギにかかった古い鍋の中では
母さんの煮る茶粥がグツグツと音をたてている。

ゆきちゃんの家には電気がなかった。
ここだけではなく、 村中どこにも電気がなかったのだ。
でも、それも今夜で終わりだ。
「いよいよ 明日やなぁ」父さんがつぶやくと
「ほんまに 大仕事やったねぇ」母さんがうなづく。
そして翌日、待ちわびたその日がやって来た。
ゆきちゃんは朝からはねまわって卵を割ってしまった。
母さんも台所と井戸端を行ったり来たりそわそわしている。
真っ黒に煤けた茶の間にも、ちょっとはましな寝間にも
外の納屋にも ちゃんと裸電球がぶら下がっている。
半月ほど前に、父さんが配線したものだ。
父さんは発電機のテストのため、朝から発電所に出かけて留守だ。
今夜 発電機を動かして村中に初めての明かりを灯すのは、父さんの役目なのだ。
今夜つく電気は、外から来るんじゃない。
皆んなが力を合わせて作った村の発電所から、やって来るのだ。
戦争が終わって十年ちょっと、こんな辺鄙な山村にまだ電力会社は来てくれない。
シビレを切らした若い衆が中心になって、自家発電計画が持ち上がった。
村を流れる川をせき止めて小さなダムを作り、少し下流に発電所を作り上げたのだ。
ダムの水は細い水路を通って発電所の貯水槽に流れ込み、
そこから落とし込んだ水の勢いで水車を回し
水車につながっている発電機のタービンを回すしくみになっている。
ただ、発電量をコントロールできないので
皆の家は電気をつけっぱなしにしなくてはならない。
下手に消すと発電機がおかしくなるらしい。
贅沢なのか不便なのかわからない。
おまけに、夕方に発電機を動かし、朝には止めてしまう決まりになっている。
電気があるのは夜だけなのだ。
でもそんな事はどうだっていい。
今まで夜は真っ暗だった村の家々に、初めて電気の明かりが灯る。

森の奥で フクロウが ほぅー ほぅー と鳴き始め、家の中も薄暗くなってきた。
(まだかな〜 ほんとに電気がつくのかな〜)
電気の灯など見たことのないゆきは、ちょっと不安だった。
土間に降りて外を見たり
茶の間にぶら下がっている電球を眺めたりじっとしていられない。
と、その時だった。
今か 今かと見つめているその目の前で
茶の間の小さな裸電球が すーっと明るくなった。
生まれて初めて、電気の明かりを目にしたゆきちゃんは
「わ〜 !」と叫んだきり 固まってしまった。
なんて明るいんだろう !
今まで、何かが潜んでいそうだった 部屋の隅の暗がりもちゃんと見えている。
母さんも、まぶしそうに目を細めている。
思えば、それは この島国の この山々 この土地が誕生して以来
初めて灯った電気 文明の灯りだった。
ゆきちゃんはこの夜の明るい電灯の光を、いつまでも忘れなかった。
夜の闇を知らない者には、この喜びは分からない。
注1 ほや( 火屋/火舎 ) ランプやガス灯などの火をおおうガラス製の筒
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