山の暮らしの物語23 イノシシ庭を走る
< このシリーズは
戦後、ある山村に実在した一家をモデルとして、創作したものです >
The wild boar ran through the garden
蕗のとうが小さな芽を出し、梅の蕾もふくらんで来た。
買ってもらったばかりの赤いランドセルを抱えて
ゆきちゃんは掘り炬燵で絵本を読んでいた。
障子には のどかな春の陽がさして、どこかで小鳥の声がする。
その時、突然 ガツ ガツッと荒々しい足音がして 何かが庭先を駆け抜けて行く。
「 ぎゃあ〜」

ゆきちゃんが大声で叫んだので
井戸端で洗い物をしていた母さんがすっ飛んできた。
「どないした?」
「な なんか通った!」
二人でこわごわ外に出てみると
庭のわきを流れる小さな谷に、何やら獣がうずくまっていた。
井戸や 魚の水槽がある井戸端の下流が、少し深い谷になっている。
そいつは、庭先を走り抜けて そのまま谷に落ち込んでしまったらしい。
二人で手を握りあって、ドキドキしながら見下ろしていると
その獣は、グホッとうめきながら 頭を振ってよろよろと立ち上がり
谷から這い出て、山の方に走って行った。
「 ありゃぁ イノシシかいね〜」
「 あ〜 おとろしかった」 注1
ほっと息をついた時、遠くから きゃんきゃんと騒がしい吠え声が聞こえてきた。犬を連れた鉄砲撃ちのおじさんが、山道を登って来る。
「 やれやれ、逃げられてしもうたかいね」
おじさんは 母さんの顔を見て苦笑した。
「下から追うて来たんかい?」と母さん。
「おうよ 下の薮んとこで、犬が嗅ぎつけおっての」
「もう 山の方へ逃げてしもうたよ」
「そやの、ちょっと一服させてもらおかいの」
おじさんは、騒がしい犬どもをなだめてから
上がり框(かまち) に腰かけ、母さんの入れた渋茶をすすって世間話を始めた。
ゆきちゃんはおじさんの話を聞きながら
イノシシが無事に山に帰れて、なんだか ほっとしていた。
きっと食べ物がなくて、里に降りて来たんだね。
でも もうすぐ春だから。
注1 おとろしい : 誤字ではなく 「おそろしい」がなまったもの
小さな 英語レッスン
イノシシが庭を走り抜けた
The wild boar ran through the garden
イノシシが無事に山に帰って行き、なんだか ほっとしていた
I felt somewhat relieved that the wild boar returned to the mountains safely
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