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山の暮らしの物語16 ダムができた


梅雨が明けると、電柱の設置と並行してダム工事が始まった。

春先に上流の山で切り出した杉の間伐材が、筏を組んで運ばれてきた。
                                (注1 2)
おなご衆が刈り取った柴や葛(かずら)も、筏の上に積まれている。  (注3 4)


村を東西に流れる一番大きな谷川に、木製のダムを作ろうというのだ。

砂利を掘り返して水の流れを変え
水流のなくなった川底の岩盤に穴を開け、杭を打ち込む作業が始まった。

山仕事に慣れた男達にも、太い丸太を扱うのは大仕事だ。

「お〜い もうちょっと右や」
「こんなもんか?」
「あかん それじゃぁ傾いとるぞ」
「こら そこ しっかり持たんかい!」
川の流れの中で、若い衆の大声が飛び交う。

電動工具はなく、ツルハシやショベル ハンマーを手にした人力だ。
若手十数人で交代しながら、もう十日ほど この作業が続いている。
岩盤はなかなか手強いのだ。

こうして、上流から運ばれた太い丸太が、横一列に柵のように打ち込まれてゆく。
真夏の太陽が照りつける中、真っ黒になった男たちは半裸であった。

そんな彼らのたったひとつの楽しみは、
吹き抜ける川風の中 岩陰で食べるささやかな昼飯だ。

高菜の漬け物でご飯を包んだ “めはり寿司” と (注5)
しっかり味の染みた野菜の煮物を頬張りながら
「お前んとこの嫁さんの煮物は絶品やのう」と新婚をからかう。

やっと、太い丸太で杭が完成すると
今度は、その杭を支えに、残った丸太を横倒しにして葛のツルでしばりつけ
上へ上へと積み上げてゆく。
流れを堰き止める壁を作っているのだ。

横にした丸太と丸太の隙間を芝の束で埋め、子供たちが集めた苔を詰めると
堰き止められた水がゆっくりと深さを増してゆく。

盆休みをはさんで続いたダム作りも
最後は泳いだり潜ったりの作業となった。

「こりゃぁ 涼しい!」
「ヤマメも泳いどるぞ」
「ダムで魚獲りたぁ 楽しみやのう」

疲れ果てた若い衆にも、やっと笑顔が戻る。

やがて、深さ3メートルを越したあたりで取水口から水が流れ出し
緩やかな木造の水路を通って、100mほど下流の発電所へと向かってゆく。

彼らが ダムと呼んでいるのは 実際はこのレベルの堰堤であるが
これでも 人力で造るのは 容易ではなかったと思われる

「おう〜」「よっしゃぁ!」 皆の歓声が上がる。

ダムからあふれる水音がどうどうと響く中で
肩を叩きあう者 完成したダムに勢いよく飛び込む者
ひと夏の苦労が実った瞬間であった。


ゆきちゃんが、母さんと釣りに来た時「この上流にダムができるよ」
                                                                        と言われた通り
杉やヒノキの間伐材を使った小さなダムが出来上がったのは
8月も終わる頃だった。


だが、発電所が動き出すのは、もう少し先のことになる。

続く


<    後書き >

補足 
本来 この規模のものは ダムではなく堰(せき) と呼ばれるが
村人にとっては 発電のための大事なダムであったため
ここではダムと呼ぶ事にする

注1 間伐材 (かんばつざい) 森林の木が密集しないよう間引きした木材
注2 筏 (いかだ) 木材を並べて結び合わせ、水に浮かべて木材を運搬する
注3 柴 (しば) 山野に自生する小さな雑木
              昔話のおじいさんは柴刈りに の柴である
              庭の芝生の 芝ではない
注4 葛 (かずら) つる草の総称

注5 めはり寿司 
  紀伊半島の熊野地方と吉野地方の郷土料理で
  高菜の漬物の葉で包んだ弁当用のおにぎり

  名前の由来は
    目を見張りながら大きな口を開けて食べるからと言われる

    熊野水軍の見張り番が食べていたことから
     「見張り寿司」がめはり寿司になった などの説もある

    奈良時代の文献にも記述が残っており
      日本最古のファーストフードという説もある


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