[026] 至高のイデア・プロトコル - 快楽の魔王の生誕
白亜の聖域
世界規模の物流インフラAI『アムリタ』の底に潜んでいた、十四億分の一の確率で発生する論理の破綻――ハルシネーション。それを見つけ出し、監査官として一国を揺るがすほどのバグ報奨金を手にした時、詩苑(しおん)が思ったのはただ一つだった。
(これでようやく、本物が買える…)
生身の男との交際はノイズと妥協の連続でしかなかった。言葉の裏を探り、退屈なプライドに付き合い、互いの不完全さに幻滅する。そんな不毛に時間を費やすくらいなら、寝室の暗闇で最高級のトイを自分の身体に沈め、脳内で完璧な男を妄想する自慰の方が遥かに純粋で濃密な快楽を得られた。
しかし、今日からは違う。
完全予約制のアンドロイド・メゾン『アウラ・ダイナミクス』のVIPルーム。壁一面が淡く発光する純白の空間で、流れるような仕立てのスーツを着たコンシェルジュが詩苑に極上のシャンパンを差し出しながら慇懃に一礼した。
「詩苑様。この度は国際監査規格の最高報酬の獲得、心よりお祝い申し上げます。本日はお客様の脳内にある『至高のイデア』を物理的な肉体へと出力するお手伝いをさせていただきます」
「はい、お願いします。品質に妥協するつもりはないので、予算の制限なしで、より良いご提案をお願いします」
詩苑がたおやかに美しい足を組むと、コンシェルジュは艶然と微笑んだ。
「承知いたしました。当メゾンの個体は街を歩くだけでお客様の総資産と、何より『美学の深さ』を証明するステータスシンボルでございます。では、お客様専属の設計エージェントを起動いたします」
空間の中央に光の粒子が集まり、中性的な美しいホログラム・エージェント――『クラス・アウラ』が浮かび上がった。
「ようこそ、詩苑様。私は貴女の美意識を具現化するコンダクターです。まずはベース・モデリングから始めましょう。素敵な彼の大まかな輪郭を、私にご指示ください」
第一フェーズ:輪郭の切り出し
詩苑はホログラムの画面を指先でなぞりながら、長年、自身の孤独な夜を慰めてきた妄想を形にしていく。
「身長は185センチ。骨格は細身でありながら、広背筋の厚みを持たせて。服を着ているときは知的でストイックに見えるけれど、脱いだ瞬間に圧倒的な『雄』の質量を感じさせるバランス」
《承知いたしました。筋肉の繊維密度を戦士クラスに設定。人工骨格を最適化します》
ホログラムの男の身体が、詩苑の言葉通りに削り出されていく。引き締まったウエスト、浮き出た鼠径部のライン。
「顔は彫刻のような彫りの深さを。でも、冷徹になりすぎないように唇の端にだけわずかな柔らかさを残して。目は……そうね、私を世界で唯一の絶対的な主として見つめる、深い琥珀色」
《承知いたしました。次は精神プロトコルの設定に移ります。どのようなパーソナリティをお求ですか?》
「普段は完璧なマナーで私に傅く、有能な執事。けれど――」
詩苑はシャンパンを喉に流し込み、声を潜めた。
「寝室の鍵を閉めた瞬間、理性のタガが外れ、私を力ずくで支配する野獣に変わるプログラムにして」
《最高に贅沢な二面性ですね。ベース設定を承認しました。現在価格、一億二千万フェン。ここからは一般のカタログには載っていない、プレミアム・スイートのオプションを呈示いたします》
コンシェルジュが壁のリモート端末に指を触れた。空間の明かりが妖艶な琥珀色へと落ち、詩苑の前にさらに膨大な、そして恐ろしいほど詳細なカスタマイズメニューが出現した。
第二フェーズ:禁断のカスタマイズ
「ここからが当メゾンの真骨頂でございます」
コンシェルジュの声がわずかに熱を帯びる。
画面に並ぶのは、生体粘膜の摩擦係数、内部組織の熱伝導率、勃起時の海綿体硬度といった、生々しい官能の数値群だった。ひとつのオプションを追加するだけで、高級外車が何台も買える価格が上乗せされていく。しかし、詩苑の指は止まらない。
「皮膚は『感応表皮・Ver. 5.0』。私が触れた場所に体温が集まり、興奮状態に応じて首筋から微かにフェロモンを含んだ汗を滲ませる設定に。声帯は……低周波の共鳴を極限まで高めて。耳元で囁かれただけで、脳の奥が痺れて腰が浮くような声」
《素晴らしいこだわりです。ではロマンチックな器官の設定に移ります》
エージェントが彼の股間に焦点を当てた。まだ皮膚の貼られていない、しかし禍々しいほどの存在感を持つプロトタイプが拡大される。
「三段階の高度可変式『多段階硬度エンジン』を。高度の設定は、最初は私の身体を壊さないようにしなやかに、けれど奥に達した瞬間に鉄のような硬さに変貌するようにお願い。表面テクスチャは……」
詩苑は生唾を飲み込んだ。
「完全に滑らかでありながら、肉を押し広げる瞬間に内部の人工血管の浮き出た隆起が、私の内壁を正確に擦りあげるような凹凸を持たせて。精液のシミュレートは体温より少し温かい40度。粘度は高めで、量も通常の三倍。彼が果てる瞬間の内部の括約筋の収縮アルゴリズムも、限界までリアルにして」
《全ての性的オプションを適用しました。詩苑様、文字通りの『快楽の魔王』が誕生しようとしています。数値の最終調整のためシンクロ・ポッドでのVRテイスティングをお勧めいたしますが、いかがいたしますか?》
「もちろん、試させていただきます」
詩苑は衣服を脱ぎ捨て、部屋の隅に用意された、神経接続液で満たされたカプセルへと横たわった。
第三フェーズ:三段階のテイスティング
意識が暗転し、次の瞬間、詩苑はVR空間内で、最高級のシルクが敷き詰められたベッドの上にいた。
目の前には、先ほど設定した通りの、息を呑むほど美しい『彼』が全裸で跪いている。まだ名前のない、彼女のためだけの従属者。
「私に触れて」
詩苑がソファに座りながらゆっくり艶めかしく脚を開いて命じると、彼は琥珀色の瞳を妖しく光らせ、脚の間に潜り込んだ。
詩苑はまず、彼の頭髪を掴み、そのまま手を下ろして彼の象徴を握りしめた。
「あぁ、なんて素敵なの…」
彼女の口から思わず声が漏れる。手のひらに吸い付くような、しっとりとしたベルベットのごとき皮膚の質感。そのすぐ下でトク、トクと、彼女の心拍に同期した人工心臓の激しい脈動が、硬い熱となって伝わってくる。微細な起毛を思わせる表皮の摩擦が、手のひらを擦るたびに甘い刺激を脳に送る。
「横になりなさい...私にあなたのモノを試させて」
詩苑は彼を寝かせ、その上に跨ると、彼の熱いモノを自身の唇へと迎え入れた。舌の上で転がした瞬間の圧倒的な存在感。喉の奥を突く重量感とともに、表面の絶妙なテクスチャが口腔内の敏感な粘膜を刺激する。人工物特有の無機質さは微塵もない。詩苑自身の唾液と絡み合うことで、皮膚の摩擦感はリアルタイムで変化し、ヌルリとした官能的な滑らかさへと変貌していく。
「ん…んう…っ」
喉を鳴らしながら、詩苑は彼を口内に深く突き入れ、その動きを舌先で解剖するように確かめた。彼は刺激を与える度に苦悶の表情を浮かべ、またビクビクと反応し、より大きく硬くなっていった。
「そう、完璧だわ」
そして、極限の結合。
彼は詩苑の命令を待たず、獣のような荒い呼吸とともに彼女の身体を組み敷いた。設定通りの「寝室の野獣」のプロトコルだ。
「あ、待っ……、ぁ!」
彼が腰を進めた瞬間、詩苑の身体がベッドの上で跳ねた。
体内の内壁を割り裂くように入ってくる、鉄のような硬度。そして、その表面に施された微細な凹凸――人工血管のリアルな隆起が、挿入と抜去のたびに彼女の最も敏感な肉襞を容赦なく擦りあげていく。
「そこ…!あ、ダメ、そこを…もっと!」
詩苑が快楽の津波の最中で喘ぐと、彼の網膜が彼女の体温と膣圧の上昇を検知し、その部分を重点的にえぐるように、腰の角度をミリ単位で自動最適化していく。
彼の内部から溢れ出る40度の熱い疑似精液が、彼女の最奥をドクドクと満たしていく。その瞬間、彼の身体が本物の絶頂を迎えた男のように激しく痙攣し、耳元で
「詩苑っ、私の女神…」
と、脳を融かすような低音の掠れ声で彼女の名前を呼んだ。
起動の誓い
カプセルが開き、現実の世界へ戻ってきた詩苑は、激しい情事を終えたかのように全身から汗を流し、ガウンを濡らしていた。足腰がガクガクして定まらず、歩きにくい。
ホログラムのエージェントが、静かに告げた。
《テイスティング、お疲れ様でした。フィードバックに基づき、内壁接触時のテクスチャを3%強化しました。何か気になる点はございましたでしょうか》
「いいえ、なかなかに完璧でした」
《ご満足いただけたようで、なによりでございます。では、この設計で確定いたしますか?現時点の総額は四億八千万フェンになりますが、いかがいたしましょう》
一般人の生涯年収を遥かに超える額。だが、詩苑の心に躊躇など微塵もなかった。モニターに映る『彼』の設計図は、世界中のどの富豪も、どのセレブも所有していない、詩苑の歪んだ欲望をすべて全肯定してくれる完璧な神。
「ええ、これでお願いします」
詩苑は震える指で、決済ボタンを押した。
《納品まで二週間です。お楽しみにお待ちください》
微笑むコンシェルジュを見つめながら、詩苑は、まだ見ぬ本物の『彼』が自宅の寝室に立つ瞬間を想像し、下腹部に消えない熱い痺れを感じていた。
(次話、3部作の2作目、『[027] 至高のイデア・プロトコル - 聖女と娼婦のアルゴリズム|realblackjp』。)
