臨床研究の倫理審査──審査で必ず問われる10の質問
臨床研究を進めるうえで、多くの研究者が最初に直面する大きな壁が研究倫理委員会(IRB:institutional review board)です。
臨床研究は、倫理委員会の承認なく実施することはできません。たとえ「承認されていると思っていた」「手続きが完了したつもりだった」という場合であっても、未承認のまま研究を開始すれば重大な問題となります。
一方で、書類を提出すればすぐに承認が得られるわけではありません。
研究倫理委員会では、研究計画の内容について、計画者自身が審査委員からの質問に適切に答えられるかも含めて審査が行われます。
そこで本資料では、研究倫理委員会の審査において計画者がよく問われる内容を、大項目10個に整理しました。
これらは、研究計画書の中にあらかじめ明確に記載しておくべき事項であり、また、審査委員会に出席した際にも、自分の言葉で説明できなければならないポイントです。
これから臨床研究を実施しようとする方が、
研究計画書作成時の確認用として
倫理審査に向けた事前準備として
活用できるチェックシートとして、本資料をご利用いただければ幸いです。
それでは、委員の方に質問されたとして、一つずつ回答してみてください!

✒️筆者紹介
理学療法士/修士(リハビリテーション学・公衆衛生学)
回復期リハビリ病院では病棟主任・教育主任を歴任。脳卒中後の機能回復と栄養管理の臨床・研究に携わる。
リハビリテーション医学の科学的根拠を追求すべく、大学院にてリハビリテーション学の修士号を取得。さらに、臨床研究・疫学・統計解析の実力を体系的に習得するため、公衆衛生学修士(MPH)を取得し、医療データの分析にも軸足を置く。
現在は、 医療リアルワールドデータ活用人材プロジェクト 東京大学履修コースで、医療の現場から得られる大規模データを用いた実証研究に取り組む。
臨床と疫学をつなぐ視点から、介入効果の可視化と医療政策への応用を目指している。臨床現場を離れ、医療研究開発センターのプロジェクトマネージャーとして新たな挑戦を始める。
❶:本研究における、研究参加者のリスクは何であると捉えていますか?
注)臨床研究におけるリスクは、身体に対する危険だけではありません
1. 身体的害
介入や検査による副作用、合併症、侵襲(痛み・出血・感染など)。
最も直感的で、医療研究でまず問題になる害。
2. 心理的害
不安、恐怖、羞恥、罪悪感、スティグマ。
質問票や面接、予後情報の開示などでも生じ得る。
3. 社会的害
差別、偏見、評価の低下、人間関係への悪影響。
疾患名・遺伝情報・行動履歴の漏えいが典型。
4. 経済的害
通院・検査に伴う自己負担、交通費、休業による収入減。
補償や負担軽減策がない場合に問題化しやすい。
5. プライバシー・情報に関する害
個人情報・診療情報の漏えい、再識別のリスク。
身体的侵襲がなくても重大な害と評価される。
6. 時間的・生活上の負担
頻回受診、長時間拘束、生活リズムの乱れ。
「軽微」と見なされがちだが、累積すると無視できない。
7. 医療機会の不利益
研究参加によって標準治療が遅れる・受けられない。
特に介入研究で重要。
❷:考えられるリスクを最小限にするために、どのような計画をしていますか?
例)
・侵襲性を必要最小限に抑えた研究デザインの採用
・有害事象発生時の対応フロー作成
・既存診療情報の活用による追加介入の回避
・対象者の負担軽減(来院回数・検査内容の最適化)
・個人情報保護およびデータ管理体制の整備 など
❸:この研究から得られる患者さんへの利益は何と考えていますか?
(もし、この患者さん本人への直接的な利益が無いとしても、将来の患者への利益・医学的進歩・将来研究への基盤形成・政策などの間接的な利益が十分に期待できる研究ですか?)
❹:現時点で想定される回避可能なリスクについては、すべて具体的な対策を計画していますか?
想定できるリスクに対しては、すべて対応させた対策をたて、それを計画書に反映させましょう
❺:本研究の目的達成に直接寄与しない手順・介入・データ取得については点検を行い、不要と判断されるリスク要因は研究計画から除外していますか?
想定しているデータは、本当に全て必要ですか?実は、データの取りすぎ・持ちすぎも大きなリスクです。
「せっかくだからデータを取っておこう」は、当初の研究目的からの逸脱や、同意範囲を超えた利用につながりやすい。また、データが多いほど、アクセス管理、保存期間、廃棄が曖昧になり、運用リスクが急増します。
❻:研究目的の達成に必要な科学的妥当性を確保しつつ、過剰な参加者登録とならないよう、最小限の症例数となるよう設定していますか?
主要評価項目に基づき、統計学的検出力および推定精度を考慮して算出
❼:研究参加者の選択は公正であり、特定の集団に不当な負担や利益の偏りが生じないよう配慮していますか?
「公正」な患者選択とは?
1. 科学的合理性に基づく選択
対象集団は研究目的に照らして論理的に導かれているか(担当患者なので「集めやすいから」「断られにくいから」は不可)
2. 不当な負担集中の回避
患者のリクルートに便利さや立場の弱さ(高齢者、重症患者、社会的弱者など)を利用していないか
3. 利益・成果への公平なアクセス
研究の成果(知見・治療機会)が特定集団だけのものにならない(例えば貧困層にのみ研究参加の依頼をして、最終的には研究の成果が高額な医療技術や医療体制を前提としており、経済的に恵まれた層のみが将来的にその利益を享受できる構造となっていないか)
→ 負担を負った集団が、将来の利益から排除されないか
❽:患者本人(もしくはその法的な代理人)から適切なインフォームドコンセントがとれますか?
主には、患者説明同意文書に含める内容になると思います。ここでの「適切」とは、以下のような内容が含まれます
・十分な情報提供
目的、方法、予測される利益・リスク、不利益、代替手段、撤回の自由が明確に説明されている。
・ 理解可能性の確保
専門用語を避け、参加者の年齢・理解力・状況に配慮した説明方法(口頭説明、補足資料、質問時間)が用意されている。
・自発性の担保
参加・不参加によって診療上の不利益が生じないことが明示され、同意への不当な圧力がない。
・撤回の自由
いつでも不利益なく同意を撤回できることが説明されている
❾:個人情報の保護が適切に行えますか?
多面的な保護が必要です。一つずつ、対応していきましょう。研究計画書の雛形には大体書いてありますけどね。無ければ、以下を参考にしてください
・収集の最小化
研究目的に不要な個人識別情報を取得していない。
・識別性の低減
仮名化・匿名化を行い、対応表は厳格に分離管理。
・ 利用目的の限定
研究目的以外への二次利用を行わない(行う場合は同意・審査)。
・アクセス制御
取扱者を限定し、権限管理・ログ管理を実施。
・安全な保存
パスワード・暗号化・施錠等、物理的/技術的対策がある。
・第三者提供の管理
提供範囲・方法・責任分担を明確化(委託契約・覚書)。
・保存期間と廃棄
保存期間を定め、終了後は復元不能な方法で廃棄。
➓:想定外の有害事象・問題発生時の対応や、研究中止・中断の基準はどうなっていますか?
何を、想定外の危険とするか、事前に見積もることが重要です。これには、計画段階からの、研究の品質の許容範囲における、RBA(Risk Based Approach):リスクを特定し、リスクの大きさに合わせた対応をとることが重要になるかもしれません
まとめ
臨床研究において、研究倫理委員会(IRB)は「越えるべき壁」ではなく、研究を守るためのチェックポイントです。
審査で問われるのは、書類の体裁よりも、研究計画そのものが倫理的・科学的に筋が通っているかという一点に尽きます。
特に重要なのは、
リスクを正しく捉え、最小化できているか
参加者の負担や不利益が正当化できるか
不要な手順やデータを持ちすぎていないか
研究成果が特定の人だけのものにならないか
といった、計画者自身の理解と説明力です。
倫理審査で止まる研究の多くは、「悪い研究」ではなく、考えきれていない研究です。
今回整理した10のチェック項目は、IRB対策であると同時に、研究計画を一段引き締めるための思考チェックリストでもあります。
これから臨床研究を始める方も、すでに経験のある方も、
「そのリスクは、あえて引き受ける理由があるか」
「そのデータは、なぜ必要だと胸を張って言えるか」
と、自分の研究に問い直す材料として、ぜひ活用してください。
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