見出し画像

余白ノート|本好きの下剋上 領主の養女丨第6話|レッサー君、飛ぶ。そしてフェルディナンドは売れる

第6話は、いよいよフェシュピール・コンサート本番の回だった。

けれど見終わって最初に思い出すのは、たぶん演奏会そのものより、空を飛ぶあの妙な乗り物なのではないかと思う。そう、今回はついに、ローゼマインの騎獣が形になる。しかもその発想が、あまりにもローゼマインらしい。

まずはフェルディナンドから、プログラムの印刷許可が下りる。

やったー、である。ここまで積み上げてきた準備が、ようやく形になっていく感じがあって、この時点ですでにうれしい。だが安心する間もなく、次に待っていたのは騎獣の訓練だった。

魔石に魔力を込め、形を思い浮かべるローゼマイン。

そこで最初に出てくるのが、パンダ。

いや、なぜパンダ。

フェルディナンドから「飛べるのか?」という当然の疑問が即座に立ち上がる。却下されるのも無理はない。

続いて、エーレンフェストの紋章からライオンに挑戦する。

お日様のようなたてがみを持つライオン。ここまではまだわかる。

しかし、背中に乗れない。

そこでライオンバスになる。

それは本当に騎獣なのか。いや、もう乗り物としての発想が完全に別方向へ走っている。しかも乗り込んで、シートベルトを装着し、アクセルをふかして、前進して、「飛べー」とやって、本当に飛ぶのだからたまらない。

このくだり、本当に最高だった。

ローゼマインの頭の中では、騎獣はもはや神獣でも霊獣でもなく、かなり具体的な移動手段になっている。しかもそのイメージがやけに現代的だ。フェルディナンドが「エーレンフェストの紋章を変なものにするな」と怒るのももっともで、外観が面白すぎて紋章由来のデザインは使わせられないという判断に、思わず笑ってしまった。

そして最終的に、ローゼマインは「可愛くすればいい」と考えて、レッサーパンダへ変更する。

ここでついに、レッサー君爆誕。

フェルディナンドは呆れながらも黙認する。この“呆れているのに、最終的には通してしまう”感じが、二人の関係らしくてとてもいい。厳しく管理しているようでいて、ときどきローゼマインの奇妙な創造力を止めきれない。そのバランスが実に面白い。

神殿へ到着すると、今度は印刷側でも大きく話が進む。

職人ザックが蝋引きマシンを完成させたのだ。ヨハンはあと数日かかる。けれどローゼマインは、ここで片方だけを選ばない。量産体制を見越して、両方を採用するつもりでいる。この判断がいい。技術競争をただ勝敗で終わらせず、未来の生産体制として受け止めるところに、ローゼマインの“仕組みを作る人”としての顔がよく出ていたと思う。

さらにザックにもグーテンベルクの称号が与えられる。

大喜びするザック。

しかしその喜びも束の間、グーテンベルクが個人に与えられる特別称号ではなく、印刷に関わる者たち全体の呼び名だと知って、がっかりする。ここもとてもよかった。職人の誇りと素朴さがあって、くすりとさせられる。けれど同時に、印刷がひとりの天才ではなく、複数の手と技術の集積でできていくことも示していて、この作品らしい場面だった。

そしていよいよ、蝋原紙にフェルディナンドのイラストを描き、ガリ版印刷を試す。

ここで見事なイラストが印刷される流れは、かなり胸が躍った。ローゼマインが企んでいた“売れる紙もの”が、ついに物質として現れる瞬間だ。しかもそれを見たエルビーラがうっとりしているのがまたいい。もうこの時点で、ブロマイド商法はほぼ勝利している。

今回あらためて感じたのは、ローゼマインがやろうとしていることは、単に本を作ることではないということだ。

印刷技術を使って何を作るか。

誰に売るか。

どんな感情に火をつけるか。

そこまで含めて考えている。だから今回は、技術の成功と同時に、コンテンツ販売の成功まで見えてしまう。ローゼマインの革命は、やはり本だけでは終わらない。

そして本番。

フェシュピール・コンサートの会場には、たくさんの貴族女性たちが集う。

フェルディナンドの演奏が始まると、全員がうっとりする。卒倒する人まで出て、警護の騎士団が運び出していくという絵面がすごい。ここまで来ると、もはやコンサートというより現象だ。フェルディナンドは本人の意志とは別に、完全に“需要のある存在”として機能している。

だが今回いちばん見事だったのは、その次かもしれない。

二曲目の演奏中、フローレンチアが「女性だけのお茶会」と言ってジルベスターを遠ざけていたことが露見し、ローゼマインは焦る。ここで慌てるだけでは終わらないのが彼女だ。一考の末、「参加させちゃえばいいや」と切り替える。そして「真の主役とは遅れてやってくるものです」と言って、ジルベスターをステージに立たせてしまう。

この判断が実にローゼマインらしい。

問題を隠すのではなく、舞台の演出に変えてしまう。

危機対応なのに、発想はほとんど演出家である。

その結果、フェルディナンドとジルベスターのデュオが実現し、さらにジルベスターが会場に歌を促して、フェシュピール・コンサートは大成功に終わる。ここは本当に鮮やかだった。ひとつのトラブルを、むしろ会場全体を巻き込む盛り上がりに転換してしまう。ローゼマインは本好きで商人で編集者だけれど、今回ついに演出家の顔まで見せた気がする。

そしてもちろん、販売したフェルディナンドの姿絵は売れまくる。

ローゼマインは悪い顔で「次も……」と考える。

だが、そこで終わらない。場面転換。

しっかりフェルディナンドにバレて、平謝り。

そして「二度目はない」と釘を刺されて、がっかりするローゼマイン。

このオチがまた完璧だった。

儲けて終わりではない。ちゃんと怒られる。

でも、完全に止められるわけでもなく、一度は形にしてしまっている。つまりローゼマインはまた一歩、世界に新しい売り方を刻み込んでしまったのだと思う。フェルディナンドとしてはたまったものではないだろうけれど、視聴者としてはにやにやが止まらない。

第6話は、騎獣誕生の楽しさ、印刷技術の前進、コンサートの成功、そして商売のうまみと叱責まで、見どころがぎっしり詰まった回だった。

とりわけ印象に残るのは、ローゼマインがどんな場面でも、ただ言われたことをこなすだけでは終わらないことだ。騎獣を作れと言われれば、レッサー君を生み出す。印刷許可をもらえば、売れる紙ものへつなげる。トラブルが起きれば、演出に変える。彼女の頭の中では、世界はいつも少しだけ作り替え可能なものとして見えているのだろう。

次回はハッセの小神殿。

コンサートという華やかな成功のあとで、また別の問題と向き合うことになるのだろうか。レッサー君の今後も含めて、次回も楽しみだ。


前の物語を映像でたどり直したい人へ
『本好きの下剋上』映像作品(Amazon
※この記事にはAmazonアソシエイトリンクを含みます。

いいなと思ったら応援しよう!

リョータ よろしければ応援お願いします! とても励みになります! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!