余白ノート|本好きの下剋上 領主の養女丨第10章|はじめての素材採集|月夜の採集は、命がけだった
第10章「はじめての素材採集」は、タイトルだけ見ると、少しのんびりした冒険回にも見える。
けれど実際には、ハッセの町長への対応、下町の記憶、ユレーベの素材集め、そして命がけの戦いまで詰め込まれた、かなり密度の高い回だったと思う。
冒頭からなかなか強い。
フェルディナンドに、収穫祭の護衛であるエックハルト、徴税官のユストクスを紹介される。しかもユストクスはリヒャルダの息子。こうして見ると、ローゼマインの周囲は本当に人材が濃い。さらに魔力の塊を分析するため、ローゼマインはパンツ一丁で魔法陣に立たされることになり、「神官長のエッチー、ロリコン」と叫ぶのだけれど、当然ながら意味は通じない。このへんの、深刻になりすぎない妙なおかしみも本好きらしい。
けれど、この場面にはちゃんと重要な意味がある。
魔力の塊をユレーベで溶かす必要があるということは、ローゼマインが下町出身であることを示唆してしまうからだ。しかも、素材採集に付き添うエックハルトとユストクスにそれを知られるかもしれないと焦るローゼマイン。ところが二人はすでに、フェルディナンドの命令で、下町時代のマイン周辺を調べていた。ここは少しぞくりとする。フェルディナンドは、やはり何歩も先で盤面を見ている。
そして場面はハッセへ。
町長に孤児のお金を渡し、さらに返事の手紙では、前神殿長は「遥か高みに上がった」と伝える。もちろんローゼマインとしては、もう頼れる相手ではないという意味を込めたのだろう。けれど貴族の言い回しは、町長にはうまく伝わらない。このすれ違いが、なんとも本好きらしい。知識や言葉は、相手に届いて初めて意味を持つ。そこがうまく噛み合わない時、かえって状況はややこしくなる。
ここでのフェルディナンドがまた強い。
「さあ、ローゼマイン、あの無礼で無知で愚かでとんまで救いようのない痴れ者をどうするのか述べてみよ」
言い方が容赦ない。けれど、この厳しさが今回はよく効いていた。ローゼマインは、町長を孤立させ、小神殿とハッセが対立しないように全力を尽くすと答える。敵を潰すことではなく、対立の構図そのものを作らない方向へ考えるのが、やはりローゼマインらしい。
そしてここからが今回の“黒いローゼマイン”の見せ場だった。
移動のためにレッサーくんに同乗したフランへ、町長補佐のリヒトにそれとなく話を通しておいてと頼む。ところが「それとなく」では物足りない。
前神殿長はすでに処刑され、頼るべき相手などいないという事実を、町長の頭と心に刻みこみ、心胆を寒からしめて恐怖の谷に突き落としてやるのだ。
この言い回し、実にいい。ローゼマインがフェルディナンドに鍛えられながら、少しずつ政治の言葉を覚えているのがよくわかるし、フランが笑いをこらえるのももっともだと思う。
その後、一行は収穫祭で町人たちに迎えられる。
ここで空気が少し和らぐのもよかった。さらに次の場面では、ハッセ立ち上げのために来ていたギルベルタ商会の面々と、その護衛を務めるギュンター一行が食事をしているところへ、ローゼマインが戻ってくる。この場面がとてもいい。重い話の合間に、ちゃんと下町の匂いが戻ってくる。
ギュンターが「酒がないのは残念ですが、料理は最高です」と言い、皆もそれに続く。
そして鳥の酒蒸しを食べて、「娘が初めて作ってくれた料理を思い出します。懐かしい味です」と語る。
これに対するローゼマインの「そうなんですか」「私の秘蔵の酒を勝手にたっぷり使われたのですよ」という返しがまたいい。本人は娘だと名乗れない。けれど、ちゃんと同じ記憶を共有している。その距離感が少し切なくて、でもあたたかい。横で笑顔になるベンノ、ルッツ、マルクまで含めて、これはかなり好きな場面だった。
翌日からは再び収穫祭で各地を巡る。
祝福を授け、徴税した作物や寄付を受け取りながら回っていく日々。その祭り続きに少し飽きてきたころに、ようやくドールマンへ到着する。そして、いよいよ素材採集だ。
ここから一気に空気が変わる。
ローゼマインは万全の準備を整え、「エックハルト兄様〜」と胸を張って、どうでしょ、強そうでしょと得意げに見せる。けれど返ってくるのは「採集以外には手を出すな」のひと言。少ししゅんとしつつも、「いいもん、久しぶりに採集」と内心では楽しみにしているローゼマイン、心臓が強い。
屋敷の外に出て夜空を見上げた時の、「お月さまが紫色〜」というはしゃぎようもよかった。
シュツェーリアの夜。
風の女神シュツェーリアの力を、命の神エービリーベが越える夜だという説明も美しい。こういう神話的な季節感が、この作品の世界をただの異世界ではなく、ちゃんと信仰と自然が結びついた世界にしている。ユストクスが、ユレーベの素材とするならばシュツェーリアの夜が最善だと説明する流れも、知識の気持ちよさがあった。
そして一行はリュエルの木にたどり着く。
月の光を浴びて花弁が落ち、実が成長していく。ユストクスの説明とともに、いい匂いのする花弁が散り、神官長の魔術具のナイフに魔力を込めて枝を切る予行演習まで行う。このあたりは本当に幻想的だった。夜、紫の月、花の匂い、実の成長。採集というより、儀式を見ているような感覚がある。
だが当然、それだけでは終わらない。
リュエルの実が月光を浴びて育つのを待つあいだ、それを狙う魔獣たちが襲ってくる。緊張感が一気に高まるなか、ようやくリュエルの実が育ち、ローゼマインは魔力を注いでなんとか採集に成功する。ところがその直後、騎士たちの間隙を縫って魔物が襲いかかり、ローゼマインの魔力をたっぷり吸ったリュエルの実を奪ってしまう。
ここからの展開がまた強い。
その実を食べた魔物ザンツェは、上位種ゴルツェへと変じ、巨大化して騎士たちと戦い始める。せっかく採れた素材が、今度は危険そのものへ変わってしまう。このひっくり返り方が実に本好きらしい。知識と技術は、使い方を誤れば一気に脅威にもなる。
フェルディナンドへ応援が要請され、彼からは、ローゼマインのシュツェーリアの盾で魔物を閉じ込めて到着を待てと指示が飛ぶ。
ローゼマインの魔力を吸収したゴルツェを抑え込めるのはローゼマインの魔力だけだ。ゴルツェか暴れるたびに魔力を吸われるローゼマインは、神官長のの到着を願う。
ここで「守る」力としてのローゼマインが前に出るのもよかった。採集して終わりではない。彼女の祝福も祈りも、ちゃんと実戦の局面で意味を持つ。今回のラストは、まさに次回へ向けた強い引きだった。
第10章は、はじめての素材採集という題名の下に、実にいろいろなものが詰め込まれていた。
貴族社会の言葉のすれ違い。
町長への根回し。
下町の記憶のぬくもり。
神話めいた夜の美しさ。
そして最後の命がけの戦い。
その全部が、ローゼマインという一人の少女の周りでちゃんとつながっているのが、この作品のすごさだと思う。
そして次回は、第11章「グーテンベルクの集い」。
タイトルからして強い。今回の
採集で得たものと失いかけたものが、どんな形で次につながるのか。かなり楽しみな引きだった。
前の物語を映像でたどり直したい人へ
『本好きの下剋上』映像作品(Amazon)
※この記事にはAmazonアソシエイトリンクを含みます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
とても励みになります!
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!