余白ノート |本好きの下剋上 領主の養女丨第9章|ヴィルフリートの1日神殿長|“ズルい”の向こうにあったもの
余白ノート / Yohaku Note|本好きの下剋上 / Honzuki no Gekokujou丨領主の養女丨第9章|ヴィルフリートの1日神殿長|“ズルい”の向こうにあったもの
第9章「ヴィルフリートの1日神殿長」は、ヴィルフリートのわがままを正す回であると同時に、城の教育不全と神殿の規律の違いをくっきり見せる回でもありました。“ズルい”と思っていた相手の立場を、自分で一日生きてみる。その構成がとてもよかったです。
✽ ✽ ✽
第9章「ヴィルフリートの1日神殿長」は、かなり痛快な回だった。
けれど、ただの入れ替わり騒動として見るには、あまりにも中身が重い。今回描かれていたのは、ヴィルフリートのわがままだけではなく、そのわがままをここまで放置してしまった城の問題そのものだったと思う。
きっかけは、ヴィルフリートの「ローゼマインはズルい」という思いだった。
自由に過ごしていて、父にも会えて、城から神殿にも行ける。自分にはそう見えていたのだろう。けれど、その“ズルい”は、相手の苦労を知らない者の言葉でもある。だからこそ今回、その認識をひっくり返すために、一日交代という形が取られたのが実にうまかった。
神殿に来たヴィルフリートは、最初こそおいしいお菓子とお茶を楽しんで、やはりローゼマインは得をしていると思っていた。
だがそこへ現れるのがフェルディナンドである。祝詞を覚えろ、覚えなければ食事は抜き。実に容赦がない。けれど、もっと面白いのは、そのあとヴィルフリートが「どうせフェルディナンドがいなくなれば、一番偉い自分に逆らう者はいない」と高をくくっていたことだ。
ここが今回の核心のひとつだったと思う。
ヴィルフリートは、命令や規律を、自分より上位の誰かがその場にいるから従うものだと考えている。ルールそのものに意味があるとはまだ思っていない。だから、フェルディナンドが去れば食事くらい出るだろうと考える。けれど実際には、本当に食事は出てこない。
ここが痛快だった。
神殿は、誰かの機嫌で回っているのではなく、役割と規律で動いている。
ヴィルフリートにとっては屈辱だったろうし、側仕えたちが下げ渡しの食事をしている様子を見て怒りをぶつけるのも無理はない。だがその怒りは、そのまま自分がこれまでどれだけ“出されて当然”の側にいたかを映してもいた。
そのころ城では、フェルディナンド、ローゼマイン、護衛騎士、側仕えたちが一堂に会して、ヴィルフリートの現状を話し合っていた。
ここは笑えない場面だった。ジルベスターはまだ甘く考えているが、フェルディナンドははっきりと廃嫡を促す。文字も読めない。計算もできない。フェシュピールも音符も読めない。領主の息子として、あまりにも危うい。これは単に“できの悪い子”の話ではなく、このままでは政治そのものが成り立たないという話だ。
この場面で印象的なのは、ローゼマインがヴィルフリートに祝詞を覚えさせると宣言するところだ。
彼女は厳しい。けれど、その厳しさは相手を切り捨てるためではなく、立て直すためのものだ。ここがフェルディナンドと少し似ていて、でも少し違う。ローゼマインは、相手の可能性をまだ信じている。
一方、神殿ではフランがその意思を受けて、ヴィルフリートに迫る。
ローゼマインから「甘やかすな」と厳命されているからこそ、フランもぶれない。このあたり、神殿側の人間関係がよく出ていてよかった。やさしさだけでは人は育たないし、厳しさだけでも続かない。その中間にある“役目としての厳しさ”が、ここではとても効いていた。
そして、ひとり居残りになったヴィルフリートが、ようやく思い直して祝詞を覚える。
ご褒美の食事に大喜びする姿は、どこか幼くて、でも少しほっとする。今回のヴィルフリートは、ただ叩かれるための存在ではなく、ちゃんと“まだ変われる子ども”として描かれていたのがよかった。
その後、城でジルベスターから更生のための条件が示される。
お披露目までに、文字が読めること。計算ができること。フェシュピールを一曲演奏できること。
これらはどれも、領主候補生として当たり前であるはずの課題だ。けれど、あえて条件として提示されることで、ヴィルフリートがようやくスタートラインに立たされる感じがある。この回は、彼の再教育の始まりとしても重要だったと思う。
そして最後がまたいい。
ヴィルフリートはローゼマインに、もうそなたをズルいとは言わぬと宣言する。
神殿での一日を通して、彼はようやく、ローゼマインの置かれている立場が“自由”でも“楽”でもないことを知ったのだろう。
ところが、城で何をしていたのかと聞かれたローゼマインの答えが最高だった。
一日中本を読んでいて楽しかった。あと3〜4日、交代しますか?
これは強い。
相手の認識を正したうえで、さらに本音で刺してくる。
ローゼマインは意地悪というより、正直すぎるのだと思う。そしてその正直さが、今回はとてもよく効いていた。
第9章は、ヴィルフリートの更生回であると同時に、ローゼマインの“ズルく見える立場”の内実を見せる回でもあった。
外から見ると恵まれているように見える。けれど実際には、神殿には神殿の規律があり、責任があり、重さがある。そのことをヴィルフリート自身に体験させることで、初めて言葉が届くようになる。この構成がとてもよかった。
そしてもうひとつ大事なのは、ここが次回以降への伏線にもなっていることだ。
第10章「はじめての素材採集」で採取した素材が、のちのローゼマインを救うことになる。そう考えると、この第9章は単なる小休止ではなく、城側の問題を整理しつつ、次の展開へ橋をかける回でもあったのだと思う。
厳しさと可笑しみ。
教育と屈辱。
そして最後の読書オチ。
第9章は、重いテーマを扱いながら、ちゃんと楽しく見せる『本好きの下剋上』らしさがよく出た回だった。
✽ ✽ ✽
“ズルい”と見えていたものの向こうに、規律と責任と努力があった。第9章は、そのことをヴィルフリート自身が身をもって知る回だったと思います。
次回は第10章「はじめての素材採集」。ここで手に入る素材が、後々ローゼマインを救うことになると思うと、何気ない一歩にも目が離せません。
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