空海の父方の佐伯氏は渡来系物部王朝 景行天皇の後裔、母方は物部氏直系の阿刀氏、始祖はニギハヤヒ! 物部氏は中国から日本に渡来して来た徐福(犹太人系の方士)の子孫! 佐伯氏は円珍、厳島神社の神主など優れた宗教家を輩出した!
こんにちは。
今回は、弘法大師 空海の父方と母方の先祖についてです。
🔸出雲口伝に伝わる歴代王朝
ヤマト王権成立以前から島根県、奈良県御所市に住んでいた出雲王朝を築いた出雲王族の末裔の口伝による資料から考察する空海の父母の先祖
・第12代 天皇 景行天皇
🔸出雲王家口伝に伝わる歴代王朝
→ 第12代 景行天皇は物部氏系の天皇。物部氏の先祖は、紀元前に2度渡来してきた徐福(= ホアカリ:火明、ニギハヤヒ: 饒速日)の息子 ヒコホホデミの子孫 ウマシマジ。

🔸ヤマト政権の歴代王朝
1)海部王朝|初代大王(アメノムラクモ)、二代 沼川耳大王
2)磯城 (しき) 王朝|3代〜9代。出雲族の太陽信仰。
3)物部王朝|10代 崇神天皇〜14代 三韓征服。
4)応神王朝|15代 応神天皇 住吉大社創建。
5)仁徳王朝|16代 仁徳天皇〜25代 和の六王と巨大古墳。
6)蘇我王朝|26代 継体天皇(オホド王) 〜 現在の天皇家に続くと言われる出雲系の蘇我王朝。
🔸海部王朝(初代、2代)、磯城王朝(3代〜9代)
●太田タネヒコ = 八咫烏
●倭迹迹日百襲(モモソ姫) = 1人目の卑弥呼
●豊玉姫 = 2人目の卑弥呼


🔸饒速日 (ニギハヤヒ =徐福) の子孫 ウマシマジが物部氏の祖
宇摩志麻遅命(うましまぢのみこと)は、物部氏、穂積氏、采女氏らの祖とされる人物。「宇摩志麻遅命」は『古事記』での表記。

出雲口伝によると、2度目の来日で佐賀に来た徐福は、宗像家のイチキシマヒメと結婚し、ヒコホホデミと穂屋姫を産んだ。
ヒコホホデミの子孫がウマシマジとなり第二次東征へヤマト(奈良)へ向かったとある。
ニギハヤヒ(徐福、ホアカリ)は、2度目の来日時には、佐賀に上陸し、吉野ヶ里に住んだ。ニギハヤヒは宗像家の市杵島姫と結婚し、ヒコホホデミと穂屋姫を産んだ。このヒコホホデミと穂屋姫の子孫が物部氏となった。
そして、徐福が秦から連れてきた海童たちが安曇氏となった。
記紀では、ウマシマジの父がニギハヤヒ、兄妹に穂屋姫、アマノカゴヤマとしている。アマノカゴヤマ(=イソタケ)は、徐福が1度目の出雲への来日の際に、大国主の娘の高照姫との間にできた子である。そして、このアマノカゴヤマ(子孫は海部氏)と穂屋姫が結婚し、アマノムラクモを産む。このアマノムラクモ(天村雲)が、初代のヤマトの大王となる。

🔸徐福
🔸空海の父方の佐伯氏は渡来系物部王朝 景行天皇の後裔。



🔸空海の母方は物部氏直系の阿刀氏。 阿刀氏の始祖はニギハヤヒ( =徐福、饒速日命)

・阿刀氏
物部氏と同祖伝承を有する神別(天神)の古代氏族で、「阿刀連」のち「阿刀宿禰」姓を称した。
物部氏系の史書である『先代旧事本紀』では、饒速日命(物部氏祖神)の孫・味饒田命(うましにぎたのみこと、ウマシマジ)を祖とすると伝える。
・ウマシマジ
ニギハヤヒ(徐福、火明:ホアカリ) → ヒコホホデミ → ウマシマジ → 物部氏、阿刀氏、穂積氏

🔸物部氏は中国から日本に渡来して来た。
物部氏は、徐福(犹太人系の方士)の息子であるヒコホホデミの子孫のウマシマジが租となる。 ヒコホホデミは徐福(=饒速日命、天火明、素戔嗚)の息子である天香語山(五十猛)の異母兄弟。
佐伯氏は優れた宗教家を輩出した。 空海、円珍、厳島神社の神主など。
出雲口伝では、徐福の息子がヒコホホデミ、娘が穂屋姫でヒコホホデミと穂屋姫の子孫が物部氏となったとされる。

🔸物部氏の氏神 奈良県天理市の石上神宮の主祭神: 布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)とは誰のことか?
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◼️記事
🔸徐福(=火明: ホアカリ、饒速日: ニギハヤヒ、犹太人: ユダヤ人系) → 物部氏
【空海の父方】物部氏 → 景行天皇 → 佐伯氏 → 空海
【空海の母方】物部氏 → 阿刀氏 → 空海

🔸出雲王家の富家口伝に伝わるヤマト政権の歴代王朝

🔸景行天皇は物部氏系の天皇

🔸初代大王は、アメノムラクモ(京都宮津市の籠神社の宮司 海部家) 。
彦火明(ホアカリ) =徐福=ニギハヤヒ(饒速日命)。 初代大王のアメノムラクモは徐福の孫にあたる。
徐福(=饒速日、火明) → (息子)五十猛(カゴヤマ) → (孫)天村雲(ヤマト王権初代大王、京都府宮津市籠神社宮司家 海部氏の先祖)

🔸京都宮津市の籠神社の祭神。
ホアカリは、徐福。つまりニギハヤヒ(饒速日命)のこと。
始祖: 天火明 → 息子: 天香語山 → 孫: 天村雲

🔸饒速日命(ニギハヤヒ) = ホアカリ = 徐福

◼️佐伯好郎氏

◼️物部王朝期の景行天皇陵と崇神天皇陵

◼️物部氏の氏神 石上神宮

◼️空海の母方の阿刀氏は物部氏の直系氏族。始祖はニギハヤヒ (饒速日命=徐福)

◼️佐伯氏


🔸徐福の息子は五十猛(カゴヤマ)及び異母兄弟のウマシマジ(物部氏の始祖)、孫が初代大王のアメノムラクモ(籠神社宮司家の海部氏)。
ヤマト政権の海部王朝、磯城王朝、物部王朝と徐福の子孫たちが、日本の大王となった為、対外的に都合が悪い徐福の存在は日本の歴史から消さざるを得なかった。
しかしながら日本各地に徐福の痕跡が残る。
徐福は、火明(ホアカリ)、ニギハヤヒ(饒速日命)として島根県や和歌山県、佐賀県など日本各地の神社で祀られている。
また、徐福は記紀ではスサノオ(素戔嗚)とされた。
徐福 = 火明 = 饒速日 = 素戔嗚
https://bizconsul.net/2023/08/30/126714/
🔸徐福が二度目の来日の際に住んだ吉野ヶ里遺跡。徐福はこの地で亡くなった。

🔸佐賀市における徐福の痕跡


🔸出雲王国 8代王の大国主命(ヤチホコ)と副王の事代主(八重波都身)が全国の神社で祀られている理由は? 島根県美保神社の青柴垣(あおふしがき)神事に隠された史実とは? 徐福と穂日、ヒナドリ達は稲目洞窟と粟島の洞窟で何をしたのか?
◼️プロフィール

◼️日中英トリリンガルのなり方マニュアル
“自分の得意x英語x中国語”でオンリーワンの存在になる方法とは?
◼️座右の銘

◼️【森家のファミリーヒストリー】森家の始祖 佐田九郎左衛門と森権平久村。黒羽城 永塩因幡守氏継と碁浦番所 八田家(阿波秦氏)。讃岐和三盆と笠置シヅ子と瀬戸内寂聴
高松藩 森家の始祖は徳島県阿南市の椿泊にある佐田神社に祀られる佐田九郎左衛門。佐田九郎左衛門は、因幡国出身で、藤原→鎌田→佐田→森と姓を変えた。
高松藩 森家の先祖は森権平久村の一族で、阿波水軍 森家の分家となる。森家は代々、高松藩松平家に仕える普請方で金刀比羅宮の階段造営などに参画した。
高祖母(八田キヨ)の八田家は阿波秦氏、徳島藩で200年以上、碁浦番所の役人を務めた。八田家文書が残る。
曽祖母は東かがわ市黒羽の旧家 庄屋、与頭を務めた永峰家で、黒羽城城主 永塩因幡守氏継の子孫。
曽祖父の妹(森トヨ)は東かがわ市黒羽の十河氏系三谷宗家(瀬戸内寂聴さんの父方の家系)に嫁いだ。
瀬戸内寂聴さん三谷宗家の分家で屋号は甚六。寂聴さんの祖父は三谷峰八、父は三谷豊吉(三谷家から瀬戸内家の養子となった)。
笠置シヅ子さんも、東かがわ市黒羽の三谷家出身。笠置さんの曾祖父は三谷四郎兵衛で製糖業を営んでいた。現在は分家の三谷製糖が讃岐和三盆の製造を続けている。
🔸高松藩 森家

高祖母の八田家には、江戸時代、伊能忠敬や久米通賢、松浦武四郎も訪れている。

