ダイナミックプロ系派生映像作品感想まとめ【26年5月追記:ハニーF劇場版】
漫画とか映像化とかなんだかんだ色々見てすごい乱雑に呟いてたけどまとめてなかったなって。感想の量とかにも幅があるやっぱり自分用メモ。(ゲッターロボ派生作品関係みたいに別でまとめたのは記事リンク、特に呟いてなかったのは除く)
段々色々不自然なこととかおかしいと思うことが増えて気になってきたので、発表年順に並べてダイナミックプロの公式監修クレジットとかの有無やなんかもわかる限りで記載。
〖見た映像化系の個人的評価一覧〗
ガッツリ正当派捻り一切なし、これこそまさにそれ!!映像や音楽も含め素晴らしい!!って手放しで言えるのはOVAデビルマンくらい。
現状マジでこれくらい。ぶっちゃけこれ(と、劇場版マジンガーINF)以外は見るだけ混乱する物の方が多いので別に見なくても良いんじゃない?まである。
劇場版 マジンガー Z / INFINITYは、東映と漫画の間の子って感じ+なんか他にも混じってない?という気持ちは多少ありつつ個人的にはとてもよかった。一本の映画として好き。
そういう前提として、石川漫画版ゲッターロボが好きな私の感性で言うと
マジンカイザーSKL:ダイナミック系の映像化諸々に範囲広げても割りと全体的に出来が良くて文句なし誉められる方に入る。1時間半と短く手軽、テンポの良さや勢いで突っ切れる作風でもあり個人的にオススメ。ただし多少尖ってるの平気な人向け。ダイノゲッターに一番ノリが近いのはSKLだと思う。
手軽に見れて気軽に面白いのなら次いでRe:キューティーハニー、長くていいなら鋼鉄神ジーグ。
*なお上にあげた三本は実質的には結構ゲッターロボ混じってて、タイトル詐欺状態の未監修派生ゲッターロボ作品よりよっぽどゲッターロボやってる。同時に多分各原作タイトル詐欺にはなっていない。(これらの原作を半端にしか知らないので明言は現状できない)
現状見たもの上以外だと
とても珍しいダイナミック企画監修表記があり、言ってることは石川作品としてガッツリ正統派で私は嫌いになれないが他の面が微妙すぎ:魔獣TV
ダイナミック公式制作だがギャグとか短編で毒にも薬にもならない:CBキャラワールド、大進撃
言ってることはわかるし映像も悪いわけではないが露悪過ぎ:OVAアモン
何がしたいのかよくわからんし露悪過ぎ。世界滅ぼしただけマシ:くらいべいび
お祭りアニメとしては並みだけどデビルマンサイドが割りと本気で誰なんだかさっぱりわからんし、同じ監督脚本のはずのSKLや神ジーグ見ちゃうと余計パッとしない:009VSデビルマン
映像とかはいいけど中身ガチャガチャすぎ:OVA魔獣
映像とかはまあいいが、そもそも結論(テーマ性とかコンセプトレベルの話)から正反対で、脚本が設定レベルからガチャガチャになってて、中身がゲッターロボではないタイトル詐欺:OVAゲッター全部
OVAゲッターはじめとする未監修派生ゲッターロボ作品筋を終わらせるつもりならいっそ綺麗に滅ぼしてほしかった:アニアク
本気で実写で「テレビまんが」やりたかったっぽいし、個人的に内容も好感あるが、好き嫌い分かれるし評価されにくいのもわかる:庵野実写ハニー
やりたかったことはわからんでもないし不快でもなく嫌いではないが絶望的につまらん:実デビ
原作終盤まで優しさ削れ気味状態だから解釈の範疇内だが好みかっていうと微妙:虎ドラマCD(ついでに書いとく)
既に記憶にないのでなんとも:ハニーF(リアタイ)、ハニー the live(嫌いじゃなかった)
宿題:ダンテTV(公式監修表記がある!)、真マジンガーはじめマジンガー系
Reハニーと神ジーグは明らかに違うもの混じってる複雑さを残すので、別人の新タイトルで出したSKLが一番素直に見れる点でも地味に評価。
【視聴済派生映像系発表年代順一覧】
87年 デビルマン 誕生編
87年作品。OVA1本目。原作・総指揮・脚本にも永井先生の名前がある。
以下は25年2月に劇場で視聴時の感想。
(この前にも一度見てるはずなんだが感想が見つからぬ)
誕生編滑り込みで見てきたのだけど本当に映像も音も丁寧だなぁとかラスト踏まえて色々補完と言うか通るようにしてたんだなとか気付けて良かった。
んだけど、私はホラー苦手奴なので時々ビクッとしていた。
不良に絡まれてからの明くんの芯の強さの描写、それをリーダー格が見抜いて「見直した」みたいなこといってるのとか、了が迎えに来たときの不自然な間とか、最初の襲撃の時の了が実は戦うことを楽しんでるみたいに笑ってるのとか、構成の仕方も描写も丁寧だなーって。
90年 デビルマン 妖鳥死麗濡編
90年作品。OVA2本目。原作・総指揮・脚本にも永井先生の名前がある。
(ちょっと気になったんだけどこの二本目から「製作」がキングレコードじゃなくてバンダイになってる)
初めて見たのは22年1月。漫画実写くらいべいびとかの流れで見てるっぽい。
先人おすすめ小松原作画OVAシレーヌ編。多分漫画版に一番近いとも言われた。しかしモロに内臓とかの描写があるのでこれはこれで注意案件。
って明くん速水か!?
あ、本当に割と忠実だな。内臓描写にはビャッって飛び上がったけど、台詞とかも大分そのままだ。エロそんな増量されてないしまだ見やすい……。
そういえばクライベイビーこの食物連鎖的な部分めっちゃ薄いな……やっぱあれ愛の部分に中心軸おいて再構築してる感じかなぁ。
ジンメンの設定はこのOVAから更にえぐくしたんか……?
シレーヌ編だけ小松原作画って聞いて見てるが確かに印象がちらほら。ずっと男女問わず真っ裸見てたがなんもエロくなかったっていうか榊原シレーヌは配役だけでズルくない?????
東映ゲッター見てる時も思ったんだけど、小松原氏作画なんかエロさはたいして感じないんだよな……フェチいと思うことはあったのだが……
以下は25年2月。誕生編に続き劇場で見た時の感想。
シレーヌ編見てきたよ。
明くんシレーヌとの戦いの途中から飛行機巻き込んだり躊躇無くて本能に飲まれかけてて、その末に出たのが何故殺しに来ない、勝利の喜びを以下略だったのがぐわぁああああって……
デーモンにとっての勝利は、少なくともここでの解釈は「命を奪うこと」だって……
多分彼等は、勝利とは命と能力を奪う事であるデーモンって種族は寄り添い生きることを知らなくて、「共にある」「一緒になる」は命を奪い能力を得て同化する事しか無いんじゃないか、ああするしかカイムの思いは遂げられなかったんじゃとふと思ってしまったらなんて寂しい生き物だろうって……。
生まれ落ちてから死ぬまで変わらない。ひとりだけの世界に生き続ける。なんてさみしい生き物だろうって。
シレーヌ編、最初にあるジンメンで「死んだ人間は蘇らない、それは生きている訳では無い」から、明くんのお母さんは「私の死を直視しなさい」って促すのだけど、それはああして取り込まれていることは「生きていることにはならない」ってことで、それがシレーヌとカイムのあそこに被ってきてしまって……
彼らの世界にはきっと自分しかいない。よしんば誰かを愛したとても、ああして奪うか奪われるかしかできずそれしか知らない。寄り添えず、共に生きることができない。下手をするとそれを共に生きているとすら勘違いをしている。
……サタンくんさああああああああまで繋がる話なんよな、これ……
「さみしい」と書いたけど、だって「可哀想」じゃ上から目線になっちゃうし、どう言ったらいいのかわかんない。私だって「ひとりではない」ことを知っているだけ。
まして彼らはそういっそ誇り高く生きてきた存在で、自分の在り方を変える気はないのでしょ。
デーモンという「生き物」最初から最後まで自分しかいなくて、前も後もなくて、それだけで生きて消えて行くからいっそ美しく映るのかもしれないとも思う。
彼等はひとりだけの世界に生きていて、人間はそうなれやしない。
見え切った滅びはしかしそう散るなら美しい。桜の散り際に生命を感じるように。
ひとりだけやたらべそべそしていたので不思議だったろうなと思うが許されたい……シレーヌさんはつよつよでお綺麗でございました……明くんの体つきとおててがえっち……。
あとそいや「天敵」の話はあったが「だからって黙って殺され、弱いものは喰われてるのが世の摂理で正解とでも??」みたいな飛鳥了のダメだった部分割とはっきり出てたんだなと思った。
大体お前ら血肉にしてない(食わなきゃ生きてけない訳じゃない)んだから弱肉強食になってねえだろ、言い訳じゃねえのかっていう割りと根っこのところの話をわざとしていない感じ。
90年 魔獣戦線
23年3月視聴。
OVA。90年作品。ダイナミックプロやダイナミック企画のクレジットは原作にしか見当たらない。監修、制作などに無い。
参照:公式サイト
1話。
映像キャラデはかなりいいと思うんだけど、復讐に寄りすぎて慎一さんの内面の繊細さとかを表すシーンが消えてたのにしょんぼり……。土下座とかバルビアへの復讐後の笑い方の変化、高揚から虚しさへの変化とかは消さないでえええ! ああいうとこがあるから好きだったのにいいいいい!!
天外のおじいちゃんを殺された時の涙であったり、本来の慎一さんはなんなら流竜馬よりナイーブで繊細な面があって、石川先生が描く人物ってそういった複雑さが魅力のひとつでもあるのに映像化はことごとく削いでくる……ただのケダモノにしたらあかんって他のダイナミック系にも言えるけど……
2話。
1話見たときに(また無駄な狂気押しするわかってない話か……?)って正直すごく疑ってたけどなんか悪くないかも?
少なくともキャラデと演出系は好みだし、慎一さんの繊細さは減ってるけど「マリアに出逢い理性(愛)を取り戻す」話であるならきちんと積み重ねられてる。
なんか出てきたユダの機動兵器が漫画版號のビィートに似てる気がするが気のせい? 年代的に89年なら號の前だし、石川先生が逆輸入してもおかしくはないがこれに元ネタがあるのかもわからん……。
漫画の順番組み換えて構成してる、改変入ってはいるけど基本的に言ってることはそのままっぽい?
機動兵器漫画にも確かに出てきたけどなんか形違うような……?
3巻。
冒頭からオリジナル展開。
マリアは「三年」眠っていた、魔獣にされている。
2巻ラストで慎一は魔獣の力を父に奪われている。細菌蔓延させたアブラハム。銃を調達したのは富三郎
もうここまでで思ったけどあれじゃろ。真説でベースにしたの、チェンゲとこのOVAじゃね?
悪くはないけど復讐軸にしてるせいで愛が削げて割りと表面なぞっただけになっちゃってるかなぁ。それでも無駄に狂気ごり押しする他のOVAよりは全然マシだけど。「真理阿が復活を見届けたマグダラのマリアでもある」はまあそれはそれでとも思うんだけども。話において重要だと私が思った台詞削げてるからうーんんん。
マリアが魔獣にされている意味がわからなかったり3巻だけ変にちぐはぐ感あるんだよなあ。
毎度ダイナミック作品映像化に思うんだがどれもこれもいつも愛や理性を削いで薄っぺらにして漫画の方がよっぽど話筋綺麗だし余韻や深みがあるのなんなの。
映像自体とかはすごくよかったし声優さんも違和感そんなないし、キャラデとか今んとこ一番それっぽいとは思うけど。
97年 キューティーハニーF 劇場版
26年5月視聴。
97年に放映されたTVシリーズの劇場版。永井先生は「原著作」という扱い。
脚本は山口さん。シリーズ構成から担当。Gガンとかデジモンセイバーズ(どちらもダイナミックプロ作品影響を強く感じた)でも名前見たな、この人。
古代遺跡から見つかった死者の魂を秘宝へ導く蝶の蛹を巡って云々みたいな話。
OPかっこいい。どうも年代的にリアタイのはずが曲聞き覚えがないので見てないぽい。
青児くんの外見は変更されてる。学園長がだんべえさんになってる。ミハル先生含め全体的に生徒守ろうとしたり良心的。
夏休みで学園残りの生徒?か先生にゲッターチームっぽい三人組がいる。親衛隊?
空中元素固定装置の真の力を発揮するのに必要なのが「人の心」って解釈してる……?
ミスティって双子存在と良い、やっぱこれ庵野ハニー×2と同じでゲッターロボ筋の解釈して色々混ぜてこうなってないか??
うーーーんんんん、なんだろう、初代ハニー漫画版と根本的な感触違うんだよな……。
なんか男女間恋愛感情が強くて同性間が薄め。ミスティに回された?
ミハル先生とかも厳しいけど生徒は思ってるみたいな方向性で私欲が見えない。
これならなっちゃんや学園の人らが死なないのもわかる気はする。永井先生筋っぽくない。
そいや初代からデビルマンの影響はあるぽいとは思ってたけど、後年の派生作品ほどジルがハニーの双子存在だったり、敵になる双子存在が出たりするんだよな……初代にはないのになんでだって地味に首傾げてはいたけど……後からゲッターロボの血筋遡って色々入ったんか……?
仮説:ハニーは原案を元に永井先生ラインと石川先生+東映ラインで分化した。
98年 チェンゲ
98年。OVA。ダイナミックのクレジットは「企画」「制作協力」のみで、監修などは無い。
竜馬がむしろ魔獣戦線の慎一さん。なんか色々あったのが作品から察せられる。ぶっちゃけ3話までの今川監督の爪痕が大きすぎた。今川監督は原作をよく読み取っておられたと思う。その辺はこの記事。
4話以降は何がやりたかったのかすら正直わからん。
と思ってたが、もしやすんごく半端になったバイオレンスジャックでは??
ゴウくんがなんなのかも有耶無耶なまま、原典のように種族や思想どうあれ他を害する行いを止めるという考え方(だから恐竜帝国は追わずゴールは見逃そうとし、百鬼帝国は最後まで向こうの行いがあって滅ぼされる)でなく、
「一定の意思とか理性(思想)だけをもって人間とそうではないものを一方的に選別し、断罪抹消した」
と考えるなら以降の未監修派生作品が同調性と独裁支配に繋がる話ばかりになってる発端とは言える。
00年 ネオゲ
00年。OVA。ダイナミックのクレジットは「企画」のみで、監修などは無い。
漫画版+東映版の雰囲気。夏のまんが祭りOVA版というとわかりやすい。川越ゲッター全体に言えるが映像面は悪くなく、音楽にも罪はないが、中身ががちゃがちゃで上っ面感が取れない。
翻案OVAとしては一番わかりやすく「それっぽい」が原典と比較すると個人の喧嘩の延長線でしかないため全体的に雰囲気が軽すぎる(深刻さも重みも深みも全然無い)し、ネオゲ號くんは最後の最後まで「俺が」だったように理性が削れていて漫画號くんではなく極道兵器の岩鬼に近い。
結果的に内実半分以上「極道兵器」であって三つの心が揃っていないこともあり個人的にはゲッターロボとは言いがたい。
良い言い方には聞こえないだろうが、「映画一本程度の時間でどうでもよく気軽に見れて三日後には忘れているスナック菓子感覚映像」としては悪くない。(貶しているつもりはないんだが、どうしてもこういう感じの評価にはなる)
00年 AMON デビルマン黙示録
25年2月視聴。
OVA。00年作品。クレジット表記は企画とPにダイナミック企画の人ってわかる形である。制作、監修表記としては無いぽい。
AMONのOVA版は見なくていいよと言われたがまあ1時間くらいだし流しとっかーって流したら了くん関智はまあいいが(わかるけど既にちょっと面白いが)アモンのお声があきおおおつかww なんでそこにそれ持ってきたwwww
人類からは理性吹き飛んでる世界である前提+この話ではそこは重要ではないっぽいので人類の良心的な描写とかが少ないのはまあわからんではないが、全体的にグロ描写多すぎ。
今となってはまともに了が明に激重感情持ってたせいでアモンを犠牲に助けようとしてしまった点とか、「人間であることは捨てたが人間の心は捨ててはいない」って言い切ってるのは悪くない。
心象世界でのミキちゃんが自分の胸に手を当てるシーンは「神様は私たちの心にいる」的な事を東映ミキちゃんが言ってたなとか思い出したし、ラストはこれ新デビルマンのエピローグ?(80年発表)
なんかちょいちょい頑張ろうとした感はなくもないし……そういうとこは悪くないんだが戦闘描写とかグロ表現もう少しどうにかならんかったんかこれ。露悪的すぎやしないか。あと明くんのお声どうしてこの人選んだし。
なんか微妙に「わかってる人達がわざと露悪的にやってる」気がして(作ってる側が気軽に楽しくグロやってる感じがしない映像というか)スタッフ調べたら、中心がスタジオライブってとこっぽく、ダンクーガにもかなり関わってたとこだな、これ。
03年 魔獣戦線 THE APOCALYPSE
25年2月視聴。
TVアニメ。03年作品。ダイナミック企画監修。クレジットがきちんとある!(=監修クレジットは出さないわけではない╱02年のTV版魔王ダンテにも確認できてるし……)
あまりにもド正道過ぎる上にここで殆ど結論は出されていたんじゃないかと視聴後に頭を抱えた。現状見た中では石川作品の主旨を石川作品タイトルできちんとやっている唯一の映像化。
04年 デビルマン(DEVILMAN)╱実写映画
22年1月視聴。実は色々あって都合三回見ている(が感想は少ない)。
実写映画。04年作品。ダイナミックプロやダイナミック企画のクレジットは監修、制作などに無い。永井先生の名前が原作にあるくらい。
参考:Wikipediaのスタッフ欄
言われるほどでは無く、頑張ろうとした後は見て取れ、悪感情は特に湧かなかった。とにかく主役の演技力の拙さ、ついで脚本のマズさが目立った。
ただし、漫画版を知っていれば、という話であり、一切の筋を知らず見た場合何一つ理解できないだろうと思う。CGやカメラワークは頑張ってるんだがなぁ。
(あとこれの最後って、エヴァと同じで桜多コミカライズ版マジンガーシリーズ、グレンダイザーのラストじゃない?)
なんで腹から声が出ないやつを主役にしてしまったのか……最悪主役が話さなければ画面を見てられるという感じで、途中からそのあまりのアレさに内容変えたんではと……
主演二人を吹き替えにしたらまだ内容頭に入ると思うんだよな……無闇に暴力描写とかに振らなかったのとかも嫌いではないよ……まあもう一回見たいかっていうと見たくないんですけれども
原作を読んで見るとやりたかったことがこういう理由でできませんでした、どうにか形にはしないといけないんでこうしましたみたいな歪みが結構はっきり見えるんで面白いかと言われれば面白くはないんだけど嫌いにはなりきれない不思議な映画だった。でももう見たくない。
そういえばあれ監督が双子キャストに拘っちゃったらしいのがかなり大きな失敗要因のひとつだったと思うっていうか大体それを起因にして起きてしまったんじゃないかと私は思ったけど、特に後年作品になるほど「正反対の対存在」要素は大きくなるんで拘っちゃったのかなあと思わないでもなかった。
04年 新ゲ
04年。全13話。DVD6巻。ダイナミックのクレジットは「企画」「制作協力」のみで、監修などは無い。
表面上はゲッターロボだが、実質的にはバイオレンスジャック版ガクエン退屈男。
見てくれだけは原作に近いが根本設定で「竜馬以外はストッパー=三つの心は揃わない」って言ってるアンチゲッターロボ作品。物語筋(プロットまで落とせば明確)も漫画版(と手天童子)から反転してる逆転二次創作。全員顔と名前が同じだけの誰おま。
「ブライとゴールと誰か知らん猿でのガクエン退屈男(特にバイオレンスジャック版)リメイク」として見るなら良くできている。
上は「原作に一番近い」など嘘八百に騙されていたことに気づいて書いた「巷の言説に原作漫画版から根拠出しての検証と反論」に近い記事。
下は「ではこの作品は何をやろう、言おうとしていたのか」をプロット構造とかから考察してる記事。
04年 キューティーハニー╱実写映画
04年5月劇場公開作品。庵野監督による実写版。後述の「Re:キューティーハニー」とは同じようで細々違う。
原作に永井先生、企画協力にダイナミック企画、アニメーション制作に東映アニメーション辺りが原作に関わった所かな?
26年2月視聴。エヴァの新作シリーズの報で庵野監督を思いだし、庵野実写ハニーがアマプラに来てたなと。
早見のウィッグだけが直したくてうずうずする……しかしこれ大真面目に漫画(アニメ)を実写でやろうとしたっぽいなぁ……変身後のハニー声から演技違うのとか嫌いにはなれん……
OVAと微妙に設定違うけど言ってる事は近い気が……
なっちゃんのダメさと性格がお部屋にめっちゃ出てるのはわかるんだが獺祭の空瓶wwww
あ、これ三者三様でダメなとこかなりはっきりしてんなww
しかし早見お前感があってホントこいつもこいつで……ずーっと演技してるもんなーなら隠してるものの方が本気では?
なっちゃんのお部屋での善意でアイシステムで花咲かせたハニーに「花は自分で咲かせるから意味があるの」みたいな会話があってからの
自分のためのズルはやめた、自分のことは自分でやらなきゃ→でも他人のためなら出し惜しみなし!
のシーン辺り割と好き。
最初のアクアラインとか使った大爆発とかもだけど、ジルタワー出現も実写映画として見るなら派手すぎて草wwww
テレビまんがを実写でやろうとしたみたいな雰囲気はずっとある。
いいじゃん……!と草ぁ!!wwが交互に来て心が忙しないが私これやっぱり嫌いにはなれないなぁ……。
ハニーの戦い方とか血まみれにはならないけど、やけに必死で男前であんまり綺麗じゃなかったり。
てかエンディング可愛いな、くっそ……かわ……。こっちだと早見となっちゃんでくっつきそうな、そうでもないような、まあどっちでもいいか。それは彼女らのエンドロールの後の話だ。私は彼女たちと彼らが幸いであればいいと願う。
永遠の命を得たことで人を超越すると捉え、弱さとした愛を捨て、感情を失ったジルに「あなたもなにかを愛せばいいのよ」と。
自分は確かに父から愛されていたと知り、そこにいる人たちと世界を愛している(だから人のままである)と、だからきっと大丈夫と歩むハニーを信じたい。
そういえば永井ハニーと庵野ハニー全然違うなーと思うんだけど、庵野ハニーのずっと人間に混じって生きていきそうな感じが個人的に好き。
しかし最後のハニーフラッシュが、マガジン抜けてマジの一発しかない銃を構えて「前言撤回よ、ハニー!」って「一緒にやるわよ!」って決めるのかっこよかったなー、なっちゃん……。
その後で「泣く女は嫌いよ」ってずっと言ってたなっちゃんがハニー抱き締めて声あげて泣くのとか。
ブラッククロー(ミッチー)オンステージはやっぱり面白かったです。割と好きだけどなんであそこであれ入れたのかはよくわかんない。楽しいから好きだけど。
そいや宇津木「リョウ」博士が敵に囚われ記憶喪失になってるww とかも気になったけど、そういえばなんでジルは「生命の木」だったのだろ……
「私はジル様に永遠にお仕えします……」とその種子に涙と雨粒とを落としていたあの執事はあの種を育てるのだろうか。ジルは愛を知るんだろうか。
「簡単なことよ」とハニーは言ったけれど、記憶を無くしてすら愛を信じていたハニーには誰か愛することは難しくないんだろうけど、っていうのへの違うアンサーがReハニーか。あっちのジルは愛を拒絶し消えていて、あれはあれで彼女の選択だったなと思いだし。
愛ってなんなんだろうなぁ。
皆あると信じているけれど、そもそも心なんてそんな概念からあるなんて立証は誰にもできなくて、だから結局魂とかと同じで私には信じることしかできない。
曖昧で見えなくてよくわかんなくて、でもきっとそこにあるなにか。
愛や心を信じるなら、そこに欲も悪も綺麗も汚いもあるなんて当然じゃない。
綺麗なものだけ信じて、汚い都合悪いものは信じないなんて、無ければ良いなんて、そんなの無理に決まってる。
だって愛や心を信じたいというその気持ちが既に根拠なんかなにもない自分の欲じゃない。
だから私、これとReで庵野監督たちが描いた「愛の戦士」は嫌いじゃないよ。
不完全で未熟で欠点も全然あって、それでも自分だけじゃなく皆そういう部分はあって、わかってるけど愛してるよって。そんな話に思えるから。
最初から「世界も人もカオスだよね」「綺麗なだけじゃないよね」って思ってる方が絶望なんかしないまま歩いていけると思うから。
04年 Re:キューティーハニー
04年作品。OVA全3巻。原作に永井先生の名前だけ、と、思いきや、「アニメーション制作」が東映アニメーション(なおアニメーション制作協力にガイナックス)
多分23年7月くらいに見てる??
庵野監督と中島脚本がなんか水を得た魚のように生き生きしている印象が……。
同年の実写ハニーもリアタイかそれに近く見てるんだけど、既に「ミッチーがワンマンショーで超楽しそうだった」事しか覚えてないので感想は再度見ることがあったらにします。
1話で「復讐のためだけに力を使うべきではない」「それはやがて自分をも焼き付くすだろう」って言ってんのよな。そしてその話の最後で復讐となっちゃんで天秤かけることになるし、「個人の復讐は法治国家の日本では認められていない」って明言してんのよな。
Reハニーのハニーは知識はある、実体験は2才未満であの変身前の天真爛漫な素直さとか幼さはぶりっ子や演技って訳じゃなく、マジの天然もの、中身がほぼ幼女じゃないかと思うのだよな。恋愛も性愛もよくわからず、全部を愛情で大雑把に括ってビッグラブと化している雰囲気もある。
なのでカプの左右がどうこういう前に元気に暮らせよ……みたいな気持ちになる。
ハニーは同化を拒絶し個として愛する人の元に帰ることを望んで愛する人と世界を守ったので、彼女たちの変化╱進化次第ではあるが未来は暗くはないのでは。
進化は食って強くなる事では無い。それはただの単一価値観の競争理論による先鋭化であって進化/変化はしないしパラダイムシフトは起こり得ない。それは本来の意味での進化ではない。
ハニーはあの時点だと
怒りで闘争本能が暴走する→過剰防衛による逆侵略
ジルを同化しようとする→個を剥奪しようとする
*人間は個である限り、皆が同じであることなど不可能。最後のジルはこの辺の明確な描写で、はじめて自分が食われる=自我や主体性を剥奪される事に恐怖する
とか、悪気や悪意はないんだけどやったらダメなことやりかける。
それらは基本周囲や相手によって止められる+ハニーとIシステムは成長段階にあるので……成長次第かなあって。
ハニーとIシステムは感情を元に「変化」し「成長」する。
でもあの物語の先でどうなるかは誰も知らないから。
そういや早見、あいつあの薄っぺらさ演技だなってわかるシーンはちょいちょい挟まってんだけど、3話の「ナツコ!!」って反射的に叫んでるところとか顕著なんよな。
あそこのシーンは戦闘機に乗っててミサイルぶっぱなす瞬間とかとても表情があれでもあった。
早見で印象的なのだと、ハニー狩りに乗じて女性に乱暴働こうとする市民(門土の顔してたからお察し)への「ただの一般市民だよ」みたいな台詞。人類というものはけして良い面だけであるわけではないよってさらっとはしてるけどグサッと来る感じで言ってきてたのとか。
戦闘中の表情の付け方とかすっっっげえええええダイナミック漫画の表情これだああああああ感があってポップでキュートでビビッドで派手でケレンみがあって好きよ。
なんか変に恥じらいとかエロ入れてなかった事とかも。とても凛々しく男前に戦っていて第三者の目が入ったときに初めて自分の格好(裸)に気づいて恥じらうくらいでちょうどよかった……。
同心円目使う瞬間も門土だなこいつってキャラが女性に乱暴しようとするのも、「赤い竜」で「理性のない魔王ダンテ」なのも文脈合わせた使い方で上手かった。
赤い竜をなっちゃんがかけ上がってくシーンは號の冒頭に似てたけど、なっちゃんに被ってるのは「赤いマフラー」といいあの最後といい……まあそもそもそも「制作者の娘」設定がそもそも石川ハニー由来だろうし、「愛の戦士」で「アンドロイド╱ロボット」なんで……
同年の新ゲの存在は知っていたのか、死に別れてしまったコンビをまとめて救済というか共に生き残らせようとした物語の節すら感じた。世界は滅びないし皆生き残るって新ゲ(理屈で考えたら世界は滅びるし皆死ぬ)と正反対にもなり。
「なんでなっちゃんがなっちゃんのお顔してないんだろう。なんでなんとなく早見が竜馬似なんだろう。声も石川さんだしなんなら私の思う原作竜馬に一番近い演技じゃん」など思ってたら三話で答え合わせ感が凄まじくてめっちゃ笑ってしまったよ。「天に星、地に花、人に愛を!」も、その言葉は原作にはなくて、じゃあどこから?とか考えてくと「あーーーーー」ってなるところ結構あると思う。
構成成分とか構造とか確かにハニーではあるんだけど、同時に複数の作品が多重写しになっているって言えばいいのかな。
その技量は脚本も映像も見事だし私は好き。
ただそういうのの結果として、原作のハニーって変身前の状態から男性以上に戦える、精神的にも自立して強い、「男性と対等である女性」っていう当時の女性解放運動とかの背景含めて最先端の女性像であったろうなと思うんだけど、その点が薄くなっちゃってて、この辺はとても賛否が分かれるんじゃないかなぁ。私は好きだし、単品としても質はいいけど、無条件で万人におすすめするまでには至らないのはこの辺。
06年 石川賢先生亡くなる
各所で衝撃だったのか、石川先生とその作品への哀悼や鎮魂かなにかみたいに取れる作品は00年代後半に色々あるようにも思える。
ちょっと気になる事として、以降ゲッターロボ派生漫画作品が出現し始めるのだが、10年間ほどは公式監修クレジットが明記され、未監修派生映像化作品に思うところありまくりそうな内容であった。
16年以降のデヴォゲと牌で、公式監修クレジットが入らなくなっている。内容は未監修派生映像化ゲッターロボ作品筋。
07年 鋼鉄神ジーグ
07年作品。WOWWOWで全13話。wikiや公式のスタッフ表記、最終話のエンディングまで確認したけど、実は原作に永井先生の表記があるだけ。
ちょっと言葉にするには色々思うところが多すぎるし、ワンクールで済むので興味あるなら見てもらった方が早い。
川越ゲッターとかは一体なんだったの??って聞きたくなるくらいにこっちでまともにゲッターロボやってる。ついでに気合いの入り方がなんか終始違う気がする。(未監修派生ゲッターロボには反応全然よくなかった)弟が勧めてきた珍しい作品なのも印象に残ってる。
これぞ永井作品!みたいな評を見たので書いておくけど
ガワは永井作品詰めだけど、中身がとても石川作品寄り。
(例えそれが一般道徳的に良いことでも)自分の感情や判断を明確な言語化することが少ない、ひいては説教っぽいことが少ないとか。
*読んだ限り永井先生は言語化、明示することが多い。
すけべ的な描写にわかりやすいが、あくまでも「相手の許可が先にあった(同意、合意があった)」ように、本人の欲望は抑制的で加害と取れる描写が極端に少ないとか。
*これも石川作品の特徴(本人の意図しない偶然によるらっきーすけべすら石川作品には稀)で、永井作品はギャグ描写になると「ちょっとくらいいいよね」とばかりに欲による加害、他者の意思や権利を尊重しないと取れる描写(覗き、スカートめくり、無許可でのボディタッチなどセクハラが代表的か。叱られることが殆どではあるが)が出やすい
なので、これもReハニーと似たような懸念点、オリジナルの続編の体ではあるが永井作品より石川作品寄りであることから無条件に万人には勧めにくい。
ただ正直川越監督のダイナミック系作品だったらこれとSKLだけでいいですってくらいには面白かった。
川越監督が関わった派生作品世界観の種明かしだったろうし、「ゲッターロボアークの再構成」「石川作品と永井作品への正位置のラブレター」に近いものであって、川越監督が本当にやりたかったのはこういうのだったんじゃないかとも思う。
この辺は追々まとめて別記事予定。
11年 マジンカイザーSKL
11年作品。OVA全3話。原作と企画に「ダイナミック企画」クレジット表記。
完全新規作品でこれだけで見れるし、長くないし色々わかんなくてもイケイケドンドーン!な勢いで突っ走れて単純に面白い作風なので、尖ってるの大丈夫なら個人的におすすめ。
川越ゲッターとかは一体なんだったの??って聞きたくな以下省略。気合いの入り方がちg以下略。
04年の「新ゲッターロボ」の相反関係となる対存在。
表面上はバイオレンスジャック版ガクエン退屈男+デビルマンで実質的には反転原作版ガクエン退屈男≒正位置ゲッターロボ。
珍しくダイナミックプロ所属作家さんである星先生の漫画版もある。こっちも悪くない。企画原案から分化してるゲッターロボの東映版と漫画版的な再現かも?
これも色々ありすぎるので後々記事まとめる予定。
15年 サイボーグ009VSデビルマン
24年7月視聴。
15年作品。OVA。スーパーバイザーに永井隆(ダイナミック企画)の表記。
監督に川越淳、脚本に早川正コンビは鋼鉄神ジーグとかSKLと同じ。
どうせデビルマン側があれなことになってるんじゃろ、と思いつつ見たけど、悪かないけど、ぶっちゃけ同じ監督のゲッターより数倍どころじゃなくマシだけどこれ誰?
まあ相変わらず映像と音楽はいい。以下デビルマン側中心に。
1話
・なんか漫画版ジンメン本気でやりたかったっぽい冒頭が山
・ミキちゃんの性格は理解できるが、だからダイナミック主人公から正義感とか理性を削るな。引ったくりとかほっとけじゃない
・好意的に見るなら東映明くんか、結論から逆算してデビルマンになった時点で理性が削れてる解釈
・時間軸は悪魔狩り、後年追加の新デビルマン辺りの話。っていうかナチュラルに同じ世界とかいいのか
・以降はおそらくサバト→シレーヌの再構成
・これのせいか了のお顔が漫画版初期に近くなんなら校舎の隼人の雰囲気すらある(隼人は本質明の表層了だしあそこはサバト再構成なので外見寄せてもわかる)
2話。
……魔獣戦線……?(やっぱりデビルマン入ってるので使っても不思議ではない)
冒頭工場の構図と敵のアドバンスドカスタムとか設定になんかそんな感触が……うーんんんんん??
脚本の早川さんは009→(仮面ライダー→)デビルマン→ゲッターロボ→魔獣戦線はわかってそうだがうーんん
ドルフィン号襲撃はこれ「コマ扱いのデーモンが捨て身で突っ込んでくる」人類世界の侵攻開始の再構成じゃね。そんでこの後三つ巴が顕在化するっていう。
まあ今んとこ普通に悪くはない。公式二次創作の類いとしては及第点だしボチボチ。
3話。
全部見たけど、これ、少なくとも漫画の明くんではないだろ????
えーと、アトゥン?はあれ理性無い慎一さん≒理性無い流竜馬(だし身堂竜馬)≒新ゲ竜馬なんでヤクザ用語がここで入るし目の下の模様もそれだと思う。
=先祖返りしたサタンなんであの姿にもそれはなる。
あの辺の戦いは多分アーマゲドン入るとこの逆転みたいな解釈(009が突っ込んで半球状爆発が起きるとこが核ミサイル)であろうけど、ここまで基本人類と主人公たちに理性はある世界なんだよな、自滅回避できそう。
最後のサイコジェニーだけが不穏かなあとは思うけど……。
そもそも明くんが東映明くんか誰かなんだよなぁ。ミキ誘拐に怒るのはわかるが気絶して敵意も見せてないエヴァ投げ捨てるとかも違和感。てか赤シャツも東映なら黄なのにマジで誰これ。了も誰?? 「それでいい」なら明が人間として生きることの肯定だよね、お前誰?? サタンじゃねえよな????
いや、正直川越ゲッターよりは全然マシだったけど、ホント明と了が誰なん君ら? 滅ばない世界だから本質変えてます?? 公式二次創作としては無難な出来でないのって感じで全然悪かないけど明と了に「誰おま????」っていう気持ちがありすぎて気になって仕方ない。マジで誰なんこれ?
いかんせん時間短い上に話筋はダイナミック使ったろうけどフォーカスはオリと009みたいになってて判断材料乏しいんだよなあ。
「世界が滅ばないデビルマン」って基本東映版かゲッター(あとバイオレンスジャックとか?)にはなるからその要素っぽいもの入れ込んでくるのは理解はできるんだけど根本的に誰なんだこれっていうモヤモヤ感。
そいやこれ見てほぼ確信したんだけど、川越監督「わざと」ゲッターだけ極道兵器とかガクエン退屈男ぶちこんでるね? ヤクザ用語入ってくるのも同じ。
だから川越ゲッターは十中八九意図は不明ながら監督自身があれは滅ぶ世界だってわかってて、わざと理性削って悉くねじ曲げてるでしょ。
川越監督が石川作品じゃなくて永井作品寄りの趣味と作風してるだろうのもそう。多分だけどそもそもあの人石川作品向いてない。露悪的に派手にやってもまだ描写上活かせる永井作品の方が向いてる。真剣に真面目に堅実に誠実にクソがつくほど生真面目に抑制的にやってからパーン!!する方にあんま向いてる気がしない。(この辺一番やれてたのは神ジーグだと思う)
なんか変に悪党擁護というか、悪いものをきちんと悪いと言えないみたいな感じも気になった。この辺は派生ゲッターもそうだったし。
18年 劇場版 マジンガー Z / INFINITY
18年作品。劇場アニメ。原作に永井先生の名前はあるが、制作が東映アニメーションで基本的には東映版と思って良い様子。
初回視聴:21年7月
弟がおすすめしてくれたので一緒に見たんだけどめちゃくちゃ出来が良いなこの映画!?
見せ方も話の流れもめちゃくちゃ上手くてびっくりしたよ!!
「自由を守るには不自由なこともあるのよ」の台詞辺りから割とマジできちんと話書くの?と思ったが当たりで、ヘルを観察者として「人類は多様性を受け入れられない」「平和は手元に無いから良い」って主張からの「世界は存在するに値するか」とその答えよ……。
旧作キャラが殆どを占める中にぽんと出された新キャラのリサちゃんも良かった……。
絵も綺麗でとにかく動くしボスボロットとか出てからの展開は凄かった。がんばれマジンガー!!武装殆ど出したのも最後をロケットパンチにしたのもかっこよかった……。
ええ何あれすごい……いやそらツッコミどころ無いわけじゃ無いけどそれより作りの丁寧さとかがわああああ
強いて残念なとこ言うならグレートとてつやさん(せきとしさんボイスは慣れなかったが悪くない)の出番少ない辺り?
皆穏やかに暮らして欲しい……お子さんが……リサちゃん……。
はーめっちゃ面白かった……
2回目視聴:22年1月
クライベイビーと同じ50周年ロゴが出る訳ですがこっちは光属性。
東映ゲッターとマジンガー漫画版無印見てからの二回目視聴だったんだけど、東映ゲッターのキャラがボスの店にいるのに気付いて覚えててくれたのか!って嬉しかったし、神にも悪魔にもなれるというマジンガーのある種の主軸に対するこの映画の中での答えとかにもう少し考える事ができて良かった……
平和は手元に無いからこそとか人類の最大の弱点は多様性=複数の正義であり、それゆえ人間は争い続ける。自分達がいなくなっても変わらないってヘルの言葉、描かれる状況からの「この世界は存在に値しますか?」の答えは私はとても好きだよ。
3回目視聴:24年1月
漫画と東映見た後だとわかること増えて面白……ドクターヘルの言い分マジで詭弁だなぁああああ!! 最初に圧倒的武力見せ付けてからの甘言ってシントラにもあったがただの脅迫じゃねえかぼけぇえええ!!
しかし「多様性が人類の弱点」と指摘するヘル、完全にデーモンの理屈だなぁとか。
ひとつの思想や価値観で支配する事の方が強いって理屈じゃん……。
「家族という社会的共同体」……あー……。
「人は神でも悪魔でもない、その両方を持ち合わせている。
あの強大な力を預けるにはお前みたいに感情がなくちゃダメだ、そう考えたんだろう。
そういう意味ではお前と俺は同じなのかもしれない」
ぐわああリサにハニー被るなぁ、これ意図的か?
あーよくよく聞いてると声の残り方が石丸甲児くんに似てる……。
次善より最善を選びたいとかはゲッターにもあった事だなぁとか、偶然とかにしたって、結局それはダイナミック作品の精神性を読み取って反映してるって話だろう。
これ書いた人色々読みこんだのかもなぁ。
ボロットちゃんめっかわ……しかしムチャがイケメン風になってるのは何回見てもちょっと面白いw
マジンガーの武装使い倒しての戦闘シーンはやっぱかっこいいにゃー。そいやこれも🍊だっけ。トラスピもだけど技術とか見せ方は割と好きなとこあんだよなぁ。
串刺しはてめえらだ!!とか主に戦闘中の勢いある時とか反射的に声出た時に甲児くんの素の話し方出てるのとか結構好き。
人類に愛想つかしてしまえよとか、ヘルの言ってることは割とデビルマンからの文脈だなぁ、こうして見ると……。
理不尽な全否定からの「この世は存在に値しますか」への答えが「どんだけくそったれな世界でも、それでも、この世界を肯定する」であるからこの世界は滅ばなかった。
って取るなら割とダイナミック作品の文脈は汲んでたのかもなぁ。マジンガーって機体の扱いは東映版寄りぽいとは思うが。
「この世は存在に値しますか」とその答え、なんか引っ掛かるんだよなと思ってたらフリーダーバグ(石川賢先生の98年作品。人類とゲッター線やゲッターロボの関係性翻案みたいな内容と感じた。ゲッターロボアークの元ネタの一つ)だー!!
*「パイロットがセイクンの脳であり心」であるなかで「俺はこの堕落した世界が好きだ」と言いきり、滅ぼす(悪魔)ことでも創る(神)ことでもなく、この世界を維持することを選ぶ。
この辺はそもそものダイナミック作品全体の話で
・強大な力は力でしかなく方向性を持たない、それを付加するのは人間の意思である
・本質的に他者の尊重があり、多様性の肯定に繋がるため、ハピエンであるなら社会の否定ではなく維持と改善に向かう
傾向が割りとあるのよな。多分。
あしゅらとブロッケンはわかるけど、なしてヘルこんな人物像(本当は権力や富が欲しい訳ではなく、知識欲、好奇心のみで動いていて、人類が予想通り過ぎてつまんなくなったら滅ぼす)になったんじゃろう、とは不思議だけど、根っこにデビルマンからのものを引っ張ってきたかったのかもなあとか。
魔王ダンテから分岐したのがデビルマンとマジンガーって捉えて、デビルマンで世界が滅んだ原因「強いものが強いからと言って弱者の命や権利を奪って良いはずはなかったと気づくのが遅すぎた」を多様性の排斥、独裁としてそこへの答えっていう見方もできるのかなあなどとつらつら考えていた。
多様性とはそのまま可能性であり、現生命が存在するのは進化という多様性をベースとした適者生存の結果であるまで来るとゲッター入ってきちゃうけども。(特に個に着目してるとゲッター、社会とかの枠だとマジンガーかもとも後々思った)
ゆえに滅びの回避には多様性の肯定が必要となる。
マジンガーってグレンダイザーの時にゲッターと混じってるので、あっちの文脈持ってきてもまあ納得はしちゃうんよな。
ダイナミックって永井作品はそんな多く読んでないけど、基本的に石川先生とか近年の星先生も根底に流れる理屈は同じだし。
あと「劇場版マジンガーZ╱INFINITY」の意味、もしかしてZ=ZeroとINFINITY? 同化願望という本能、ゼロ(母への回帰願望)であり無限(永遠不変≒死への憧憬)の狭間で「生きる」ことですの……?
マジンガーZERO←マジンガーZ→マジンガーインフィニティ
こう書いたら神と悪魔の間で生きる人間でもあるんだよな。
そうしたらマジンガーがパイロットの拡張である漫画とも別人格を持った戦友(別の人間)的な東映とも読めるし。
18年 Devilman Crybaby
22年1月視聴。この直前に漫画版デビルマンは読了済。
18年作品。Netflix限定配信。「製作」にダイナミック企画クレジット。公式サイトだとProduced byになってるし、Pとかにも名前ある。なんとも複雑。
参考:公式サイト
勇気を出して一話見たよ……もう怖いよ……。漫画版よりエログロの描写は強い。エロとかほぼモロに来る。
変更されていた点で後に響きそうだと思ったのは恐らくだけど元来の明くんが純粋無垢に近く、それゆえ「他人の感情、特に悲哀を勝手に自分に移しとる」と思わしき描写があることと陸上かな。あと了の描写。
もしも冒頭の「愛などないから悲しみも無いと思っていた」「了ちゃんも泣いてる」が漫画版最後まで繋がるのならこれは最初から愛があった故に悲しみがある事を示唆しているし、漫画版はそこに感情が薄かったあの終わりが悲劇のニュアンスを持って描かれそう。
まだ序盤はヒーロー物、少なくとも少年漫画の体を成していた漫画版より最初から後半展開を見越した感じになりそうかなぁ。
「何故走るのか」の答えも中心軸に関わりそうな気はする。
牧村家クリスチャンになってる……どうして重く辛くする要素こんなに乗せてくるの……
ああ、やっぱり他人の悲しみに同調する部分変わっていない……なら多分それは明の本質だ……既に要素が辛い……えぐい……「巻き込まれたのは出会った時からだ」とか……
あと性的暴行とか人間の悪意や破壊衝動に近い悪辣な部分も最初から明確だな……。
明くん乱暴ながらきちんと靴を脱ぐ描写とかもあるし結局変わって無いのが余計胃に来る……。
それにしても性描写露骨ぅううシレーヌ戦までは頑張りたいけど既に胃もたれが……
「選べ明! その女と死ぬか俺と生きるか!」ってマジ了くんよぉ
視聴情報見て待ってください明くんの父親が母親食べたなんて話は聞いてません待ってって震えながら中身見てバスのシーンで完全に震えて固まってたしここでジンメン使うのマジでおま、ちょ……
えっっぐ……ぅうう……ふぇぇぇぇ走ること、追いつきたいっての挟んで離れていても確かに愛していたって描きながらこれは酷いよぉぉぉぉ
5話シレーヌ戦まで見たのだけど「悪魔に愛はあるのか」「俺には愛に見えた」って台詞がうわぁぁぁあ
なんでこんなにモロに性描写入れてくるんだろうと思ってたけど、食物連鎖のとこが台詞ほぼ無くなってた事といい、愛を中心軸に置いたからそれに直接的に関わる要素として性愛も強くしてる……?
なんか漫画版の方がもっとフラットだったなとは思うし自己解釈みたいなのが強いなって感じする。
取り敢えず6話はまだ大丈夫っぽいのでそれだけ見て、あらすじ把握したので最終10話に飛ぼうと思います。致命的にダメな描写があるとわかっ……おおう……(6話冒頭から呆然)
愛と性愛=性欲って同じ物だろうかってのに、私は答えをもうある程度持ってる(昨日投げたのに片鱗がある)けど、この話はどこに落とすつもりなんだろ……そこに意味が無かったらこんなに性描写入れる必要無いんじゃないかとは思うんだよなぁ
でも結局これも了は明から奪おうとしているなぁとは感じる。そこは変わらないというか強くなってる。
同時に明が少なくとも悲哀に共感する人間であると描かれてるからあーあーあーわー
10話。最後の最後に悪魔の生存競争的な部分説明来たけど、やっぱりなんか比重は軽いなぁ。神は悪魔が嫌いみたいな感じか。
サイコジェニーさんは原作のがヤバみあるデザインしてる。
冷静に考えると人間滅ぼすのに労力割くより、神が一番ヤバいんだから人間の存在も利用するとかしても良かったのにな。
馬鹿だなぁ……
最後の最後、失って始めてそれを自覚して終わる。
漫画版とはやはり違うなぁと思うけど、一側面の解釈としては漫画版とかで描いたことを多分曲げてもいないし悪くは無いと思う。
性描写の意味がこれだとわかんないな……恐れて飛ばした789話にあるのかな……うーん……
最後の最後まで了は「バトンを受け取る事ができなかった」
それに気付けたのかすらわからず、ただ悲しみなどの感情をようやく自覚してそこで終わる。
どうにもやはり救いようは無いにゃあ。っていうかやっぱ一番可哀想なのは明くんだと思うんだよなぁ。
奪おうとした事がそもそも過ちであったという悔悟が無いのが本当に理解してない感あってなんなら漫画版より虚無だな……なあこれ了には「愛」は本当にあったのか?
漫画版はまだ自分の感情に自覚的であったけど、くらいべいびマジでなんもわかってない感あるので本当にどうしようもない。そりゃ手に入らんし明も怒るしかないし見てる私はそらそうだろとしか言えんのだが多分了はあの最後に至ってすら何故なのかと思っていそうで余計どうにもならない。
なんで了くんの明くんへの愛(物語の動機だし結論)をはっきりやらなかったんだろう。少なくとも私には自覚的では無かったで最後まで行ったから、ここまでの愛絡んだ露悪エログロの数々の意味はなんやねん感想なんだよなぁ……うーん
性欲や食欲と愛情シームレスに繋げてグロエロ見せてるんだから尚更了くんの愛している設定あやふや~削除する意味がわかんなかった。多分この辺のせいでとっちらかってるとか無駄が多いみたいな印象が強くなっちゃってる?
漫画版初読の感想に残ってると思うけど、私明と了は会わなければよかったんじゃないかとすら思ったもんな。あんまりにも噛み合ってなさすぎるからどうしようもない。優しい明だからあんなことしたらああなるしかなかった。
了が自分の正体に無自覚だったから成立した話だと思った。
最初から自覚的だったら「悪意」がものすごい強くなっちゃう。
明くんから人類への希望も信頼もミキちゃんさえも奪って、そうすればこっちに来ると思った(そんなわけないだろバカ)みたいな話になっちゃう。
この話はこれだったからあんま好みではない。
しかし同じ監督の四畳半も犬王も私は面白かったし、ここが描きたかったんだろうなぁがよくわかるアニメだったのになんでこうなんですかが地味に一番最初に来る。
了くんが了くんじゃなくねってやっぱ思うし、その落ちならあのエログロなんの意味があったねんとは思うけど、あの落ち自体は理解できんではないし、きちんと滅ぼしただけマシとは思ってる。実写とかの派生作品も拾おうとした感じもある。
好きではないが嫌いというほど嫌いではなく、映像クオリティ的にもボロクソ言うほどでもない。
ただごめんだけど四畳半めっちゃ好きだった身としては監督同じって考えたら期待はずれではあった。
なんで!?四畳半とかはあんなに面白かったのに!?!? っていうのが初見感想なのは否めない。
*まとめながらの25年9月追記。
もしかしてこれ結局
明→他人への同調がすぎる(依存)
了→他人を自分に同化したがる(支配)
でどっちも愛は愛でも自己愛の延長でした、自他分離できてませんでした(特に了は全然できてないから自分の感情すらまともに把握ができていない)って話か……?
性愛や家族への愛すらが悉く「食う」描写と繋がるのも一種の同化願望としての愛の解釈では。みんな自己愛の延長としての愛でしたみたいな。
明くんはなんかまだ他人を思う愛があったような気はするんだけど、了はこれそもそも愛があったのかっていうのはとても疑問になってしまう。「心」でもいいけど。
……なあ、これ、本当に、「漫画版発表初期状態の」アニメ化だったの??
*26年3月追記
たまたま話してて気付いたんだけど、もしも了の持っていたものが「同化願望の自己愛」(思い返せば原作からデーモン族に限らず、ひとつの身体に二つ以上の精神、魂は基本維持できないのがあの話でもあった。ジンメンとかも食われた存在が支配下にあったし)だったのだとしたら、あの「拒絶した」部分こそが、あの瞬間こそが彼の「愛」だったのかもしれない、と思った。
21年 ゲッターロボアーク
21年作品。TV13話。オープニングクレジットの限り、原作に永井先生と石川先生の表記はあり、企画や他デザインにもダイナミックの方と思わしき名前はあるが、ダイナミック企画とわかる形でのクレジット表記がされていない。監修や制作のクレジットも勿論無い。
漫画版アークに独自解釈を入れて(OVA版のみならず漫画も含む未監修派生作品筋の)ゲッターサーガを終わらせようとした節が見える。
漫画版アークとはやはり根本的に色々異なり、「一見」地獄が緩和されている終わり方に思える。漫画版號までの人物像や大筋をベースにやりたかった事のために変更を加えたみたいな。
純粋な漫画版真や號の内容に「近い」映像化は現状これだけ。
余談だが、どうもこのアニアクや特に新ゲに関しては度々関係者が「作中読み取れる描写とは逆の事を言っている、嘘をついている」感じが拭えなくて、何もかも信用ができない。拓馬は善悪の判断がついているだの、他人を思いやれるなど嘘としか思えない。(なぜ私がそう判断するのかは下記事に詳細)
直接的な感想とかではないが、元々の漫画版はどういう話でアニメ化に際してどうしようとしたのかの推論含んだ考察記事がこれ。
