#1店内に普通の方はいらっしゃいますでしょうか?-普通に働きたい-
闘いの最前線
受付カウンターでまた人が騒いでいるのが見える。わたしは内線で受付に電話して「警備の人呼びますか?」と言った。「そうですね、お願いいたします」と受付の人は言った。表情は冷静を装っているだろう。警備に事情を話して来てもらうが、距離をとった場所でながめているだけだ。ここの警備は基本なにもしない。
助けてあげんかい。
もう閉館の時間も近い。後で帰る時に受付さんに一声かけて帰ろう。
ここは闘いの最前線である。わたしたちは一兵卒としてほうりこまれた仲間なのだから。
本当にあったことをベースにしたフィクションです。すべて仮名。あったかもしれないし、なかったかもしれない何十年も前のおはなし。
普通ってなんだろう。毎日そう思っていた。
わたしは新しくできた複合施設の一階に併設された、ちいさなアート系の本屋のオープニングスタッフとして働いていた。店員数は3.5人。0.5は学生のヘルプさんだ。わたしはここで一番の年長者で名ばかりのリーダーだ。現に同僚から「あんた」とか呼ばれている。
開店した当初は忙しく、初めてのことをこなすのに大変でよくわからなかったが、少し周りが見えてきてわたしは気づいてしまった。
ここが変なことに。
会社も変ならスタッフも変だし、建物で働く人も変。
お客さんも変だ。自分だけがまともな気がする。
なんかもう、磁場が変なんじゃないだろうか?
オープンしてすぐ、若者がつかつかと歩いてきて、店内のものを指さしながら「あれはアートなんですか?」とめっちゃ怒りながら聞いてきた。確かにこの店にはジャンルわけの難しいユニークなものが多い。「じゃ、道路は?アートですか?わからないんですか?ギリシャ語でアートは技術!」と叫んでチラシを丸めたものをわたしたちに投げつけ、立ち去っていった。
衝撃的で忘れられない。彼は一カ月ほど通ってきては館内のあちらこちらで騒ぎをおこし、やがて来なくなった。飽きたのか、やりきったのか?
これがこの仕事の最初の思い出である。そして、ものを投げつけられるまではいかないまでもこのレベルのエピソードがわたしが働いていた4年間、手を変え品を変え毎日のように起こっていた。
祈り
仕事の神様、わたしは多くは望んではいません。イケメンに会えなくてもいいです、(できれば来てはほしいですが)
水のようになにごともない人生を望んでるんです。
いらっしゃいませ、ありがとうございました。その商品はこちらにございます、そんなシンプルなやりとりでいいんです。感謝されなくてもいいし、ステキなお得意様ができなくてもいいです。普通でいいんです。
でも4年間、わたしは朝「怖い」と思いながら出勤し、お客様が来るたびに何か言われやしないかとビクビクしてすごし、休日も暗い気持ちで過ごすことになる。
なぜなら、ここは大変危険な場所だから。
まずお客さんが変
わたしたちのいる本屋のちょうど真正面が案内カウンターだ。距離は30メートルくらい離れているだろうか。話し声はもちろん聞こえないが、変なことや大声が聞こえたら十分にわかる距離だ。
ある時案内カウンターに男女が二人おり、男性のほうがこちらまで聞こえる大声で「ねえ行こうよう~」と隣の女性に懇願しているのが見えた。
特筆すべきは彼の姿勢だ。ぴったりとくっついる女性の顔を覗き込みすぎてカウンターに仰向けになり、イナバウアーのような姿勢になっている。ヤバい。
後で聞きにいったところ、彼は毎日のように来館しては目にとまった女性を「プラネタリウムに行こう」とナンパしまくっているのだという。ニックネームはそのまま「プラネタリウム」。
あまりにしつこいため、半泣きの女性が助けてください!とよく駆け込んでくるらしい。
性善説にもとづいた場所?
ここは複合施設でわりと大きい。展示や催し物ができたり、市民ホールや貸し会議室のようなものがある。
つまり、誰でも入れる場所だ。自由で、同時に危険である。
ある人は言った。「性善説に基づいた場所ですよねえ」と。
気づくと職員しか入れないスペースに一般の人が普通にいてぎょっとすることなど日常茶飯事だ。
街の繁華街からだいぶ離れているこのような場所をナンパスポットとしている男性が少なくなかった。
ある時、案内の女性が困ったように、「このへんでちょっといいお店を知らないかしら?」と聞いてきたのでどうしました?と聞くと、
いきなり入ってきたお客さんに「食事するから予約しといて!」と言われたらしい。
おん、ええっと、うーん???
その人は館内に関係ある人でも、重要人物でも何でもない、ただの知らないオッサンらしい。
わたしは混乱した。案内のひとはコンシェルジュではない。
どこか夢の国の重要人物なのだろうか。自分で予約しなよ。
ウチの店もすごかった。
電話料金はどこで払うんだ!電話!と怒鳴りこんで来た人。
「わたしはシュガー」みたいなどう考えてもウチ向きではない自費出版の本をどうしてもここで売るという人。
検索しても、本社に聞いても存在しない本をウチの本屋に置いてあるのを見たという人。
掃除機を一番目立つところにかざってほしいという人。
わたしはここで4年の月日を過ごすことになる。
#2につづきます!
