静かな時間が流れる小説が好きな人へ。松家仁之『火山のふもとで』感想
あらすじ
建築家フランク・ロイド・ライトに師事した建築家のもとで働く、寡黙な若い建築士「僕」。
彼は軽井沢近く、浅間山のふもとに建つ「夏の家」で、建築事務所の仲間たちと寝食をともにしながら、住宅設計の仕事に向き合っている。
自然に囲まれた静かな生活の中で、僕は自由でどこか掴みどころのない女性と出会い、少しずつ惹かれていく。
しかしその関係は明確な言葉を伴わないまま、建築の仕事と同じように、曖昧さを残しながら時間だけが流れていく。
建築とは何か、働くとはどういうことか、そして人と人が寄り添うとはどういうことなのか。
浅間山の変わらない姿を背景に、「僕」は静かにそれらと向き合っていく。
感想
寡黙な青年と自由な女性という組み合わせ、そして抑制された語り口から、読んでいてどこか『ノルウェイの森』を思い出しました。
感情を大きく揺さぶる出来事が起こるわけではないのですが、この作品が描く「時間の流れ」に誠実さを感じました。
「夏の家」での共同生活や、浅間山のふもとでの暮らしは、派手さはないけれど、とても魅力的です。
仕事と生活が地続きで、自然のリズムの中に人の営みが溶け込んでいる。こんなふうに暮らせたら、働けたら、と思わずにはいられません。
主人公の上司である「先生」は、フランク・ロイド・ライトに師事した建築家。
多くを語らない人物ですが、その設計思想は一貫しています。
派手なデザインではなく、使う人の生活を徹底的に考え、建築と造り付けの家具を同時に考える姿勢。
作中で繰り返し登場する「建築は芸術じゃない、現実そのものだよ」
という言葉が、とても印象に残りました。
近代建築のデザインを見るのが好きな私にとって、建築が「芸術」と「実用」のあいだに存在するという感覚は、とても興味深いテーマです。この小説は、それを理屈ではなく、彼らの仕事や生活を通して具体的かつ静かに伝えてくれます。
作中ではフランク・ロイド・ライトの波乱万丈な人生にも触れられていますが、読み終えて強く思ったのは、近代建築家の作品と人生を題材にした小説をもっと読みたいということでした。
原田マハ作品の「建築家版」があったら、きっと夢中で読むだろうな、と。
大きな事件も、劇的な結末もありません。
それでも、読後には確かな余韻が残る。
浅間山のふもとで過ごした、静かな時間が、そのまま心に沈殿していくような一冊でした。
