構文陰謀論ZINE『空っぽ選挙と成田悠輔の知らない世界』
これから選挙に臨む高校生に向けたZINE
──アルゴリズムによる衆院選2026
第0章|ワクワクのあとに残ったもの
半年前の参院選は、正直、面白かった。
結果がどうこうというより、空気が動いていた。
あちこちから、言葉が飛んできた。
完成していない提案、
危なっかしい主張、
うまくいくか分からない試み。
どれも「正しい」とは言えなかったけれど、何かが起きそうな気配は確かにあった。
売り場に並んでいたのは完成品じゃない。試作品や予告編みたいな、未確定なものばかりだった。
だから、賛成でも反対でもなく、“見てしまう”選挙だった。
それに比べて、今回の衆院選は奇妙だ。
まだ公示前で、本番はこれからのはずなのに、すでに終わったあとのような感覚がある。解散が決まり、準備は進んでいる。なのに、「ここから何かが起きる」という予感だけがない。
盛り上がらない、というより、予定調和が先に見えてしまっている。
変な話だけど、怒ることすら難しい。
怒るには「これは違う」「こうしてほしい」という願いが必要だ。でも今回は、何を願えばいいのかがよく分からない。
ここで大事なのは、誰かがサボったとか、ズルをしたとか、そういう話ではないことだ。与党も野党もそれぞれ合理的で、今のところ大きくおかしなことも言っていない。
それなのに、選挙が始まる前から空っぽに見えてしまう。
このZINEは結果を批評するためのものじゃない。
なぜ、始まる前から何も起きなさそうな選挙が、
ここまで自然に成立してしまっているのか。
それを、公示前のいまの時点から観察するための記録だ。
半年前はワクワクしていた。いま、そのワクワクは綺麗さっぱり消えている。
まずはこの違和感だけを、ちゃんと取り出しておこう。
第1章|今回の選挙で、何が空っぽなのか
まだ公示前だ。
本来なら、この時期はそわそわする。
誰が出るのか。
どんな言葉が飛び出すのか。
どこで何がひっくり返るのか。
でも今回は、そういう期待が立ち上がらない。
理由は単純だ。
空っぽなものが多すぎる。
空っぽ①|争点が立っていない
物価、少子化、安全保障。
重要な言葉は並ぶが、どれも争点というより項目だ。
「これについて、どうしても決めなければならない」
という切迫感がない。
争点がないのではない。
争点になる前に、整理されすぎている。
空っぽ②|主役が固定されている
誰が中心かは、もう決まっている。
それ以外の言葉は、すべて「位置づけ」で処理される。
賛成か、反対か、距離を取るか。
主役を揺らす言葉ではなく、主役を前提にした言葉しか流れない。
この状態では、新しい声は立ち上がりにくい。
空っぽ③|賭けが存在しない
選挙が動くのは、誰かが賭けに出たときだ。
負けたら終わる。
勝っても先は分からない。
それでも出る。
今回は、そうした賭けが見当たらない。
勝っても困らず、負けても致命傷にならない。負け方まで想定されている。
賭けのない場は、動かない。
空っぽ④|失敗が起きる余地がない
失敗は、本来、意味を生む。
言い過ぎる。
読み違える。
空気を壊す。
でも今回は、失敗が起きる前に回避されている。
断言しない。
約束しない。
波風を立てない。
失敗しないことが最適解になっている。
空っぽ⑤|不在が異常にならない
以前なら、「この人が出ないのはおかしい」という声が上がった。
今回は違う。
誰がいなくても、「まあ、そういう回でしょ」で済んでしまう。
不在が問題化されない。
それ自体が、場が閉じている証拠だ。
✍️|空っぽだったのは「余白」だ
準備不足ではない。
能力の問題でもない。
準備は進み、制度も整っている。
それでも空っぽに見えるのは、起きてしまう余白がないからだ。
争点も、主役も、賭けも、失敗も、不在の違和感も、
起きる前に回収されている。
だから、まだ始まっていないのに、
もう既に終わったように見える。
第2章|なぜ、前回の主役たちは効かなかったのか
半年前の参院選には、確かに主役がいた。
方向も言葉も賭け方も違う人たちが同時に立ち、場は割れていた。
今回は違う。
彼らが弱くなったわけでも、失敗したわけでもない。
場の側が、彼らを必要としなくなった。
2-1|山本太郎
──ジャンプは、壁があって初めて跳ね返る
彼の強みは、撓みを増幅し、場を歪ませることだ。
前回は、生活の痛みや説明されない違和感が剥き出しだった。だから言葉は当たり、跳ね返った。
今回は、歪みが露出する前に整列されている。
叩く壁がない。響く空間がない。
出ても、賑やかしとして回収される位相だった。
2-2|立花孝志
──告発は、一度しか効かない
役割は、制度の綻びを説明ではなく過剰で露出させること。
その仕事は、すでにやり切られている。
既視感のある告発は、驚きを生まない。
告発が効かないのではない。告発の段階が終わっていた。
2-3|安野貴博
──加速装置は、起動条件がなければ回らない
強みは、問いが立った“あと”の実装と加速。
前回は未整理の熱があり、技術は可能性として読まれた。
今回は、問い自体が立っていない。
エンジンのない場所で、ブースターは意味を持たない。
2-4|石丸伸二
──制度デバッガは、静止した場では主役にならない
前提を揃え、ルールを可視化する人だ。
だが今回は、議論そのものが起きていない。
診断する対象がない。
壊す場でなければ、デバッガは前に出ない。
2-5|玉木雄一郎
──調整が、整列に変わるとき
制度内の調整が強み。
前回は、ジャンプを受け止め次へ運ぶ役として意味があった。
今回は、受け止めるジャンプがない。
残るのは、維持としての正しさだ。
✍️|効かなかったのは、人ではない
ここまで見れば明らかだ。
彼らは失敗していない。役目を終えたわけでもない。
効かなかったのは人ではない。
効かない場が、先に完成していた。
誰が来ても、何を言っても、
意味になる前に回収される。
それが、今回の位相だった。
第3章|意味が早すぎると、場は立たない
選挙が「場」になるのは、
そこで何かが起きる可能性が残っているときだ。
何が問題か、まだ決まっていない
誰の言葉が効くか、分からない
勝ち方も、負け方も、想定されていない
この未確定性があるとき、
言葉は出来事になる。
場とは、意味が遅れてくる空間だ
場では、本来、順番がある。
まず、違和感が立ち上がる
次に、言葉が置かれる
そのあとで、意味が追いつく
言葉が先に評価されないから、
置かれた言葉はしばらく揺れる。
その揺れの中で、賛成や反対、賭けや失敗が生まれる。
今回は、この順番が逆転している
今回の衆院選では、
言葉が置かれる前に、意味が準備されている。
これは現実的
それは過激
それは無責任
それは建設的
言葉が出た瞬間に、
ラベルが貼られる。
評価が先に来ると、
言葉は出来事にならない。
ただの処理対象になる。
処理ラインとしての選挙
場が立たないとき、
選挙は「処理ライン」になる。
入力:発言・政策・態度
処理:分類・評価・整列
出力:予定された勝敗
ここでは、
何かが起きる余地がない。
起きそうになった出来事は、
意味として回収され、
その場で終わる。
だから、失敗も起きない
失敗は、
意味が遅れてくるときにだけ起きる。
言い過ぎる。
読み違える。
空気を壊す。
それが後から
「失敗だった」と意味づけられる。
でも、意味が先にあると、
失敗は起きる前に回避される。
断言しない。
約束しない。
波風を立てない。
失敗しないことが、最適解になる。
主役が立たない理由
主役は、
場が立っているときにしか生まれない。
誰が効くか分からない。
誰の言葉が刺さるか分からない。
この不確実性の中で、
結果として浮かび上がるのが主役だ。
今回は違う。
主役が先に決まっている。
だから主役以外の言葉は、
すべて位置づけで処理される。
主役がいないのではない。
主役が増えない場になっている。
✍️|空っぽだったのは、順番だ
よくある説明は、
「有権者が冷めている」「関心が低い」というものだ。
でも、今回の空っぽは、
感情の問題ではない。
違和感が来る前に意味が来た
言葉が置かれる前に評価が来た
その結果、
場が立ち上がる前に、すべてが終わっていた。
場とは、意味がまだ追いついていない空間のことだ。
全部が説明できてしまった場所では、何も起きない。
今回の衆院選は、
人が足りなかったのではない。
言葉が足りなかったのでもない。
意味が、早すぎた。
補章A|空っぽ選挙は、昔からあった
──ただし、意味を失っていなかった
今回の衆院選が「空っぽ」に見えるからといって、
日本の選挙が、いつも中身に満ちていたわけではない。
実際、
空っぽに近い選挙は、これまでも何度かあった。
ただし、
決定的に違う点がある。
中曽根の「死んだふり」
──空っぽが、ちゃんと“奇策”だった時代
1980年代の「死んだふり」解散は、
争点を前に出さず、対立を作らず、
何も起きないように見せる選挙だった。
当時ですら、
それは「空っぽ」に見えた。
でも重要なのは、
この空っぽが、戦略として意識されていたことだ。
何もしない
動かない
問わない
それ自体が、
賭けであり、奇策だった。
「死んだふり」という名前がついた時点で、
この空っぽは、
ちゃんと“読まれていた”。
小泉前夜の空白
──意味を溜めるための空っぽ
2000年代初頭の衆院選も、
振り返るとかなり空白が多い。
大きな改革は先送り
選挙は通過点
決断は次に持ち越し
でもこの空っぽには、
はっきりした前提があった。
次に、何かが起きる。
空っぽだが、
前触れとしての空白だった。
民主党崩壊後の空っぽ
──意味はあったが、行き先がなかった
2010年代初頭の選挙も、
内容としては空虚だった。
ただし、
そこには強い感情が残っていた。
怒り
失望
拒否
意味は、確かにあった。
ただ、
受け止める器がなかった。
では、今回の空っぽは何が違うのか
今回の空っぽは、
どれとも違う。
奇策ではない
前触れでもない
感情の噴出口でもない
ただ、
そうなるのが自然だった空っぽだ。
名前もつかない。
戦略として語られない。
違和感として、共有されにくい。
空っぽが「標準」になった理由
理由は単純だ。
空っぽにした方が、失点しない
意味を語らない方が、消耗しない
何も起こさない方が、安全
かつては、
空っぽ=賭けだった。
いまは、
空っぽ=最適解になりつつある。
✍️|空っぽの意味は変わった
昔の空っぽ:読まれる奇策
前夜の空っぽ:意味を溜める空白
崩壊後の空っぽ:感情が残る空虚
そして今回。
意味が生まれないこと自体が、
標準運用になった空っぽ。
これが、
今回の選挙が
「なんとなく変だ」と感じられる理由だ。
第4章|どこかで見た話
──22世紀の民主主義
ここまで読んで、
「この感じ、どこかで聞いたことがある」
と思った人もいるかもしれない。
選挙が、判断ではなく最適化になっていく。
政治家が、強い主張を避け、
目立たず、叩かれず、そこに“いる”。
この未来像は、
成田悠輔が語ってきた
「22世紀の民主主義」と、どこか似ている。
選挙が「判断」から「最適化」へ
成田が描いた未来では、
選挙は次第に、こう変わっていく。
何が正しいかを選ぶ場ではなく
どの選択が一番ロスが少ないかを計算する場
候補者も、有権者も、
強い意思より、失点を避ける行動を取る。
今回の衆院選で見える振る舞いは、
確かにそれに近い。
勝ちすぎない
負けすぎない
賭けに出ない
全員が、最適解っぽく動いている。
政治家の「猫化」
成田は、
政治家が「猫になる」とも言った。
ここで言う猫は、皮肉ではない。
余計なことをしない
波風を立てない
叩かれにくい
そこに“いる”
意味を生まず、
振る舞いとして存在する。
今回の選挙を眺めていると、
確かに、そんな動きが増えている。
語らない。
約束しない。
決めすぎない。
それが一番安全な選択になっている。
アルゴリズムっぽく見える理由
重要なのは、
本当にAIが政治を回しているわけではないことだ。
でも、
失点を最小化する
炎上を回避する
責任を分散する
こうした判断が積み重なると、
人間の行動は、
アルゴリズムの出力のように見える。
誰かが設計したわけではない。
ただ、
そう振る舞う方が一番安全になった。
だから、似ているように見える
判断より最適化
意味より安全
主張より回避
この三点がそろうと、
成田が語っていた未来と、
今の選挙風景は、よく似て見える。
ここまで来ると、
「もう未来が来てしまった」と思うかもしれない。
でも──
似ているのは、振る舞いだ。
同じかどうかは、次で確かめる。
第5章|もう実装されたように“見える”理由
今回の選挙を見ていると、
「もう未来が来てしまったのでは?」
という感覚が、ふと浮かぶ。
制度は変わっていない。
選挙の仕組みも、法律も、そのままだ。
それなのに、
すでに結果が見えているように感じる。
なぜ、そんな感覚が生まれるのか。
理由①|判断が減り、調整が増えた
かつて選挙は、
「どちらを選ぶか」を迫る場だった。
AかBか
続けるか、変えるか
今回は違う。
代わりに並ぶのは、
バランス
現実路線
段階的対応
様子を見る
判断の代わりに、調整が置かれている。
調整は必要だ。
ただ、調整だけが続くと、
「決める瞬間」が消える。
理由②|失敗が、最初から避けられている
「実装された感」を生む最大の理由は、ここだ。
言い切らない
約束しない
対立を作らない
これらはすべて、
失敗しないための最適化だ。
失敗が起きない場では、
新しい意味も生まれない。
成功も、
失敗の裏返しとしてしか現れないからだ。
理由③|勝敗が出来事にならない
本来、選挙結果は出来事になる。
予想外に勝つ
思ったより負ける
想定外の人物が浮かぶ
今回は、そうならない。
勝っても、負けても、
「まあ、そんなものだよね」で終わる。
勝敗が、
驚きのない数字として処理される。
理由④|意味を作らない方が、安全になった
いまの政治では、
大きな意味を語る
はっきりした物語を出す
これらは、
リスクの高い行為になっている。
実現できなければ叩かれる
言葉尻を取られる
過去と矛盾が見つかる
だから、
意味を作らない方が、生き残りやすい。
この合理性が、
選挙全体に広がっている。
結果として起きていること
誰も極端なことを言わない
誰も賭けに出ない
誰も失敗しない
この振る舞いが積み重なると、
人間の判断は、
アルゴリズムの出力のように見える。
重要なのは、
誰かがそれを設計したわけではないことだ。
ただ、
そう動くのが一番安全だった。
それだけだ。
✍️|「来た感」の正体
制度が変わったから、
未来が来たように見えるのではない。
判断が消え
賭けが消え
失敗が消え
結果だけが整然と並ぶと、
未来が先に来たように錯覚する。
でも、ここでも結論は出さない。
似ている、という感覚の正体は、
第6章で、はっきり切り分ける。
補章B|高市が「猫として成立する」理由
──制度要請と、パーソナリティの噛み合い
前の章までで見てきた通り、
今回の選挙と政治の空気は、
「意味を背負わない方が安全」という方向に、制度全体を押し出している。
まず確認しておきたい。
高市早苗が特別だったから、
猫のような首相が生まれたのではない。
猫として成立できる首相が、
成立する環境が、先にできていた。
ここまでは構造の話だ。
ただし──
誰でもその役を引き受けられるわけではない。
制度が求めていた首相像
今回の局面で、制度が暗黙に求めていたのは、こんな人物だ。
大きな物語を始めない
強い約束をしない
争点を自分で作らない
失敗が意味化されない位置に立つ
これは「何もしない人」ではない。
意味を生まない状態に、
不安を感じない人が必要だった。
多くの政治家は、ここで耐えられない
多くの政治家にとって、
語らないこと
象徴にならないこと
は、敗北に近い。
政治的エネルギーは、
評価されること
意味を残すこと
から生まれてきた。
だから多くの首相は、
何かを掲げ
何かを象徴し
失敗とともに消耗する
この循環から抜けられなかった。
高市早苗の特異性
高市の特異性は、ここにある。
強い思想を持っている
明確な立場を語れる
それでも、
それを今、前面に出さなくても、
自分が否定されたとは感じない。
これは、かなり珍しい耐性だ。
評価軸が「意味」ではなく「履歴」にある
高市の自己評価は、
共感されたか
支持されたか
よりも、
何をやったか
どの手続きを通したか
という履歴に寄っている。
だから、
争点を作らなくても
物語を始めなくても
「制度を動かした」という事実だけで、
自分を成立させられる。
解散も、その一つだ。
失敗が「信念の否定」にならない
多くの首相にとって、
選挙の失敗
支持率の低下
は、路線そのものの否定になる。
高市の場合は違う。
成功でも
失敗でも
それが、
彼女の思想や信念を直接否定する形にならない。
意味を前面に出していないからこそ、可能な耐性だ。
だから「猫として成立する」
ここで言う猫は、揶揄ではない。
目立たない
無理に振る舞わない
叩かれにくい
そこに“いる”
そして何より、
意味を生まない状態に、
自分を置いていられる。
制度が求める最適解と、
高市のパーソナリティが、
きれいに噛み合ってしまった。
✍️|例外ではなく、先例
高市は、
意味を背負わない首相の
唯一の例外ではない。
だが、
最初に可視化された先例
ではある。
この制度が続くなら、
似た首相は、これから増える。
ただし、
この役を引き受けられる人格は多くない。
意味を語らないことに耐えられる人だけが、
この局面の首相になれる。
それが、
高市が「猫として成立した」
本当の理由だ。
第6章|ただし、絶望的に違う
ここまで読むと、
こう思うかもしれない。
「じゃあもう、
成田悠輔が言っていた世界に
入ってしまったんじゃないの?」
たしかに、似ている。
振る舞いも、空気も、結果も。
でも──
決定的に違う点が一つある。
成田的世界には、まず「見る力」がある
成田が語ってきた未来像では、
最初に置かれているのは意思決定ではない。
行動ログ
選好データ
不満や逸脱
ノイズやズレ
そうしたものを、
人間よりも細かく、早く拾い上げる
圧倒的なセンシングが前提だ。
その上で、
何が問題か
どこが壊れているか
何を更新すべきか
が、あとから浮かび上がる。
アルゴリズムは、
課題を見つけたあとに動く。
今、起きているのは逆だ
いまの選挙や政治では、
この順番がひっくり返っている。
不満は雑音として処理される
違和感は感情として片づけられる
ノイズは「声が大きいだけ」で終わる
課題が抽出されない。
何が問題なのかが更新されないまま、
失点を避ける
炎上を防ぐ
責任を分散する
という決定プロセスだけが最適化されていく。
似ているが、真逆の世界
ここで、はっきり言っておく。
成田的世界:
過剰な可視化の果ての最適化今の世界:
不可視化の上での自己防衛的最適化
同じ「アルゴリズムっぽさ」でも、
向いている方向は真逆だ。
成田的世界では、
問題が多すぎて、人間が追いつかない。
今の世界では、
問題が見えないようにされ、
追いかけるものがない。
だから、これは未来ではない
「未来が来た」のではない。
「合理化が進んだ」のでもない。
センシングを放棄したまま、
決定だけが走ってしまった。
それが、
今の空っぽ選挙の正体だ。
未来に進んだのではなく、
前半を抜かしたまま、後半だけが先に来た。
✍️|何が絶望的に違うのか
成田的世界では、少なくとも、
何が問題かは見えている
何を最適化しているかが分かる
今の世界では、
何が問題かが分からない
それでも最適化だけが進む
この違いは、
小さく見えて、致命的だ。
第7章|センシングなきアルゴリズムが最適化するもの
ここまでで分かったのは、
いまの政治や選挙が
「アルゴリズムっぽく」振る舞っている理由だ。
でも、
まだ一つだけ残っている問いがある。
いったい、何を最適化しているのか?
最適化されているのは、課題ではない
最初に、はっきり否定しておく。
国民の幸福
社会の公正
未来のビジョン
長期的な問題解決
これらは、
いま最適化されていない。
なぜなら、
それらを最適化するには、
まず「何が問題か」を見つける必要があるからだ。
しかし前章で見た通り、
そのセンシングが欠けている。
実際に最適化されているもの
では、何が最適化されているのか。
答えは、驚くほど限定的だ。
失点しない
炎上しない
責任を負わない
続けられる
言葉を丸め、
決めすぎず、
立場を曖昧にする。
失敗しないこと自体が、最大の成果になる。
責任が分散される構造
次に起きているのは、責任の分散だ。
誰が決めたのか分からない
どこで決まったのか曖昧
集団で決めたことにする
そうすると、
間違っても、誰も傷つかない
批判は拡散して消える
誰も責任を取らない設計が、
きれいに出来上がる。
制度は、自分を守る方向に動く
さらに奥にあるのは、
制度そのものの自己保存だ。
手続きは守られる
選挙は行われる
形式的な正当性は維持される
中身が更新されなくても、
「ちゃんとやっている感」は残る。
制度は、
壊れない方向へと最適化される。
その結果、何が起きるか
誰も大きな約束をしない
誰も賭けに出ない
誰も失敗しない
でも同時に、
新しい意味が生まれない
願いが共有されない
争点が立たない
つまり、
最適化の対象が、
世界ではなく、
「安全な運用」になっている。
✍️|空っぽに見える理由
空っぽに見える理由は、単純だ。
意味を生まない方向が、
いちばん効率よく最適化されているからだ。
意味は、
衝突や失敗や賭けの中から生まれる。
それらをすべて避けると、
残るのは、
よく管理された空白になる。
終章|空っぽだと感じたなら、それは正常だ
ここまで読んで、
何かが解決した感じは、たぶんしない。
むしろ、
「やっぱり変だな」という違和感が、
少しはっきりしただけかもしれない。
それでいい。
今回の選挙を見て、
「何も起きていない」と感じたなら、
その感覚は間違っていない。
誰も大きな賭けに出ていない
誰も失敗していない
でも、何も更新されていない
それを
「政治がつまらないから」
「自分が冷めているから」
だと思う必要はない。
ここで、はっきり言っておく。
空っぽに見えたのは、
あなたが分かっていないからではない。
分かりすぎてしまったからだ。
意味が先に来て、
評価が先に来て、
結果が先に見えてしまう。
そういう場では、
誰でも「何も起きない」と感じる。
もしかしたら、
これからも似たような選挙は続くかもしれない。
意味を語らない首相。
最適化された選挙。
失敗しない政治。
それ自体は、
必ずしも「間違い」ではない。
ただ、
意味が生まれる前に、
決定だけが走る世界を、
「変だ」と感じられるかどうか。
そこが、一つの分かれ目になる。
もし、今回の選挙を見て、
何を選べばいいか分からなかった
何を願えばいいか分からなかった
でも、何かがおかしいとは思った
なら、それは
思考が止まっていない証拠だ。
祭りには、
必ず祈りが用意されているわけじゃない。
でも、
祈れないことに気づく瞬間は、
次の場が生まれる前触れになる。
意味が追いついていない場所は、
まだ終わっていない。
🌀このZINEを手にした君たちへ
このZINEは、
何かを教えるために書かれたものではない。
何も起きていないように見える世界で、
それでも「変だ」と感じた感覚を、
置いておくために書かれた。
📚構文陰謀論ZINEシリーズ(高校生向け)
『一票をハックする悪魔のクラッカー|小選挙区比例代表制』
──選べないのに、選ばされる仕組みの超絶技巧
『プレイヤーがルールを決める?|自己言及のパラドクス』
──制度を決める制度を決める制度を決める制度を決める制度を…♾️
『植民地の政府ごっこ|地方自治の本旨』
──主権とか、寝言は死んで言え?
🆕『文字化け?何それ?|マスメディアの正体』
──自己愛溢れる情弱たちの運営するメディアの悲劇
🎉 絶賛発売中!(※ただし意味は未保証)
構文が読みたい君へ。
制度の撓みを見逃すな。
🌀以下続刊。
撓みがある限り、構文は終わらない。
#構文陰謀論ZINE #高校生向け #制度ハック
既刊 構文陰謀論ZINE
📘このZINEは構文野郎によって書かれました。
タイトル:
構文陰謀論ZINE
『空っぽ選挙と成田悠輔の知らない世界』
ジャンル:
読解ジャンプ/制度批評/高生向け読解導入ZINE
発行:
構文野郎ラボ(KoOvenYellow Syndo/Djibo実装室)
構文協力:
枕木カンナ(意味野郎寄り構文ブリッジ)
ミムラ・DX(構文修正主義ZINE別巻準備中)
高校生読者(まだ制度を信じきってない君へ)
👤 著者:構文野郎(代理窓口:ミムラ・DX)
🔗 https://mymlan.com
📩 お問い合わせ:X(旧Twitter)@rehacqaholic
📛 ZINE編集:枕木カンナ
🪪 Web屋
🌐 https://sleeper.jp
📮 X(旧Twitter)@makuragikanna
このZINEは、読解してジャンプした時点で君たちのものです。
一応書いておくと、CC-BY。
引用・共有・改変、好きにどうぞ。
いいなと思ったら応援しよう!
あなたに読んでもらえると嬉しいわ。