ウィリアムソンの取引費用理論で「変われない日本企業」を読み解く
今週のテーマは、オリバー・ウィリアムソンの取引費用理論だった。
1985年の主著『資本主義の経済制度』で提示された問い:「なぜ企業は市場ではなく組織を選ぶのか」。これは、2026年の日本企業が直面しているガバナンス改革の問題に対して、驚くほど直接的な答えを持っている。
今週のポイント3つ
1. ガバナンスの出発点は「誰が監視するか」ではなく「何を守るか」
東証のPBR1倍割れ改善要求、社外取締役の義務化、CGコードの改訂。日本のコーポレートガバナンス改革は「制度を増やす」方向に進んできた。しかしPBRは改善していない。
ウィリアムソンの理論によれば、問題は監視者の数ではなく、事業構造の設計にある。まず自社の資産のなかで「特殊性の高い領域」を特定し、そこにガバナンスを集中させる。資産特殊性の低い事業は市場に委ねた方が企業価値は上がる。
日立製作所がPBR2倍に回復したのは、社外取締役を増やしたからではない。資産特殊性の低い上場子会社を22社整理し、ITサービス(Lumada)に集中したからだ。
2. AmazonもGEも、同じ原理で動いている
Amazonは物流やAWSなど資産特殊性の高い領域を内製化し、マーケットプレイスの出品者(資産特殊性が低い)は市場型で運営している。これはウィリアムソンが1985年に定式化した「資産特殊性に応じたガバナンス選択」の大規模な実践だ。
GE(ゼネラル・エレクトリック)は逆の事例。航空エンジンと金融事業という、資産特殊性の共有がない事業を同一の組織で管理した結果、2008年の金融危機で航空部門まで巻き添えになった。2024年に3社分割が完了し、GEエアロスペースの株価は回復した。
M&Aが価値を生む条件はこれだ:統合される事業の間に、資産特殊性の共有があること。なければ、いずれ分解される。
3. 生成AI時代に価値を持つのは「状況的知識」
生成AIは「手続き的知識」を代替する。マニュアルに書けるルール通りの処理。経理の仕訳、契約書の定型レビュー、コードの定型リファクタリング。
一方で、AIが代替しにくいのは「状況的知識」だ。取引先A社は請求のずれに寛容だがB社は1円でも問題になる、という判断。社内の力学を読んで稟議のタイミングを計る能力。これらはデータ化されておらず、特定の組織での経験からしか蓄積できない。
ウィリアムソンの用語では、状況的知識こそが最も「人的特殊性」の高い資産だ。この部分を意識的に伸ばすことが、AI時代のキャリア防衛になる。
来週の予告
源流経済学シリーズ Vol.13『ウィリアムソン「ガバナンスの経済学」× 企業統治・コーポレートガバナンス改革』を出版予定です。
ウィリアムソンが提起した「なぜ企業はこの形態を選ぶのか」という問いを、日本企業のガバナンス改革、グローバルM&A、AI時代のキャリア設計に接続した一冊。
シリーズ既刊12巻はKindle Unlimitedで全巻読めます。
源流経済学シリーズ 最新刊
Vol.12|コース「取引費用理論」× プラットフォーム経済・なぜGAFAは独占できるのか
