見出し画像

【藤原道長⑦】道長の権力すごろくッ 娘を天皇に嫁がせ進撃じゃー!!

歴史のオモシロさ、深淵な味わいを「人物相関図」を用いて できるだけ分かりやすくご紹介しているnoteです。

今回のシリーズは藤原道長。記事をまとめたマガジンはコチラからどうぞッ

前回の記事では道長のいとこであり最大のライバル・藤原伊周(これちか)がヤラカシ事件を起こし、政治の中心から退場してしまった様を描きました。記事はコチラになりますッ⇓

今回は道長が自身の権力を盤石にするために自身の娘を天皇に嫁がせるお話。道長による「権力すごろくゲーム」が進んでいくカンジです。

それでは、道長のサイコロの振り方をみていきましょー。


悲しみのどん底に光 定子サマ ご懐妊!


権力すごろくの最大のライバル 伊周が自滅したことでトップの座に就いた道長ですが、大きな懸念となる存在います。

それが藤原定子(ていし)。

道長の亡くなった兄・道隆の娘であり伊周の妹。
そして一条天皇の中宮(正妻)ですね。

あふれるばかりの知性を持つ定子サマ。
彼女に仕える清少納言たち女房も 気品と教養とユーモアにあふれるメンバーがズラリ。

定子は父の死、兄と弟の左遷、悲しみの連続で髪を自らバッサリ切って出家してしまった。

それでも一条帝は定子を愛し続けています。

そんな中、大ニュース。

定子が身ごもります。

定子のご懐妊でアセる道長

定子が産むのが男の子であれば その子供はゆくゆくの天皇の候補。
中央政界から退場した伊周の復活のカードとなる可能性もあります。

道長の権力すごろくにおいては ゆゆしき障害ですね。
でも 道長もこればかりはどうすることもできない。

そして生まれた子供は

女の子でした。


道長としてはホッとしたかもしれません。

自分の娘・彰子を天皇のもとに入内じゃ! いけ いけー!


女児を産んだ定子をその後も一条帝は愛し続け 再び定子はご懐妊となります。

そんな中 道長もあるカードを切ります。

自らの娘・藤原彰子(しょうし)を天皇に嫁がせる=入内(じゅだい)させるのです。

天皇のお住まいになっている「内裏(だいり)」に「入る」から「入内」 。

彰子はこのとき 12歳。

絵に描いたような「政略結婚」ですよね。
「うわぁ平安時代ーー」ってカンジがします。

12歳の少女・彰子が入内

すでに深く愛する正妻がいる天皇のもとに嫁いでいく12歳の少女・彰子。

どんな気持ちだったのでしょうね。

お父さんである道長から 小さい頃よりずっと「天皇に嫁ぐ」ために育てられてきたような境遇だったと思います。

そして彰子の入内とほぼ時を同じくして 定子が2番目の子供を出産。

生まれた子供は

男の子でした

一条天皇 とってもお喜びになったと思います。


一方の道長の顔は 青ざめたでしょうね。

でも そんな状況でも道長は次なる手を打ってきます。

オキテやぶり!?  いや、いいんじゃ! 自分の娘を正妻(中宮)に


一条天皇の正妻(中宮)は愛する定子。
中宮のポジションは1席だけ。

つまり 道長の娘の彰子は絶対に中宮になれないわけです。

フツーだったら。

でも それをねじ込むのが藤原道長という男ッ!

彰子が「中宮」 定子が「皇后」

自分の娘・彰子を「中宮」として
定子を「皇后」とします。

「皇后」というのは天皇の正式な配偶者であり、「皇后」の別の呼び名が「中宮」として使われていました。

なので 皇后も中宮も正妻なわけです。

なんか言葉あそびというか屁理屈というか。。。

でも これで 定子も彰子も「正妻」ポジションという状況が確立されました。

こういう「ロジックづくり」が 道長ってすごいですよね…。

政治というか、権力者の強引な「筋のつくりかた」というか...。

でも 人間ってこういう「大義名分」が必要ですもんね。

「中宮」から「皇后」と呼び名を変えさせられた定子サマのお気持ちはどうだったのでしょうか…。

道長が超感謝! 藤原行成のファインプレー


定子を深く深く愛する一条天皇も定子を皇后に、彰子を中宮にすることに納得はいっていませんでした。

ですが、一条天皇と定子にも 定子が中宮でいることの「ちょっとしたうしろめたさ」があったのです。

それは、定子が「出家」しているということ。

出家とは俗世から離れることですが 定子 ぜんぜん離れてないですね。

「定子サマ出家後も中宮のままなの? えっ? それでいいの???」


という意見が宮中であったのも事実。

そのポイントを突いて一条天皇に「彰子を中宮とする」ことを説得した人物がいます。

それが

藤原行成(ゆきなり) 

天皇の秘書的な役割をする蔵人頭(くろうどのとう)という役職の人物です。

行成は一条天皇の心に寄り添った忠臣であると共に道長の政治も支えている人物。

一条天皇はこの行成に対しては信頼を寄せています。

その行成は下記のロジックで一条天皇を説き伏せました。

・中宮職についている方は天皇の正妻として「神事」を執り行わなければな  
 らない。それが古来からのならわしである

・だが 定子サマは出家されているので「神事」が執り行えていない

・「神事」が執り行えないと この世が安定しない
 つまり民たちも安寧に暮らせない

このロジックには 一条天皇も

「行成…  たしかにそうだな…」


と首を縦に振るしかありませんでした。

道長からではなく 信頼する行成から言われたことで天皇も納得。

こうして定子は「中宮」となったのでした。

道長が行成に超サンキュー!

道長 この行成のナイスプレーにとっても感謝したとのこと。

行成 ほんっとーーにありがとうな!!!
オレ、おまえのこと ずーーーっと頼りにしてる!
この恩はわすれないよ!!

この後も 行成は道長の側近として取り立てられていきます。

ちなみに、その後 道長と行成って全く同じ年の同じ日に亡くなるですよね…。
人と人の奇妙な縁を感じます。

あと 行成ってめっちゃ字がうまかったらしいです。
書の達人 行成。
カッコいい!!

さて こうして道長の権力すごろくも進撃中。

でも、まだまだ道半ばです。

次回の記事は道長のネクストステップ、そして定子のさらなる悲劇、、、を描いていきます。


藤原道長の人生ドラマを「人物相関図」で紹介するまとめマガジンはコチラ


源頼朝&源義経ブラザーズのドラマチックすぎる「人物相関図」のまとめマガジンもあります。こちらからどうぞっ







いいなと思ったら応援しよう!