『マゴグのゴグ』~ハルマゲドンへの道⑨~
聖書を読んだことがなくても「マゴグのゴグ」というフレーズを耳にしたことのある方は多いだろう。
予言好きな都市伝説界隈でも知られつつある言葉だからだ。
「マゴグ」と「ゴグ」のセットは旧約聖書の『エゼキエル書』と、新約聖書の『ヨハネの黙示録』に登場する。ともに、終末直前の戦争を預言する箇所に登場している。
ゴグとはいったい何者なのか?
はじめに言っておくが、「わからない」。
まだ起きていない事件なだけに、断定するのは不可能である。
ただ、聖書の記述からおおよそのことはわかるので、その正体と、ゴグがリーダーとなる戦争について少し考えてみたい。
ちょっと長くなってしまったので、先に「まとめと結論」を読んでいただいてから詳細を確認していただいたほうがわかりやすくなると思います。
(下の目次から飛んでね)
……実のところ、春になってからは農作業やら仕事やらで忙しく、noteをほとんど開いてすらいなかったため、書くこと自体が億劫になってしまっている。毎日暑いし。
しかも、暑いうちにまた中東に行かなくてはならないので、始めたいシリーズ物もなかなか始められないし(泣
それよりも、出版した本の校正もまだ終わってないし(泣
(Kindleは原稿の直しが簡単なので、忙しくなるからって校正前に出しちゃった。昔から文章を削りすぎと言われ、校正で内容が結構追加されるタイプです。ペーパーバックを出したときが校正終了の合図なので、できればそのあとに読んでね。)
というわけで、頭のリハビリを兼ねて、「エゼキエル戦争」の解説のつぎに書きはじまったのに、長くなりすぎて途中でほったらかしにしていたこの記事を完成させてみました。
ポケてたらすみません。
なお、このシリーズには番号が振ってあるが、その番号に意味はない。思い付きで書いているだけだから順番は気にしないでください。
それでは、さっそく、

二つの終末について
マゴグのゴグと諸国民は終末期にイスラエルに攻め寄せる。
では、その終末とはいつのことなのだろうか?
聖書には二つの終末が預言されている。
一つ目……サタン閣下が地の王として治める現在の体制の終わり。
二つ目……神が地を治める千年王国の終わり。
ゴグの戦争はどちらの終末に起きるのだろうか?
おそらく、両方である。
牧師さんによっては、『エゼキエル書』と『黙示録』のゴグ戦争が同じ事件であると説明していたりもするが、そうすると不都合な点がいくつか出てくる。とくに、戦争後のシチュエーションの違いが顕著だ。
では、それぞれの聖句を読んでみよう。
まずは『エゼキエル書』。
「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して言え。神である主はこう仰せられる。
メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしはあなたに立ち向かう。
わたしはあなたを引き回し、あなたのあごに鉤をかけ、あなたと、あなたの全軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵、大楯と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。ペルシャとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾と兜を着けている。ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのべテ・トガルマとそのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。
……多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年にひとつの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。
あなたは嵐のように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地を覆う雲のようになる。
……シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、あなたに聞こう。『あなたは物を分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために集団を集め、銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪しようとするのか』と。」
「……ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、───神である主の御告げ───わたしは怒りを燃え上がらせる。……その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。……山々はくつがえり、崖は落ち、すべての城壁は地に倒れる。
わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。───神である主の御告げ───彼らは剣で同士討ちをするようになる。
わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。」
「……メシェクとトバルの大首長ゴグよ。わたしはあなたに立ち向かう。……あなたと、あなたのすべての部隊、あなたの率いる国々の民は、イスラエルの山々に倒れ、わたしはあなたをあらゆる種類の猛禽や野獣のえじきとする。あなたは野に倒れる。……。
……わたしはマゴグと、島々に安住している者たちとに火を放つ。彼らは、わたしが主であることを知ろう。」
「……イスラエルの町々の住民は出て来て、武器、すなわち、盾と大盾、弓と矢、手槍と槍を燃やして焼き、七年間、それらで火を燃やす。……彼らは略奪された物を略奪し返し、かすめ奪われたものをかすめ奪う。
その日、わたしはイスラエルのうちに、ゴグのために墓場を設ける。それは海の東の旅人の谷である。そこは人が通れなくなる。そこにゴグと、そのすべての群衆が埋められ、そこはハモン・ゴグの谷と呼ばれる。
イスラエルの家は、その国を清めるために、七か月かかって彼らを埋める。……」
(エゼキエル38~39章抜粋)
エゼキエル書の戦争についてはこちらの記事に書いている。
エゼキエル戦争の戦後の特徴としては、
「終わりの年」に起きるとしていながらも、戦後に「七年間」武器で火を灯す、「七か月」かかって死体を埋めるといった記述があり、戦後も現在の地上世界で人類が生き続けていることがわかる。
この点を覚えておいてもらいたい。
では、『ヨハネの黙示録』ではどのように記述されているのだろうか。読んでみよう。
また私は、御使いが底知れぬところのかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下ってくるのを見た。
彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕らえ、これを千年のあいだ縛って、底知れぬところに投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印をして、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンはそのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。
……しかし、千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを招集する。彼らの数は海辺の砂のようである。
彼らは地上の広い平地に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くした。
そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれた。……。
またわたしは、大きな白い御座と、そこに着座しておられる方を見た。
地も天もその御座の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。
またわたしは、死んだ人々が、大きい者も小さい者も、御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それはいのちの書であった。死んだ人々は、これらの書物に書き記されているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。……。
(黙示録20章抜粋)
『黙示録』の戦いの戦後の特徴は、
エルサレムを取り囲んだ諸国民は、天から降ってくる火に焼き尽くされる。それからすぐに悪魔が滅ぼされ、天地が消え去り、人間の復活と裁きがはじまる。

『エゼキエル書』では、イスラエルに侵入した軍勢の死因は武器による同士討ちや疫病、天災と様々であり、その遺体は残って野生動物のエサとなり、集団墓地に埋められる。
一方で、『黙示録』では、エルサレムを取り囲んだ軍勢は天から降ってきた火により焼き尽くされる。死因は一つである。
焼き尽くされた軍勢を埋葬する描写はなく、戦いのあと、すぐに悪魔は滅ぼされ、天と地は消え去っている。
つまり、『エゼキエル書』の戦争はこの世の体制の「終わりの年」に起きる事件であり、戦後は神が統治する千年王国がはじまり、その千年王国の終わりに『黙示録』の事件が起きる、ということになる。
『エゼキエル書』の戦争と『黙示録』の戦いは、明らかに別の事件である。

上のざっくり年表の終わりの時①のタイミングでエゼキエル戦争、
終わりの時②のタイミングで黙示録の事件、ということだ。
ちなみに、今のところ聖書的な時代区分はざっくり2千年おきに分けることができる。
最初の2千年間はたぶんアダムの堕落からアブラハムまでの時代。
つぎの2千年間はアブラハムからメシア到来までの時代。
つぎの2千年間はイエス・キリストの死からサタン閣下の統治終了までの時代。
その後の千年間は地上における神の統治時代。
計ざっくり7千年間。
7は聖書においても古代メソポタミアにおいても「完全」を表す数である。
7千年という時間を使って、サタン閣下と人類による自由な統治と、神による統治を比較し、審判に至る。
サタン閣下と人類によるフリーダムな統治期間はざっくり6千年。
6は不完全さを表す数である。
アダムの堕落からおおよそ6千年が経過した今の時代は、まさに
終わりの時①のタイミングなのである。
『マゴグ』とは何か?
גוג ארץ המגוג(ググ・エレツ・ハ・マググ)───マゴグの地のゴグ
『エゼキエル書』では上のように「マゴグの地のゴグ」と書かれている。
一方、『ヨハネの黙示録』では、「マゴグとゴグ」という表現に変わる。
γωγ και μαγωγ(ゴグ・カイ・マゴグ)───マゴグとゴグ
「マゴグ」とはマット・ゴグ(ゴグの地)であるとする説があるが、それは違うだろう。この説に沿って「マゴグの地のゴグ」を翻訳すると、「『ゴグの地』の地のゴグ」というバグのような翻訳になってしまう。
そうではなく、この「マゴグ」とは創世記10章に登場するヤペテの子孫のひとり(あるいは一民族)の名称と単純に捉えるべきである。
創世記10章に記された諸民族の一覧には、イスラエルの近隣にいてイスラエル人がよく知っている民族ほど細分化され、詳しく記録されている、という特徴がある。
イスラエルから遠く、関わりの少ない民族に関してはざっくりとしか記録されていないのだが、マゴグはまさにこの「ざっくり」に当てはまっている。
同じヤペテの息子ゴメルやヤワンは、やがて民族名になった彼らの子孫たちの名が記録されているのだが、マゴグの子孫は記されていない。
モーセの時代には、ゴメルの子孫はアナトリアにいた。ヤワンの子孫は地中海沿岸に広がっていた。彼らはメソポタミアの北と西、比較的イスラエルに近い場所にいた。
ヤペテの子孫としての名前だけが記されたマゴグは、ゴメルやヤワンの子孫よりもイスラエルから遠い地方にいたと推測することができる。関わりが薄く情報も少ないので、詳細な民族名の記録がないのだろう。
民族としてのマゴグの所在地に関しては、かつてカスピ海の西にいた、とする説が主流だろうか。
いずれにせよ、マゴグのゴグは北からやって来るため、マゴグの地がイスラエルより北方にあることは間違いない。

『ヨハネの黙示録』では、「ゴグとマゴグ」と書かれており、この場合のマゴグは土地ではなく人々の集団を指しているように読み取れる。
……しかし、千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを招集する。彼らの数は海辺の砂のようである。
彼らは地上の広い平地に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くした。
(黙示録20章7~9節)
古代世界において北方民族といえば、好戦的な蛮族といったイメージがあった。
エゼキエルの少し前の時代には、現トルコ共和国であるアナトリアにキンメリア人だのスキュタイ人だの北方民族がコーカサスを越えてやって来た。
彼らの様子が「マゴグ」のイメージのもとになっている可能性はある。
北の遊牧民のように好戦的な群衆。それが、ここで言うマゴグの意味ではないだろうか。
要するに、「ゴグとマゴグ」のマゴグとは、エルサレムを取り囲む群衆ということになる。
簡単にまとめると、
『エゼキエル書』のマゴグ………民族名(ゴグが治める土地を古代に治めていた人々)を示している。
『ヨハネの黙示録』のマゴグ………群衆(戦いのために集まり来る諸国民)を示している。
『ゴグ』とは何か?
『エゼキエル書』ではマゴグの地のゴグ。
גוג ארץ המגוג(ググ・エレツ・ハ・マググ)ヘブライ語
『ヨハネの黙示録』ではマゴグとゴグ。
γωγ και μαγωγ(ゴグ・カイ・マゴグ)ギリシア語
二つの事件は起きる時期も違うが、マゴグの扱いにも違いがあった。
ではゴグはどうか?
…メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグ…
『エゼキエル書』のゴグとは、民族系統的にはメシェクとトバルのリーダーであり、彼の支配領域は古代にはマゴグの地であった場所にある、と読むことができる。
『エゼキエル書』のゴグは明らかに一人の人物を指している。
一方で、『ヨハネの黙示録』のマゴグとゴグ(マゴグそしてゴグ、とも)は、エルサレムを取り囲む諸国民の大軍勢を指しており、ゴグに関する詳細な説明はない。
……しかし、千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き……
というわけで、とりあえず、より詳細な記述のある『エゼキエル書』から、ゴグの正体に迫ってみたい。
* * *
「メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグ」
これを読んでわかるとおり、ここに出てくる「ゴグ」は、「リーダー」や「王」のような称号として使用されている。
では、古代中東地域に「ゴグ」という王の称号があったのかというと、……微妙である。そのものズバリは見つかっていないのだが、だからといって無かったとも言いきれない。
似ているところでは、エジプトを脱出したイスラエル人を攻撃したアマレク人の王の名前だか称号だかがアガグ(אגג)といった。(民数記24章7節)
アガグ אגג
ググ(ゴグ)גוג
うーん……。微妙。
イスラエルを攻撃する、という点では共通しているので、「アガグ」を持ってきても別におかしくはない。
だが、そうすると、「じゃあ、アガグって書けばいいじゃん!」となるのだ。
では、ゴグやググという名前をもった指導者はほかにいなかったのだろうか?
実は、ひとり、有力な候補がいる。
リュディア王国のググ王である。
ギリシア語読みにするとグゲス(ギュゲス)になる。
アッシリアの資料ではググである。

リュディア王国といえば、アケメネス朝ペルシアに滅ぼされたときの賢王クロイソスが有名だが、もう一つ、世界ではじめて硬貨を導入した国家であると学校で習ったことを覚えている人もいるだろう。
というか、それくらいの印象しかないのではないだろうか。
そんなリュディア王国だが、この国を強国化した王こそがググであった。
ググ王は日本人には馴染みがないかもしれないが、彼はトールキンの『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』の元ネタの神話の主人公として知られている。
プラトンの『国家』によれば、───リュディア王に仕える羊飼いであったググは、地震のあとに現れた山の亀裂の中で巨人の墓を発見する。死体の指には金の指輪がはめられており、ググはそれを盗んだ。そして、その指輪には、指輪を嵌めている人物の姿を透明にする機能が備わっていることに気が付く。彼はその機能を悪用して王妃を誘惑し、王を殺害して、自らリュディアの王となった───。
この話をもとに、プラトンの兄者はソクラテスに議論を吹っ掛けるのだが、彼の言わんとするところは「透明人間になれるんだったら誰だってほしいもの盗むし、消したい奴消すよね。今は善人ぶってる奴だって、こんな力を持ったら絶対闇落ちするから、善人も悪人もほんとうはいっしょだよね」…って感じだろうか。それに対してソクラテスが反論するのだが、それは今は関係ないので置いておく。
問題はなぜ、この物語がギリシア人のあいだに広まっていたのか、である。
ギリシア人はググ王によってデルフォイの神殿に奉納された大量の宝物の存在を知っていた。
ググは、というかリュディアは豊かだったのである。
その金銀財宝の出所を、古代のギリシア人は魔法と窃盗によるものと見なしていた、あるいは、そう思ってしまうほど急速に豊かになった、という話ではないだろうか。
王族出身でもないのに王位を乗っ取り、周辺諸国を征服し、デルフォイに大量の金銀を奉納した。その力と財力はどこから出てきたのだろうか?
その答えとしてギリシア人が行きついたのが「魔法と窃盗」だったのだろう。

お隣のギリシア人が魔法と疑うほどに、ググのもとでリュディア王国は急速に強大化した。
彼は周辺民族を攻撃し、キンメリア人を撃破し、キンメリア人によって滅ぼされたフリュギア王国の旧領土に進出した。
ググ王はエジプトのサイスの王プサムティクを支援するために、エジプトへの派兵も行っている。海を挟んだ大国に軍事介入できるだけの軍事力と財力があったわけだ。
ググの治世は紀元前7世紀の半ば頃。
エゼキエルは紀元前7世紀の後半から紀元前6世紀にかけて生きた人物である。
現代では保守派の政治家をヒトラーになぞらえることがあるが、ググとエゼキエルは、ヒトラーと現在以上に時間的に近いのである。
アナトリアからエジプトに船で軍隊を送るコースは、直行便と経由便の両方が可能だと思うが、経由便を選んで沿岸航行した場合、その船団を一部のイスラエル人も見ることができたかもしれない。
岸から見えないにしても、沖に出る漁師や商船の船員たちは目にしたことだろう。とくに自営業の漁師たちは、数日くらいの距離ならば船団のパレードを見物しに沖合に遠出してもおかしくはない。彼らは現代の奴隷サラリーマンのように忙しいわけではないのだ。
そんなこんなで、リュディアのググ王の威光はイスラエル人のあいだにも知れ渡っていたのではないだろうか。
そこで、イスラエル人は、成り上がりの征服者であり、他国に軍勢を送って内政干渉できるような強大なパワーを有する北の王を「ゴグ」と呼ぶようになったのではないか。
我々が強権な独裁者を「ヒトラー」と呼ぶようなノリである。
エゼキエルの時代、「北の征服王といえばググだよね」という認識がメソポタミア一帯に広まっていたのかもしれない。
このリュディアのググ王こそが、聖書の「ゴグ」の元ネタにもっともふさわしい人物である。
実際、多くの聖職者もこの説を採用している。日本人の牧師さんからは聞いたことはないけれど、ヨーロッパではメジャーな説という印象だ。
まとめると、ゴグとは「急速に成り上がった北方の強大な征服王」を指す一般名詞、といった感じだ。
『ヨハネの黙示録』のゴグも同じニュアンスでとらえて良いと思う。
千年王国の終わりにエルサレムに攻め寄せるゴグとマゴグ。
サタン閣下は千年の終わりに解放されるのだから、彼はわりと短期間で人々を扇動してまとめ上げることになる。
悪魔はあくまで「惑わす」のであって、自身が目に見える指導者となるわけではない。人間のリーダーを用いて群衆を率いさせるのである。
短期間で強大なリーダーとなる悪魔の駒、それが『黙示録』のゴグである。
メシェクとトバルとは?
「メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグ」
上の一節から、『エゼキエル書』におけるゴグはメシェクとトバルのリーダーであり、その「メシェクとトバル」両民族は終末時代にはエゼキエルの時代とは違う場所──エゼキエルの時代にはマゴグの地であった土地に移動している、と読むことができる。
メシェクとトバルもマゴグと同様、ヤペテの子孫として創世記10章に登場する。
エゼキエルの時代───紀元前6世紀の初頭にメシェクとトバルの民はどこにいたのだろうか?
メシェクはおそらく、フリュギアと同一視されたムシュキであると考えられる。

ムシュキの居住地とヒッタイトの領土はかぶっているのだが、紀元前2千年紀にアナトリアの強国だったヒッタイトの資料にはムシュキの名は見つかっていないようだ。
ムシュキはヒッタイトが滅んだあとに台頭した地元民なのか、あるいは東から移動してきたのか、それもよくわかっていない。
ムシュキの土地はのちにリュディア領に組み込まれている。
トバルの方は、ヒッタイトの残党国家群であるシロ・ヒッタイト諸国(ルウィ・アラムとも呼ばれる)の筆頭であり、それらの総称としても使用されたタバルだろうか。
タバルはフリュギアに隣接している。

ヒッタイト王の称号の一つに「タバルナ」というものがあった。
それは、ローマのユリウス・カエサルの「カエサル」が皇帝を意味する言葉となったように、初期の王ラバルナの名前から来ているという説がある。
だが、ラバルナの名前も本名なのか称号なのか、よくわかっていないのである。
ヒッタイトの被支配民はおもにハッティ人、支配民族はインド・ヨーロッパ語に近い言語を話すネシャイトと自称する人々である。
ネシャイトは東から支配領域を広げており、より東に位置するウラルトゥやカッシートとのつながりが、その言語や神話から大いに疑われる。
もし、タバルナ(あるいはラバルナ)が称号であるとして、「タバル+ナ」と分解できるのだろうか?
できるだろう。古いインド・ヨーロッパ語であるヴェーダ語には名詞化語尾 -na が存在する。
たとえば、ブッダ buddhは「目覚めた、賢い」と言った意味の形容詞だが、ボダナbodhanaになると「水星」「理解」といった名詞になる。水星の神bodhanaは知恵と魔術の神である。
タバルが人の名前だとするならば、-naをつけることで名前を名詞化しているという謎状態に陥っているかに思えるが、「カエサル」のように特定の個人名を別の意味に再名詞化して使用する例は意外と多い。
「カエサル」を「皇帝」の意味で使うとき、音には表れないが「カエサル(のような権威)」という意味で使っているのである。
だから、タバルナも「タバル(のような存在)」の意味で使用されていたことは十分あり得る。もし、そうだとすれば、この-naは日本語の「~のような」のなとルーツが同じである可能性すらある。
「そんな」や「このような」の「な」って何?
……脱線しすぎる前に話を戻そう。
タバルナはヒッタイト王の称号として使用されていた。
ヒッタイトの後継国家というか残党国家群のうちの最大勢力、もしくは宗主国であったであろう勢力はタバルであった。タバルはアッカド語で「崖」の意味だという説も、説得力があるようには感じられない。
ヒッタイト帝国とシロ・ヒッタイト諸国とのつながりを指摘するならば、タバルナとタバルの音の類似も指摘してしかるべきだと思う。
ヒッタイトの支配者層、もしくは被支配民のハッティ人はトバルの子孫だったのだろうか?
……そのあたりは今のところ、まったくの不明である。

というわけで、エゼキエルの時代、メシェクとトバル両民族はアナトリアにいたのである。
今で言えばアメリカ合衆国に相当する当時の世界の中心バビロニアは、タバルなどのシロ・ヒッタイト諸国を併合したアッシリアの後継国家である。
バビロンにいたエゼキエルはメシェクとトバルの民を知っていたことだろう。そうでなくても、イスラエルはシロ・ヒッタイト諸国のすぐ南に位置していたため、交易などでかかわりがあったものと思われる。
イスラエル人エゼキエルが書いた預言は、当時のイスラエル人が読めばわかる情報を用いて書かれていたのである。
この点はモーセ五書と同じだ。
マゴグの地はどこに?
マゴグの地がどこかわかればエゼキエル戦争のゴグが特定しやすいのだが、確信をもって「ここ!」と言えないのがもどかしい。
結論を言うと、わからない。
マゴグの地についてわかっていること、それは、
①イスラエルより北、わりと遠方にある。
②古代にメシェクとトバルがいた土地ではない。
以上。
現在のイスラエルの北方の軍事大国といえば、ひとつはトルコだが、マゴグの地はトルコではない。なぜなら、メシェクとトバルはエゼキエルの時代には現トルコ共和国があるアナトリアにいたからだ。だから、ゴグの国がトルコであるならば、「マゴグの地の…」はいらなくなる。
ではその北はというと、候補は二つある。
ひとつはハンガリー。
え?
なぜかというと、ハンガリーはマジャール人の国だからだ。
アラブの伝承ではマゴグとゴグは「マジュージュとヤジュージュ」という辺境の蛮族として登場する。
イスラム教が興る以前、アラビア半島にはローマ帝国によって国を追われた多くのユダヤ人が移り住み、キリスト教も流行っていた。
マジュージュとヤジュージュがアラブの伝説に採り入れられたのはこの頃だろう。
「マジュージュとヤジュージュ」が「マゴグとゴグ」のパロディならば、新約聖書に含まれる『ヨハネの黙示録』由来だと思われるからだ。旧約の『エゼキエル書』由来ではない。
……で、話を戻すと、アラビア半島のアラブ人はマゴグ(מגוג)をマジュージュと発音したわけだ。今でも半島のアラビア語で〈j〉と発音するところをエジプトのアラビア語では〈g〉で発音している。
例)美しい 半島:ジャミーラ
エジプト:ガミーラ
jとgの転訛はアリなのだ。
そして、マジュージュとマジャールは似てる♡ ……かな?
マググ→→マグール→→マガール→→マンガル→→モンゴル
→→マガール→→マジャール
→→マガール→→ムガール
推測の域を出ないが、⇧のような変化はあり得ると思っている。
しかも、ハンガリーはEUに加盟しているため、EUを率いる立場になれれば「大首長」という条件もクリアできる。
……しかし、もし万が一にもハンガリーが現在マゴグの国だったとしても、残念ながらマジャール人がヨーロッパにやって来たのは紀元後のことと思われるため、紀元前6世紀の時点ではマゴグの地ではなかったことになる。
だから、ハンガリーではないのだ。
ということで、お次は本命のロシアだ。
ロシアが本命である理由は以下である。
①イスラエルより北にある。
②長らくモンゴロイド系遊牧民が覇権を握っていた土地を、現在スラヴ人が支配している。
③リーダーシップを発揮できるだけの国力がある。
④ゴグは大首長、つまり、その国には首長がたくさんいるはずだが、ロシアは連邦共和制国家なので当てはまる。
①②③は説明不要だろう。
数百年前にスラヴ人ロシア帝国が極東に張り出すまで、シベリアは主にモンゴロイド遊牧民が支配する土地であった。いまも東シベリアの住人はモンゴロイドが多い。そして、今現在ロシアは北の果てに位置する覇権国家である。
④の理由だが、ロシアは旧ソビエト連邦であり、連邦と言うようにたくさんの自治体が寄り集まって形成された国である。
各地方自治体にはそれぞれ首長がいる。
それら数多くの首長たちの上に大統領がいるわけだから、ロシア大統領は「大首長」であると言える。

(ただし、ウクライナと帰属係争中の連邦構成主体を除く)
Wikipediaより
マゴグのゴグがロシア大統領であると推測される理由は上のとおりである。
メシェクはモスクワのことだ!シベリアにはトボリスクという都市もある。だからロシアの大統領がマゴグの地のゴグだ!……とよく言われるのだが、モスクワの名前のルーツには諸説あるし、トボリスクの地名の由来はどうもトバルではなさそうだ。何より、この町は新しい。
牧師様たちにはそんな不確かな音の類似よりも、上にあげた4つの理由を念頭に置いて説教してもらいたい。
とくに、④に当てはまる国はそう多くはない。
「大首長」──ヘブライ語を直訳気味に訳すと「首長の頭」。
まとめと結論
◇二つの戦争の時期
「マゴグ」と「ゴグ」が登場する戦争は千年王国の直前と直後、計2回発生する。
「エゼキエル戦争」が千年王国の直前であり、戦争終結とともに千年王国に移行している。
「ヨハネの黙示録のマゴグとゴグ戦争」は千年王国の最後、最後の審判の直前に発生する。

◇マゴグ
『エゼキエル書』のマゴグはゴグが治める土地を古代に治めていた民族を指しており、
『ヨハネの黙示録』のマゴグは戦いのために集まってエルサレムを取り囲む諸国民/群衆を指している。
◇ゴグ
『エゼキエル書』では、リュディア王国のギュゲス(ググ)王のように「急速に成り上がった北方の強大な征服王」を指し、
『ヨハネの黙示録』では、サタン閣下の駒として短期間で強大なリーダーとなる人物を指していると思われる。
◇メシェクとトバル
エゼキエルよりも少し前の時代までアナトリアにいた勢力「ムシュキ」と「タバル」が該当するかもしれない。
◇マゴグの地
「メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグ」
マゴグの土地はイスラエルより北方で、イスラエルから離れた地域にあり、ムシュキとタバルの故地ではない場所にある。
最有力候補は、
①イスラエルより北にある。
②古代と現在では違う民族が支配権を握っている。
③世界的リーダーシップを発揮できるだけの国力がある。
④首長の中のトップの地位にある。
これら4つの条件をクリアしているのが連邦共和制国家のロシアだ。
「マゴグの地のゴグ」がロシアの大統領であるとするならば、それはプーチンなのだろうか?
───わからない。
彼はもともと一般家庭出身のインテリエリートで、人生の途中からスピード出世した人物である。大統領になった彼はズタボロだったロシア経済を立て直し、ふたたびアメリカに対抗できるまでに国力を回復させた。
庶民から成り上がり、急速に国を発展させた───。
そういった意味では、リュディアのギュゲス王と似ている。
でも、わからない。
別の誰かが成り上がるかもしれない。
預言も予言も成就するまで確かなことはわからないものだ。
◇終末の時期
ひとつ確実なのは、終わりの時①が今年2025年や来年に来ることはない、ということだ。
なぜならば、それが来る前に、『ヨハネの黙示録』に記された「獣の数字を額か手に刻印されてない人は売り買いできない」イベントや、「7つの鉢の災害」6番目までのイベントが起きていなければならないが、まだなのだ。
それに、エゼキエル戦争が起きるときにはにイスラエルは「剣の災害」から立ち直って、平和で安心していなければならない。
今、イスラエルはまさに「剣の災害」の最中にある。
その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。
(エゼキエル38章8節)
イスラエルはまだ平和ではない。
集金のために難民が必要だから独立したくないパレスチナ自治政府。
キリスト教徒やアラウィ―派やⅮJやダンサーの迫害・殺害を黙認するシリアのIS政権。
イスラエルの抹殺を国の目標としているイラン。
巨大利権維持のためにパレスチナのアラブ人を利用しつづけたい国連。
とりあえず、この4つをどうにかしないかぎり、中東に平和は来ないだろう。
情報統制のひどい日本のテレビや欧米の代表的なメディアを見て誤解している日本人は多いかもしれないが、ガザでジェノサイドは起きていないし、飢餓もない。現地民がSNSで発信しているとおりである。これは、ハマス(ガザ保健当局)発表の数字からもわかる。
イスラエルがガザに侵攻してから今までハマス発表のガザの死者数はおよそ5万5千人。ハマス発表なので盛ってる可能性あり。
2年近く戦って死者が5万5千人。
ちなみに、戦闘期間が約半年だった湾岸戦争でのイラク側の死者数は、定かではないが少なくとも3万人前後と言われている。
ガザの死者数も戦闘開始半年後で3万人強だった。
死者数の推移を見るかぎり、ガザで行われているのは困難な戦闘であって、ジェノサイドではない。
戦闘開始前だって虐殺はなかった。
なんでもいいけど、発展して人口を激増させたのに「虐殺された!虐げられている!」と言う例は日本統治下の朝鮮と戦闘開始前のガザ地区くらいしか知らない。
しかも、「虐殺された」と言っている目的が「集金」であるのも一緒だ。
イスラエルの存在が問題の本質ではない。
イスラエルがいなくなれば、新たに集金の標的にされる国が生まれるだけだ。
ハマスやパレスチナ自治政府を消滅させないかぎり、彼らは巨大利権の歯車としてイスラエルを悩ませ続けるだろう。
だから、イスラエルに平和が訪れるのはまだ先になる。
だから、今年や来年に終末が訪れるということはない。
だから、プーチンが生きているあいだに「エゼキエル戦争」が起きるかどうかもわからないのだ。
マゴグのゴグが誰であるかは事件が起きる直前になればわかるので、楽しみに待っていようと思う。
今すぐではない。しかし、百年も2百年も先というわけでもない。
イスラエルの周辺から脅威が取り除かれ、中東に平和が訪れたなら、エゼキエル戦争とキリストの再臨は近いのである。
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