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想像を絶するナニコレな大災害

 『イグニス・マキシマム』と呼ばれた隕石による災害をご存じだろうか?
 非常に特殊で奇妙な大災害だったはずなのに、まったくと言っていいほど認知されておらず、14世紀ヨーロッパの大量死騒動の陰に隠れてしまった大災害とは、はたしてどんなものだったのか?

 まず、14世紀はかの有名な黒死病(ペスト)が蔓延したとされる時代であり、ユーラシア大陸各地で飢饉と災害が頻発していた。疫病がはじまる以前の1315年から1321年にかけて発生した飢饉で、ヨーロッパの人口はすでに3分の2に減っていたという説もある。

 ヨーロッパに疫病がもたらされたのが1347年。もっとも死者数が多かったのは翌年の1348年だが、その同じ年に、遠く離れたアジアの一角で『イグニス・マキシマム』が人々を襲ったのである。

 場所はだいたいインドと中国のあいだ。中華領域なのか東南アジアなのか、記述が曖昧過ぎて場所を絞り込むのは難しいが、おそらくミャンマーから雲南省にかけてのエリアのどこかだろう。そのあたりで3日間の奇妙な嵐が起きたという。
 まず第1日目には、カエル・トカゲ・蛇・サソリが雨となって降り注いだ。2日目には雷鳴と共に稲妻が走り、火の塊と大きな雹が降ってきた。そして、3日目には天から火と悪臭のする煙が雪のように降りそそいで、一帯の都市や町々を焼きつくした。その後、南からの異臭のする突風により、海岸全体と周囲の土地が汚染されたという。

 2日目以降の記録だけだったら隕石か火山の噴火と解釈されて終わりそうだが、1日目のやつは何だったのか?

 そもそも、これは本当に起きた事件なのか。

 この件に触れている書物はほとんど残されていない。同じ年にヨーロッパも大混乱に陥っているので、ヨーロッパ側の記述はドミニコ会修道士が書き残したものを含めてほんのわずかな量しか残されていない。中国側には資料があるかどうかもわからない。当時、現地は記録を残すことにあまり熱心ではないモンゴルの支配下にあった。その上、イグニス・マキシマムの前には中国四川省付近で大地震が発生し、大規模な山体崩壊が発生して数百万人規模の死亡者が出たと言われている。だから、イグニス・マキシマムなんてものに構っている余裕はなかったのかもしれない。あるいは……、この地震の正確な年代は実のところ分かっていない。もしかすると、イグニス・マキシマムと四川省の大地震との間に何か関係があるのかもしれない。

 ちなみに、イグニス・マキシマムはラテン語である。「イグニス」の意味は「火」、「マキシマム」は「特大の、最大限の」。この言葉が使われた記述ではこれを隕石と断じている。だから『イグニス・マキシマム』「極大火球」くらいの訳でいいだろう。しかし、これが本当に隕石による災害だったのかどうかは不明だ。

⇒⇒天罰くらいひどかった14世紀の災害

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