【#創作大賞2026 オールカテゴリ部門 私小説】『スタンド・アップ』第01話「自主映画少年」
《あらすじ》
自主映画の制作中にスタッフのひとりに絶縁宣言されてしまった監督こと「おれ」は寒空の中、相棒である鉄男の助けを借りてバカ話を繰り広げつつ映画用の未撮素材を撮り進めていく。そんな中で鉄男に入った一本の連絡が「おれ」の置かれた深刻な状況と、今日に至るまでの壮絶かつ過酷極まる挫折の日々を思い起こさせていく…。
《コンセプト》
自主映画少年はなぜ友人から絶縁宣言されるに至ったのか?
《第01話 本文》
おれがまだ十代だった頃の話だ。おれが当時使っていたパソコンのメールアドレスに十二月のある日、友人のひとりから突如こんなメッセージが届いた。
絶交だ。二度と連絡してくんな。
「無理もないと思うけどな」
この話を聞いた友人の鉄男は、半ば呆れるように首を振った。おれと鉄男がいたのは、古式ゆかしい県営団地の共用階段の一階部分だった。そこの最上階にあたる四階部分に、おれは当時家族と一緒に住んでいたのだ。
「山本が寒いから帰りたいって言ってるのに監督、無視して平気で撮影続けるんだもん」
「全員分のカイロをちゃんと支給したろ!? 予備だってあったし」
「一日中撮影してたら正直殆んど効果ねえよ」
おれの反論にも鉄男はいつも通り冷静にツッコミを入れる。
「途中で放り出すとか、あいつはプロ意識が足りないな」
「監督以外は全員素人だけどな」
おれは当時、自主映画制作に夢中だった。同年代の友人知人を集めて映画を撮っては動画サイトに上げる日々を何年も続けていたので、いつしか周囲には『監督』と呼ばれるのが日常茶飯事になっていた。
キッカケは中学一年の時だった。自宅の押し入れで親が昔買ったと思しき和製ホラー映画のパンフレットを見つけたのだ。近所の図書館の視聴覚ブースで実際に映画を見てみると凄まじい衝撃を受け、衝動的に友人を集めて自宅のデジカメとパソコンの標準搭載ソフトで見よう見まねの短編映画をつくり、動画サイトで全世界へ公開した。
ネット上で悪口ばかり書く男がパソコンから這い出てきた髪の長い女に捕まって画面に引き摺り込まれていく、という元ネタ丸分かりな内容だったが、参加した友人たちの宣伝もあってひと月で一五〇回ほど再生された上に高評価がいくつもつく上々の結果となった。
以来、おれの中では数ヶ月から半年に一度は新作映画を撮って公開するのがある種のルーティーンとなっていた。ジャンルは決まってホラー映画である。
「とにかくこのままじゃ映画が完成しないから、残りの撮影に付き合ってよ。あいつ抜きでも成立するシーンばっかりだけど、助手がいた方が心強いし半日もあれば撮り終わるからさ」
「いいけど、山本に謝った方が早くない?」
「それだと次の撮影いつになるか分かんないからさ」
おれは鉄男の正論に異を唱えた。
「いっそのこと完成した映画見せる方が早いよ。あいつだって自分が参加したもののウケとか出来映え見たら少しは考えも変わって許す気になるだろ。よし、レッツゴー!」
「謝った方がいいと思うけどなぁ」
後先考えずに勢いだけで動き回るおれと、終始ぼやきつつも何だかんだ付き合ってくれる鉄男。当時のおれたちの、殆んどいつもの光景であった。
* * *
「ほい、監督いいよ!」
デジカメの録画ボタンを押して待機していたおれは、鉄男の合図を受けるとカメラを構えて十数メートル分の階段を一気にダダダーッと駆け下りていった。やがて階下にいた鉄男と合流すると、今しがた撮ったばかりの映像を再生してその内容を確かめる。
「よし、オッケー!」
「今これ、何撮ってるんだっけ?」
「殺人鬼に追われて逃げる主人公の主観カット」
おれは念のため、もう一度映像を確認しながら鉄男に言った。
「こないだ撮ったやつはイマイチ迫力不足でさ」
おれたちが撮っていたのは、トカゲのマスクを被った猟奇殺人鬼・通称トカゲ男に主人公が何の理由もなく襲われ、銃や刃物で狙われながら建物内を逃げ回るという映画だった。襲われる主人公を演じたのがおれ自身で、トカゲ男を演じたのがおれに絶交を突きつけた例の山本である。
おれの住んでいた団地は当時建て替え事業の真っ最中で、撮影に利用したのは完成したばかりの新しい団地棟の一角だった。区分上は同じ団地でも広さや大きさ、設備等を見れば一端のマンションと大差がなく、見栄えがする立体的鬼ごっこのロケ地としては最適の場所だったのだ。
「よし鉄男、ちょっとカメラ持ってそこの地面横たわってくれ」
「は? マジで言ってんの!?」
「建物から落下して死にかけてる、トカゲ男の目線でおれを撮ってくれ。そのために、こないだと同じ服を着てきたから」
「あのさ監督、いつも言ってるけどみんながみんな、監督みたく人目を気にしない訳じゃないからね? ……ああほらもう、冷たいし畜生!」
半ば当然のようにゲリラ撮影を繰り返すので、許可取りなどは一切ない。安全確認も一応していたが、正直いつ住人と鉢合わせてトラブルになるやら当時は分かったものではなかった。夜間撮影をすることもあったから、そういう場合は尚更だった。
後から思えば鉄男がえらいのは、これ程率直に不平不満を並べつつも取り敢えずは要求通り撮影の補助をしてくれたことである。本来なら断られたって文句は言えないのだ。
「少し角度つけるかい?」
「そうしてくれ」
鉄男も山本も、元は中学のクラスで席が近かったというだけでおれに巻き込まれた連中である。特に鉄男は最初期から助手を延々任されていたので、当時はすっかりおれの扱いに慣れてしまっていた。
「……よしオッケー、良い画が撮れた!」
「この映画、結局オチはどうなるんだっけ?」
再び映像を確認中のおれに鉄男が訊ねる。鉄男はスタッフの中でも最古参なのに、ある時期から台本を一切読もうとしなくなった。たぶん読んでも無駄だと思っていたのだ。
「トカゲ男を死なせた罪で、主人公が警察に逮捕されて終わり」
「いくらなんでも理不尽すぎない?」
「世間はね、個人じゃどうしようもない理不尽で溢れてるんだよ」
「もうこれホラー映画かバカ映画かよく分かんねえな……」
鉄男はこういう場合、容赦なく悪態をついた。
そもそも映画冒頭、トカゲ男がいきなり自転車で爆走して襲ってくるという展開からして、当時おれ以外の連中は困惑していたぐらいだった。
「ヒマだから付き合ってるけど、下手したらその辺の落ち葉とか撮ってる方がマシな説すらある……」
「いくら何でもそこまで言うことある?」
おれは次の撮影地への移動を開始しながら、流石に少し反論したくなった。
「これでもチャンネル登録者が二〇〇人くらいいるんだからさ」
「もういっそのこと、その人たちスタッフで雇ったらいいんじゃないかな……」
転機は中学二年の時だった。
おれの自主映画を知って感心した学校の先生から「良い映画を撮りたければ映画以外のことを沢山学んでおくといい。そのためには良い学校に行って勉強するのが一番の近道」とアドバイスされた。
おれは親に頼み込んで地元駅近くの学習塾に通うと急速に成績を上昇させ、五教科平均九〇点、地域模試の偏差値七〇台を叩き出すようになった。塾長先生の裁量で自主映画のポスターを塾内に張り出す許可を貰うと、以来映画の再生数とチャンネル登録数が急上昇するようになった。おれは自信をつけ、映画制作により一層打ち込むようになっていった。
一連の出来事は親からも歓迎された。ギャンブルで借金をした父が養育費も未払いのまま蒸発して以来、母はおれへの経済的文化的投資を惜しまない一方、おれの獲得したあらゆる社会的評価を自身の成果として親類や知人に自慢して回ることが常となっていた。
おれには成績の悪いふたつ年下の妹がいて、学校で何かある度に母に泣いて縋ることが日常茶飯事であったから、そんな家族に唯一トロフィーをもたらし続けている感覚は、当時のおれにとってある種の誇りともなっていた。
「おっと、ちょい失礼」
古い団地棟の解体風景を撮っていた時だった。
スマホアプリに何か急なメッセージが届いたらしく、鉄男はやや小走り気味に一時その場を離れていった。周囲は殆んど人気がなく、目の前には工事現場特有の仮囲いだけが向こうまでずっと続いて見えていた。
「お待たせお待たせ、職場からだったわ」
「……やっぱ忙しいのか?」
「全体連絡みたいなモンだから、そこまで大した用事じゃない」
後から思えば、そんな訳がなかった。
鉄男は当時地元の工業高校を卒業して、四月から誰もが知る大手の鉄道会社に就職したばかりだった。鉄道会社の新人といえば、あらゆる研修・講習・実習の真っ只中にいたハズである。鉄男は言葉とは裏腹に多忙な生活の合間を縫って、おれの撮影を手伝いに来てくれていたのだ。
「監督は今でも駅前スーパーかい?」
「半年近く経っても覚えることが多くて大変だよ」
「まあプー太郎よりは全然いいんじゃない。受験勉強ちゃんとしてる?」
「してない」
おれはカメラの画面に目を落としたまま即座に言った。
クレーンでも駐輪場でも公園の樹木でも、何か意味ありげな風景を沢山撮っておくのをおれは好んだ。雰囲気づくりに使えるからだ。それに風景の変化を撮るときだけは時間の流れが美しく感じられた。自分が今世間的には浪人生で、しかも既に十二月であるなどという醜悪な現実を少しの間だけ忘れることが出来た。
「というかもう終わった。作品と面接だけで、筆記試験いらない芸大が東京にあるって前に話したろ。自主映画を全部ディスクに焼いて持っていって、こないだ受験してきた。受かってれば特待生だから、今は結果待ち状態」
「それ以外は?」
「何もしてない」
「……監督さ、」
鉄男は珍しく、慎重に言葉を選んでいたように感じられた。
「無理にとまでは言わないけど、万が一何かあった時のために、山本に一度ちゃんと謝っておいた方がいいんじゃない?」
真冬の寒風が吹きすさび、工事現場のガコンガコンという無機質な音と共犯関係を結んで、おれの身と心を冷たく激しく打ち据えた。おれは何も答えなかった。答えたくなかったのだ……。
《各話リンク+巻末補足》
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