【なぜ、パワハラがある職場では誰も声を上げなくなるのか】人事25年で見えてきた組織の心理〈キャリア・女性活躍・管理職・パワハラ・人事・メンタリング〉
― 正義感だけでは、人は守れない ―
前回の記事では、パワハラ対応で本当に大切なのは、“感情論”だけで終わらせないことだとお伝えしました。
パワハラの問題が起きると、どうしても加害者と被害者の関係に注目が集まります。もちろん、それは非常に重要な視点です。しかし実際に組織の中で起きていることを見ると、影響を受けているのは当事者だけではありません。
むしろ、人事として長年多くの現場を見てきて感じるのは、パワハラが続いている環境では、周囲の人たちも少しずつ動けなくなっていくということです。そして、その状態こそが問題を長引かせ、組織全体を苦しくしていく要因になっていることも少なくありません。
今日は、その構造について少し深くお話ししたいと思います。

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◽️ パワハラは、被害者だけの問題ではない
パワハラという言葉を聞くと、多くの人は「被害を受けた人」と「行為をした人」の問題だと考えます。しかし実際には、それだけではありません。
パワハラが繰り返される職場では、周囲にいる人たちも大きな影響を受けています。最初は違和感を持っていた人も、同じような状況を何度も見ているうちに、「何も言わない方がいいのかもしれない」と考えるようになっていくのです。
感情的な叱責や人格を否定するような発言が繰り返される環境では、人は自然と身構えるようになります。「言ったら自分も攻撃されるかもしれない」「余計なことを言うと面倒なことになるかもしれない」「評価に影響するかもしれない」。そんな不安が少しずつ積み重なっていきます。
すると、人は発言を控えるようになります。会議で意見を言わなくなる。違和感を覚えても口にしなくなる。本当はおかしいと思っていても、空気を読んで合わせるようになる。
つまり、パワハラは被害者本人だけを苦しめるものではなく、組織全体の発言力や対話する力を少しずつ奪っていくのです。

◽️ 発言できる人から順番に離れていく
さらに怖いのは、パワハラ環境では、“発言できる人”から順番に離れていくことです。
最初は、「その言い方は少しきついのではないですか」「もう少し別の伝え方があるのではないでしょうか」と声を上げる人がいます。しかし、その声が受け止められなかったり、逆に反発されたりする場面を何度も目にすると、人は少しずつ学習していきます。
「言っても変わらない」
「自分が標的になるかもしれない」
「余計なことは言わない方がいい」
そう感じ始めるのです。
すると、異動を希望する人が出てくる。転職を考える人も出てくる。あるいは組織には残りながらも、必要以上に関わらなくなる人もいます。
その結果、組織には「何も言わない人」だけが残りやすくなる。そして、本来であれば組織を良い方向へ動かしてくれるはずの、“違和感を言葉にできる人”や“率直に意見を言える人”が少しずついなくなっていくのです。
これは個人の弱さではありません。組織構造として起きやすい現象です。だからこそ、パワハラの問題を単なる個人の性格問題として捉えてしまうと、本質を見失いやすくなるのだと思います。

◽️ 正義感だけで解決しようとすると苦しくなる
では、周囲はどう動けばよいのでしょうか。
ここで大切なのは、「自分一人で正義を背負わない」ということです。
真面目で責任感が強い人ほど、「私が止めなければ」「私が守らなければ」「私が変えなければ」と考えやすい傾向があります。その気持ちは決して間違いではありませんし、とても大切な感覚でもあります。
ただ、パワハラは単なる個人間トラブルではありません。そこには権力関係があり、評価制度があり、職場の空気があり、組織文化があります。つまり、一人の努力だけで解決できるほど単純な問題ではないのです。
だからこそ、「なんとかしなければ」と思う人ほど疲弊してしまうことがあります。人を守ろうとしていたはずなのに、自分自身が消耗し、心をすり減らしてしまう。
実際、人事の現場でも、被害者本人以上に周囲の人が苦しくなっているケースを何度も見てきました。
だからこそ大切なのは、自分一人で戦おうとしないことです。

◽️ 感情の戦いではなく、組織課題として扱う
パワハラを目の前にすると、怒りが湧くことがあります。
「なんであんな言い方をするんだろう」
「絶対におかしい」
「許せない」
そう感じるのは自然なことです。
ただ、その怒りだけで動こうとすると、今度は感情と感情のぶつかり合いになってしまいます。すると問題の本質から離れ、さらに対立が深まることもあります。
だからこそ必要なのは、「構造に戻す」という視点です。
例えば、事実を整理する。記録を残す。複数人で共有する。信頼できる上司に相談する。人事へ繋ぐ。孤立している人を支える。
こうした行動は派手ではありません。しかし実際には、こうした積み重ねが組織を動かしていくことがあります。
パワハラを「個人の感情の問題」として扱うのではなく、「組織課題」として扱うこと。その視点を持てるかどうかで、対応の質は大きく変わるのだと思います。

◽️ ゼロか100かで考えない
そして、もう一つ大切にしてほしいことがあります。
それは、“ゼロか100かで考えない”ということです。
パワハラについて考え始めると、多くの人は最終ゴールから考えてしまいます。
「パワハラを止めなければ」
「組織を変えなければ」
「なんとかしなければ」
そう考えるほど、問題が大きく見えてしまい、怖くなって動けなくなることがあります。
でも、本当に必要なのは、そこではないのかもしれません。
まずは今の状況を整理してみる。自分の感じている違和感を認める。信頼できる人に話してみる。記録を残してみる。
そうした小さな行動から始まることもあります。
状況が整理されると、次の一歩が見えてくる。そして次の一歩が見えると、人は少しずつ動けるようになる。
私は、その積み重ねに大きな意味があると思っています。

◽️ 最後に
パワハラがある環境で、「怖い」「言えない」「動けない」と感じるのは、とても自然な反応です。なぜなら実際に、声を上げた人が不利益を受けるかもしれないという空気が存在していることもあるからです。
だから、自分を責める必要はありません。
ただ一方で、「何が起きているのか」「なぜ自分は苦しいのか」「何に怖さを感じているのか」「本当はどうしたいのか」を整理していくことには大きな意味があります。人は、状況を理解できない時ほど苦しくなります。しかし、構造が見えてくると、自分が取れる選択肢も見えてくることがあります。
誰に相談するのか。どこまで伝えるのか。記録を残すのか。距離を取るのか。組織を使うのか。環境を変えるのか。
その選択を、自分自身でできるようになること。私は、そこに“自分を守る”ということの本質があるように感じています。正義感だけで自分を追い込むのではなく、状況を整理しながら、自分自身も守っていく。その視点を忘れないことが、パワハラのある環境で最も大切なことなのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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