"大人の発達障害グレーゾーン"は、あと10〜15年続く構造問題だ|届かない人にどう届けるか。
「大人の発達障害」「グレーゾーン」という言葉を、最近よく見るようになった。
SNSでもニュースでも、まるで新しい現象のように語られている。
でもこれは「最近になって発達障害の人が増えた」わけではない。
昔からいた。ずっといた。見つけられなかっただけだ。
そしてこの「見つけられなかった世代」が今、社会の中核にいる。僕もその一人だ。
ASDとADHDの診断がついたのは30代になってからだった。
なぜこうなったのか。そしていつまで続くのか。構造的に考えてみる。
今の子供たちに起きていること
2026年現在、子供の発達障害は「早期発見・早期支援」が原則になっている。
保育園や幼稚園の段階で、保育士や教諭が発達の兆候に気づく。
落ち着きがない、集団行動がむずかしい、こだわりが強い——
そうした特徴を「性格」で片付けず、「もしかしたら特性かもしれない」として保護者に伝える仕組みができている。就学前健診でもスクリーニングが行われる。
その背景にあるのが、2005年に施行された発達障害者支援法だ。
この法律によって、発達障害の早期発見と支援が自治体の責務として明記された。
それ以降、療育センターへの紹介、特別支援教育コーディネーターの配置、通級指導教室の拡充が進んだ。
つまり、今の子供たちには「発達障害を掬い上げるネット」がある。完璧ではないが、少なくとも制度として存在する。
僕たちの世代には、そのネットがなかった
1990年代から2000年代に子供だった世代——僕を含むこの世代には、そのネットがなかった。
発達障害者支援法の施行は2005年。僕が小学生だった頃、「発達障害」という言葉は日常に存在しなかった。
学校にあったのは「特別学級」(当時の呼称)で、そこに行くのは、明らかに困難を抱えている子だけだった。
グレーゾーンの子供——困ってはいるが「特別学級に行くほどではない」と判断された子供——は、通常クラスに残った。
支援なし。理解なし。
本人も周囲も、それが「特性」だとは知らないまま。
「落ち着きがない子」
「空気が読めない子」
「忘れ物が多い子」
「友達とうまくいかない子」。
先生からの評価は、「努力が足りない」「もっとちゃんとしなさい」。
家庭では、「なんでうちの子だけ」。
本人は「なんで自分だけうまくいかないんだろう」と思いながら、
誰にも説明してもらえなかった。
そのまま大人になった。
さらに上の世代にも、グレーゾーンはいた
今40代、50代、60代の人たちの中にも、発達障害グレーゾーンの人は当然いる。
彼らの時代には「発達障害」という概念自体が社会に浸透していなかった。診断基準すら十分に整備されていなかった時代だ。
「ちょっと変わった人」
「仕事は遅いけど真面目な人」
「なぜか人間関係でいつも揉める人」
——そういう評価を受けながら、一般社員として何十年も働いてきた人がいる。
生きにくさを抱えたまま、それが「自分の性格の問題」だと思い込んで。
これは想像ではない。
発達障害の有病率は時代によって変わるものではない。
どの世代にも一定の割合で存在する。
変わったのは「見つける仕組み」があるかないかだけだ。
仕組みがなかった世代の人たちが、未診断・未支援のまま社会にいる。それだけのことだ。
あと10〜15年、この構造は続く
ここからが本題だ。
今の子供世代——早期発見・早期支援のネットに掬い上げられた世代——が社会人になるのは、早くて2030年代半ば、本格的には2040年前後だ。
つまり、それまでの10〜15年間は、「スクリーニングされなかった世代」が社会の中心にいる。
20代後半〜60代の現役世代のほぼ全員が、子供時代に発達障害のスクリーニングを受けていない世代だ。
この構造が意味することは明確で、「大人の発達障害グレーゾーン」の問題は、あと10〜15年は確実に続く。
個人の努力や啓発活動だけでは解決しない。
なぜなら、これは個人の問題ではなく、社会のスクリーニング体制の空白が生んだ世代的な構造問題だからだ。
世代子供時代のスクリーニング現在の状況
2010年代〜生まれ
あり(発達障害者支援法以降)療育・支援を受けて成長中
1980〜2000年代生まれ
なし(グレーゾーンは見逃し)大人になってから気づく/未診断のまま
1960〜1980年代生まれ
なし(概念自体が未浸透)「性格の問題」として生きてきた
グレーゾーンは制度の隙間にいる
もうひとつ厄介なのは、グレーゾーンの人は既存の支援制度にも乗りにくいということだ。
診断がついた人には、障害者手帳、障害者雇用、リワーク、就労移行支援といった選択肢がある。
僕はリワークに通い、就労移行支援を知り、障害者雇用枠で再就職した。制度に乗れたから、ここまで来られた。
でもグレーゾーンの人は、診断がつかない。
あるいは診断を受けること自体に抵抗がある。
「自分は障害者なのか?」という問いに向き合うことのハードルが高い。
結果として、困っているのに支援につながらない。
一番しんどい場所にいるのに、制度の網目からこぼれ落ちる。
この空白地帯をどうするか——それが、あと10〜15年のあいだに社会が答えを出すべき問いだと思う。
だから「自分で気づく」しかない、今は
理想を言えば、大人の発達障害グレーゾーンに対する社会的な支援体制が整うべきだ。
でもそれを待っていたら、10年かかる。
今できることは、自分の特性に自分で気づくことだ。寛容になることだ。
周囲はなんとなく精神科の受診を勧めて見ることだ。
海外では精神科に行くのは体調管理の1種でなんらおかしなことではない。
僕の場合、リワークでの自己分析がそのきっかけになった。
WAIS検査を受けて、自分の認知の偏りを数字で見た。
「耳からの情報処理が苦手」
「曖昧な指示が理解しにくい」
——30年以上「性格の問題」だと思っていたことに、初めて構造的な説明がついた。
検査でなくてもいい。
カウンセリングで専門家と話すだけでも、自分の特性の輪郭が見えてくる。
セルフケアアプリで日々の気分や行動パターンを記録するだけでも、「自分の取扱説明書」が少しずつできていく。
気づいたからといって、すぐに楽になるわけではない。
構造問題は構造問題として残る。
でも「なぜうまくいかないのか分からない」という状態と、「構造的にこうなっている、だからこう対策する」という状態では、生きやすさがまったく違う。
僕はそう思っている。
シツカン / リワーク・アベール
博物館学修士(University of Leicester, Merit)| エンジニア | リワーク経験者
📌 「気づき」の次のステップ
カウンセリングKimochi
オンライン心理カウンセリング
臨床心理士・公認心理師によるオンラインカウンセリング。「自分はグレーゾーンかもしれない」と思ったとき、まず専門家に話してみることから。
カウンセリングを予約する →
Neuro Dive AI×データサイエンスが学べる就労移行支援
無料WEB説明会に参加する
Awarefy AIメンタルケアアプリ(まず自分の状態を知る)
Awarefyを試してみる
※ 上記リンクにはアフィリエイトリンクが含まれます。記事の内容は筆者の実体験に基づいています。
