他人軸で生きてきた人が、必ず感じやすい違和感
✔毎日の予定は埋まっている。
✔仕事も家のことも、頼まれたことも、きちんとこなしている。
✔遅刻もしないし、約束も守る。
周りから見れば「ちゃんとしている人」です。
それでも、夜ひとりになると、
こんな感覚がふと浮かぶことはないでしょうか。
・今日は何をした1日だったのか、よく思い出せない
・1日が終わっても、達成感が残らない
・疲れているのに、満足した感じがしない
もし、これらのどれかに心当たりがあるなら、
それは決して珍しいことではありません。
多くの場合、問題は行動量や努力不足ではありません。
関係しているのは、
出来事をどう受け取り(捉え)、
何を正解だと「判断」し、
どんな「選択」を積み重ねてきたか
という部分です。
・断ったら迷惑がかかる
・期待に応えたほうが安全
・波風を立てない選択が正しい
・周りと同じでいる方が安心
一つひとつを見ると、
「協調性がある」「社会的」「大人の対応」に見えます。
以下に具体例を書いてみました。
あてはまるものはありませんか?
・断ったら迷惑がかかる
例)職場で、上司や同僚からこう言われます。
「この作業、今日中にお願いできる?」
すでに自分の仕事は詰まっていて、
引き受ければ残業になるのは分かっています。
それでも、
断ったら相手が困る
忙しいのに頼んだと思われたくない
「使えない人」と思われたくない
と考えて、
「大丈夫です。やります。」
と答える。
家に帰ると疲れ切っていて、
「なんで引き受けたんだろう」と思うけれど、翌日も同じことを繰り返します。
・期待に応えたほうが安全
例)上司や親、パートナーから、こんな言葉をかけられます。
「あなたならできるでしょ」
「今までちゃんとやってきたじゃない」
本当は不安もあるし、これ以上抱える余裕はありません。
それでも、
期待を外したらがっかりされそう
評価が下がりそう
役に立たない人だと思われそう
と感じて、
「やってみます。」
と引き受ける。
このときの判断基準は、
「できるかどうか」ではなく、
「期待に応えないと立場が危うくなる気がする」という感覚です。
・波風を立てない選択が正しい
例)会議や家族の話し合いで、自分とは違う意見が出ています。
「それ、違うと思う」
「私はそうしたくない」
心の中ではそう思っている。
でも、
反対したら空気が悪くなる
話が長引くのが面倒
面倒な人だと思われそう
と感じて、黙ります。
その場は穏やかに終わるけれど、後からモヤモヤが残る。
「あのとき、何も言えなかったな」
「私、何のためにそこにいたんだろう」
と感じる。
・周りと同じでいる方が安心
例)職場やママ友、親族の集まりで、みんなが同じ選択をしています。
みんな残業している
みんな参加している
みんな我慢している
本当は違和感がある。
「私はそこまでやりたくない」
「無理している気がする」
でも、
自分だけ違うと浮きそう
空気を壊したくない
「協調性がない」と思われたくない
と感じて、特に納得はしていないけれど、同じ選択をする。
その結果、
自分で決めたはずなのに、「やらされている感覚」だけが残る。
ただ、ここで大切なのは、
他人軸で生きてきた人は、無意識のうちに、上記のような判断基準を使っているんです。
そして、この考え方のどこが、どう“他人軸”なのか、という点が大切なのです。
①「断ったら迷惑がかかる」
この言葉の起点はここにあります。
・相手がどう感じるか
・相手にどう思われるか
・関係性が悪くならないか
つまり、
判断基準が最初から「相手の感情」に置かれています。
その結果、本当は無理でも引き受ける。断るという選択肢そのものを消してしまう。
✅一方で、自分軸の人はこう考えています。
・今の自分の余力はどれくらいか
・引き受けた場合、何を削ることになるか
・自分が責任を持ってやり切れるか
その上で、
・できる → 引き受ける
・できない → 断る(または条件を出す)
相手の感情は考慮するが、判断の起点ではない。
ここが決定的な違いです。
②「期待に応えたほうが安全」
この考えの裏側には、
・期待を外すと評価が下がる
・嫌われると不利になる
・居場所を失うかもしれない
という生存不安があります。
つまり、
「自分がどうしたいか」よりも、
「安全に生き残れるか」が判断基準になっています。
✅自分軸の人は、どうしているか?
ここで別の問いを立てています。
・この期待は、誰の都合か
・その期待に応えることは、自分の価値観と合っているか
・期待に応えない選択をしたとき、何を引き受ける覚悟があるか
安全かどうかではなく、納得できるかどうかで判断しています。
③「波風を立てない選択が正しい」
ここで使われている「正しさ」は、
・場の空気
・多数派
・暗黙のルール
によって決められています。
つまり、
自分自身の「判断基準」が「存在していない」状態です。
✅自分軸の人は、こう考えます。
・今、黙ることと話すこと、どちらが自分にとって誠実か
・波風が立つことで失うものと、守れるものは何か
結果として黙ることもあります。
ただしそれは、「選んで黙る」という判断です。
流されて黙るのとは、意味がまったく違います。
④「周りと同じでいる方が安心」
ここでは、
・目立たないこと
・浮かないこと
・外れないこと
という心理的な安全を保とうとする状態です。
✅自分軸の人は、
・同じでいることで失うものは何か
・違っていることで得られるものは何か
を見ています。
結果として同じ選択をすることもあります。
ただしそれは、自分で選んだ結果として一致しているだけです。
ここまでをまとめると、違いはとてもシンプルです。
他人軸
・「どう思われるか」
・「どう評価されるか」
から考え、選ぶ
自分軸
・「自分はどう受け取り、何を大事にしたいか」
から考え、選ぶ
自分軸は、わがままでも、自己中心でもありません。
判断の責任を、自分で引き受けている状態です。
この視点で日々の選択を振り返ると、
あることに気づき始めます。
行動はしている。
責任も果たしている。
時間も使っている。
それでも、
一日の終わりに
「自分の人生を生きた感じ」が残らない。
これが、
他人軸で生きてきた人が感じやすい違和感です。
この違和感は、欠陥でも、甘えでもありません。
「これまで使ってきた判断基準では、これから先は少し苦しくなりますよ」
という、内側から出てきたサインです。
今すぐ生き方を変える必要はありません。
大きな決断もいりません。
最初にやることは、とても小さくていい。
今日の選択の中で、
どれが「自分の基準」で決めたものだったかを、あとから確認すること。
それだけで十分です。
他人軸で生きてきた人の違和感は、壊れたサインではありません。
自分の感覚を取り戻し始めた合図です。
無理に急がなくていい。
でももう、自分の感覚を無視し続けなくていい。
それだけで、
1日の終わりの質は、確実に変わっていきます。
ぜひやってみてください!
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださって本当にありがとうございます。
少しでもあなたの気づきや前向きな力になれていたら嬉しいです。
「この記事よかったな」と感じていただけたら、ひとこと感想をいただけると励みになります。チップも添えていただけたら、今後の記事づくりの励みになります。