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「生活者」「中道」=高度成長期語彙の限界―2026年総選挙「中道惨敗」が告げるもの

「福祉資本主義」の終焉——「生活者ファースト」というスローガンはなぜ響かなかったのか

本記事は、別記事「2026年総選挙「中道」の惨敗が告げるもの―「福祉資本主義」という“奇跡”が墓標となった日」を踏まえ、さらに「生活者」概念および「中道」概念の戦後史的変遷という視点を加えて大幅に改稿したものです。


「中道改革連合」の敗因

2026年2月の衆議院議員総選挙において、立憲民主党と公明党が合流して立ち上げた「中道改革連合」は、「生活者ファースト」をスローガンに掲げ、政権交代の受け皿を標榜しました。しかし、ご承知のように、結果は壊滅的でした。
この敗北の意味を本稿では考えたいと思います。その結論は、

「中道改革連合」の敗北は、特定の政党の失敗ではなく、戦後日本が構築した「福祉資本主義」という体制の、政治言語としての正式な終焉を意味している。

というものです。本稿はこの視点から、「中道」と「生活者」という二つの概念の歴史的変遷を辿り、2026年の選挙結果が何を意味するのかを、読者と一緒に考えていきます。

「生活者ファースト」——どこから来た言葉か

「生活者」という語の誕生

「生活者」という語は、戦後日本において独特の政治的・社会的役割を担ってきた概念です。それは単なる「消費者」でも「市民」でもない、日常生活を営む主体の全体性を指す語として育まれました。

この語の政治的覚醒は1960〜70年代に起きたといえます。生活クラブ生協(生活協同組合)(1965年〜)が「消費者を超えた生の主体」としての自己像を打ち出し、革新自治体ブームが「生活者の論理」を開発優先の「経済人」論理への対抗軸として掲げました。石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』(1969年)は、水俣病被害に苦しむ人々を「生活の場に根ざした人々の声」として描き、社会的に大きな反響を呼びます。

1970年代の革新自治体は、「生活者」概念に政治的正統性を与えた最初の場と捉えることができます。美濃部亮吉東京都知事(1967〜79年)らは、福祉・環境・教育を政治の中心に据え、大資本・中央集権国家に対抗する地域の自立した主体として「生活者」を位置付けたと言えるでしょう。

全盛期——マーケティング、行政、社会運動の三重奏

1980〜90年代、「生活者」概念は全盛を迎えました。博報堂は1981年に「生活総合研究所」を設立し、「生活者発想」を企業の中核概念として制度化することとなります。宮沢喜一内閣(1991〜93年)は、その所信表明で「生産・輸出優先」から「生活者・消費者重視」「生活・内需優先」への転換を掲げ、「生活大国」の実現を目指すとしました。宮沢政権は1992年に「生活大国5か年計画」を策定し、「GDPの大きさより生活の質」という転換を掲げたのです。

これが「中道改革連合」の「生活者ファースト」の直系の先祖といってよいでしょう。2026年の中道は、この全盛期の語彙をそのまま受け継いでいたのです。
しかし、この語が全盛であった時代には、それを支える社会的基盤がありました。分厚い中間層、終身雇用、右肩上がりの経済成長——「生活者」という語は、その恩恵の上に成立していたのです。


「中道」もまた同じ時代の産物

中道政治の黄金期

「中道」という政治的立場もまた、特定の時代的条件の産物です。1970年代、公明党・民社(民主社会)党を中心に構想された「中道連合」路線は、保守(自民党)でも急進左翼(社会党・共産党)でもない第三の政治勢力として積極的に機能しました。
この時期が「中道」の最も活性化した時代です。都市型中間層の急速な拡大が、イデオロギー的二極化よりも「現実的改革」「生活向上」を優先する有権者層を生み出しており、中道政党の社会的基盤となっていたのです。1976年衆院選で公明・民社が合計84議席獲得したのも、この中間層の厚みが支えていたと解釈できるでしょう。

「中道」概念の多義性と内的矛盾

しかし「中道」は常に多義的な概念でした。社会民主主義的中道(片山哲、民社党)、宗教的・倫理的中道(公明党)、反共自由主義的中道、改革主義的中道(細川新党・民主党)——その内実は政治的主体によって大きく異なり、「保守でも革新でもない」という差異的・関係的定義が最大公約数といってよいものでした。
この多義性は、「中道」が特定の政策内容によってではなく、主として他の立場との「差異化」によって定義されてきたことを示しています。「穏健」「現実的」「バランスがとれている」という正のイメージを纏わせる修辞的資源——これが「中道」の強みであり、同時に脆弱性の源でもありました。
1999年の自公連立以降、公明党の「中道」的アイデンティティは「自民党政権内の穏健な補完勢力」という性格に変質します。2026年の「中道改革連合」は、この流れへの反転を図ったわけですが、それ自体が時代への抵抗の試みであったといってよいでしょう。


「黄金の例外期」——中道と生活者を支えた歴史的奇跡

「生活者ファースト」も「中道の政治」も、特定の歴史的条件の上に成立した概念であることを理解するためには、経済学者トマ・ピケティらの研究に示唆される「黄金の例外期」(1950年代〜70年代)という視点が不可欠です。

資本主義社会(そして、おそらくは階層化された人類社会全般)において、富の集中は「定常状態」でした。上位1割が半分程度の富を得る一方、中位4割が4割前後、下位5割が数%に過ぎません。

しかし第二次大戦による富のリセットと、その後の「製造業の黄金期」において、奇跡的に分厚い中間層が形成されたのです。フォーディズム的な大量生産・大量消費のサイクルが回り、働けば給料が上がり、消費財を買い、生活が豊かになる。中等・高等教育の拡大で、労働者の質が上がり、生産工程の改善・商品開発力の向上が進展し、多種多様な商品・サービスが市場に投入される——この「歴史的な奇跡」「例外的な均衡」の上で、中間層の成長と福祉資本主義の発展という稀有な現象が起きました。日本社会は、「一億総中流社会」と形容されるほど、分厚い中間層が形成され、国民皆保険制度といった形で社会保障制度も充実したのです。

つまり、「生活者」「中道」概念は、

  • 高い経済成長率(分配の原資)

  • 製造業中心の産業構造(フォーディズム的大量生産・大量消費、消費財の多様化と高機能・高品質化の累進、正確さ・几帳面さ・均質さの重視)

  • 正社員・終身雇用・年功序列(中間層の再生産、雇用の安定)

  • 中等・高等教育の拡大(労働者の質向上寄与と産業セクターとしての拡大)

  • 国民国家単位での比較的閉じた経済圏

  • 人口ボーナス(生産年齢人口の増大)

といった条件を歴史的前提としていました。この条件が整っていたからこそ、「生活者」は豊かな生活を営む主体として想定でき、「中道」は分配と成長を両立させる現実的な路線として機能できた。換言すれば、「生活者」概念の暗黙の前提には、「一億総中流」、「中産階級的な安定した生活」があり、「中道」の政治的基盤には「分厚い中間層の票」があったのです。


「例外期」の終焉——溶解した概念の地盤

バブル崩壊と語の空洞化

1990年代後半のバブル崩壊と長期不況は、「生活者」概念の意味的地盤を掘り崩しました。「生活大国」構想は空語と化し、「生活者重視」を掲げた政策は実現されないまま政権が交代します。

この文脈で注目すべきは、「生活者」という語が後退し、代わって「格差社会」「ワーキングプア」「貧困層」「プレカリアート(新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々)」といった語が台頭したことです。橘木俊詔「日本の経済格差」(1998年)、佐藤俊樹「不平等社会日本」(2000年)がベストセラーとなります。「生活者」は中産階級的な安定した生活を前提とした概念であり、生存の危機に瀕した人々を記述する語としては機能しません。

50代以下がなぜ「中道」に冷淡だったか

出口調査のデータは、「中道改革連合」が60代以上では一定の支持を集めたのに対し、50代以下の現役世代からの支持は極めて薄かったことを示しています。この断絶は何を意味するのでしょうか。
60代以上の「中道」「生活者」支持者たちは、高度経済成長期・製造業中心の輸出立国モデル・正社員終身雇用・社会保障拡充期といったシステムが機能していた時代に成人し、その恩恵を肌感覚として知っている人々です。「分配と福祉」のストーリーは、かつて確かに存在した成功体験に基づいています。

しかし1990年代後半以降に成人した就職氷河期世代やデジタルネイティブ世代にとって、そのストーリーはもはや神話、映画の物語の世界です。

彼らが社会に出た時、日本は長期停滞・非正規雇用の拡大・グローバル競争の激化・財政制約の固定化という環境にありました。「生活者ファースト」というスローガンが想定する「守るべき生活」——安定した雇用、上昇する賃金、拡充する社会保障——は、彼らの生きた現実ではない。

彼らが生きてきたのは、「黄金の例外期」ではなく、グローバル化によって先進国中間層が「エレファントカーブ」の谷底を歩まざるをえなくなった時代です。1980年代以降、新興国の中間層とグローバルな超富裕層(トップ1%)が所得を伸ばす一方、先進国の中間層は、新自由主義、自己責任論を甘受するとともに、置き去りにされてきました。

(この論点については、拙稿「格差とメディアの交差点:「黄金の例外期」の終焉とテクノ家産制の到来」をご参照ください。)


 「生活者」概念が不可視化していたもの

「生活者ファースト」が共鳴を失ったもう一つの理由は、この概念が構造的に「見えにくくしてきたもの」にあります。
「生活者」という語は、日常の具体的な営み、地域社会・コミュニティ、「普通の人々」という想定を前景化します。しかしその反面、階級・ジェンダー・エスニシティによる生活条件の差異、生産・労働関係の矛盾、生活困窮・貧困の実態、移民・外国人など、日本的「生活」、「中間層たる生活者」の外部にある人々を不可視化にします。

高度化、多様化、細分化する消費を享受する中産階級的・均質的な「生活者」像は、格差が固定化した社会では、かえって現実から遊離した概念として機能するのではないでしょうか? 「生活者ファースト」は、「生活者」とは誰なのかが問われないまま、言葉だけが独り歩きしたのです。


「市民」「消費者」「ユーザー」——語彙の競合と「生活者」の後退

2000年代以降のインターネット普及・SNS社会の到来は、社会的主体を記述する語彙を大きく変えてきました。「ユーザー」「プレーヤー」「クリエイター」「インフルエンサー」といった語が台頭し、「生活者」の占めていた意味空間を分割していきます。
マーケティング領域では、「生活者」は「ユーザー」「顧客(カスタマー)」「ファン」などに部分的に置き換えられました。デジタル・マーケティングの文脈では、行動ログ・購買履歴で定義される「ユーザー」の方が操作的に便利であり、「生活者」という語の持つ人文学的な厚みは分析の障害ですらあるでしょう。

社会の流れを察知する能力に長けた現都知事は、「都民ファーストの会」設立時から、「都民ファースト」「都民利益優先」「東京大改革」を強調しても、「生活者ファースト」とは明示的には用いていませんでした。

また政治領域でも、「中道」という語はメディア言説で使われる頻度が低下し、「リベラル」「穏健保守」「改革派」といった語が部分的に代替機能を果たすようになりました。「中道改革連合」の命名自体が、こうした語彙的衰退に抗う試みでしたが、時代の流れに逆らうことは叶いませんでした。


テクノ封建制・テック家産制の時代に「生活者」を語ることの意味

では、「中道」も「生活者」も、もはや無効な概念なのでしょうか。そう断言するのは早計です。むしろ、その語が失効した理由を正確に理解することが、次のステージへの思考の出発点となると考えます。
現代の「テクノ封建制」とでも呼ぶべき状況——プラットフォームという「私有地」で、注意(アテンション)や行動データを「地代」として差し出しながら生きる「デジタル小作人」としての現代人——、そして、AI・監視ツール・プロパガンダ技術を、権力者が自らの権能を拡大、誇示するために恣意的に行使し、国家、社会を自らの家産のように扱う「テック家産制」が顕在化している現状を記述するためには、「ユーザー」という機能的概念だけでは不十分でしょう。
オンラインとオフラインを横断する現代の生活実践を「生活者」の観点から分析する枠組みは、むしろ現代的意義を持ちえます。SNS・プラットフォームに媒介された生活を、「ユーザー」という機能的概念ではなく、「生活者」という全人的概念で捉え直すことには、批判的有効性が生まれる可能性があります。
アルゴリズムが怒りや分断を増幅させ、かつて民主主義の基盤であった情報空間が感情を収奪する装置へと変質している時代において、道徳感情の進化論的・文化的基盤を問い直すことは不可欠です。人間の道徳的行動の基盤には内集団への信頼と外集団への警戒という進化的メカニズムがあり、「生活者」という概念は、その適用範囲——誰を「われわれ生活者」として包摂し、誰を排除するか——においてこの問題と直結しているのです。

ノスタルジーを超えて——新しい「生活者」像と「中道」の条件

2026年の選挙結果は、私たちがもはや「昭和の夢(黄金の例外期)」には戻れないことを冷徹に示しました。福祉資本主義が成立した条件(戦争によるリセット、社会の教育水準向上、製造業中心の高度成長)は消え去り、「生活者ファースト」というスローガンはその墓碑銘となったのです。しかしこれは、「生活者」概念の完全な無効化ではなく、それは概念の批判的再定義を求めていると考えることもできます。

「生活者」概念の再定義に向けた四つの条件

1:中産階級的・均質的な「生活者」像の解体

戦後の福祉資本主義において前提とされてきた、安定した雇用と所得を基盤とする均質的な中間層としての「生活者」像は、もはや現実を捉えていません。今日の社会は、生活条件の多様性、不平等、そして交差性(intersectionality)によって構造化されています。外国人労働者、シングルマザー、障害者、高齢単身者といった社会的主体を、「例外」ではなく構成要素として内包する概念への再構成が求められているのではないでしょうか。

2:「多数派でありながら剥奪感を抱く主体」を包摂する視点

現代社会においては、統計的には多数派に属しながらも、自らを「恵まれていない」と感じる人々が広範に存在しています。安定した成長と分配が前提とされていた時代とは異なり、「相対的剥奪感」(頑張っているのに報われない感覚)は、必ずしも客観的な貧困や周縁性と一致しません。この層はしばしば、筆者がネット世論研究で明らかにしてきた「非少数派政治」に共鳴し、既存の再分配や包摂の言説から疎外されてきました。「生活者」という概念を再定義するのであれば、こうした主観的剥奪や承認の問題を正面から扱い、多数派内部の不満や不安をも包摂する必要があると考えます。

3:デジタル社会との接続

プラットフォームに媒介された現代の生活実践は、単なる消費や労働にとどまらず、注意・感情・関係性そのものを巻き込んでいます。これを「ユーザー」という機能的概念に還元するのではなく、「生活者」という全人的概念として捉え直すことで、いわゆるテクノ封建制、テック家産制の構造に自覚的になりつつ、デジタル資本主義下での主体のあり方を再構想することが求められていると考えます。

4:世代間で共有可能な新しい社会的ストーリーの構想

高度成長期の再来を前提とした物語は、もはや現実的ではありません。デジタル化とグローバル化の中で富が偏在する状況を前提に、いかにして適正な富の産出と分配を実現しうるのか、そしていかにして国民国家としての凝集力を維持しうるのかが問われています。「生活者」という概念は、そのような新しい社会契約を支える言語として再構成されるべきであり、その過程で、新たな言葉が模索される必要もあるでしょう。


問われるべきは、誰の「生活」を「ファースト」とするのかという、根本的な問い直しです。テクノ封建制、テック家産制を脱し、あるいは、ずらし、新しい共通の空間を再構築できる市民——その知性こそが、これからの政治に求められているのではないでしょうか? 「生活者」という語を、その言葉のまま、あるいは、その概念をアップデートした新たな言葉へと転生させ、再び生きた概念として取り戻すとすれば、それは高度成長期のノスタルジーとしてではなく、デジタル時代の創造的武器としてであることが必要不可欠だと考えます。

拙稿に最後までお目通しくださり、ありがとうございました。


 


 


 


 

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