#81『薄明』13章:決意⑧
前回のお話はこちら↓↓
あらすじ、登場人物紹介等を読んでみたい方はこちら
薄明13章:決意⑧
二日間の連休。
二人はどこへも出かけず、久しぶりにゆっくりと家の中で過ごした。
リビングの大きなダイニングテーブルの半分を茉莉が使い、父へ送るプレゼン資料の最終整理に時間を費やしている。
そしてもう半分では、櫂がノートPCを開き、静かに出張の成果と次期経営計画のまとめを行っていた。
キーボードを叩く音だけが、心地よいリズムで部屋に響く。
午後になり、茉莉が少し煮詰まったように眉間にシワを寄せ始めた頃
櫂はそっと席を立ち、キッチンへと向かった。
しばらくすると、ふわりと卵とバニラの甘い香りが漂ってくる。
「…少し、休憩にしましょうか」
櫂がテーブルに運んできたのは、淹れたての温かいアールグレイと、家にある材料で手早く焼き上げたシフォンケーキだった。
「わぁ……。櫂がケーキを焼いてくれるの、すごく久しぶり」
茉莉の顔が一気にほころぶ。
櫂はその表情を見て微笑むと、自分の席には戻らず、茉莉の隣に腰を下ろした。
そしてフォークでふかふかのシフォンケーキを小さく切り取ると、冗談めかした手つきで彼女の口元へと運んだ。
「はい、あーんして」
「ええっ?ふふふっ、自分で食べられるわよ?」
きょとんとしたあと、茉莉は思わず吹き出してしまった
「今のあなたには脳を動かすための糖分が必要なんです。それに…」
櫂はフォークを持ったまま、少しだけ目を伏せた。
「本当は……、今すぐそのパソコンで一緒に、社長を論破するロジックを組み上げてしまいたい。
……隣でその苦労を見ながら、手をこまねいていることしか出来ないのがどれほど酷なことか…。」
「……。櫂……」
「あなたの戦いには手を出さないと約束しました。だからせめて……。
…すみません……私が、あなたを甘やかしたいんです」
酷く優しく、どこか縋るような瞳で見つめられ、茉莉は苦笑しながら小さく口を開けた。
口の中に広がる優しいシフォンの甘さと、香り高い紅茶の味。
子どものように甘やかされる心地よい幸福に浸りながら、茉莉は彼の不器用で過保護な愛情を、深く味わっていた
その日の深夜。
「……よし、ここはこれでいいわ……」
モニターの光に照らされながら、茉莉が微調整を終えて振り返ると、ソファの少し沈んだ場所で、櫂が洋書を開いたまま静かに寝息を立てていた。
(……ずっと、待っていてくれたのね…。)
出張の激務と、昨夜の情熱。
誰よりも疲れていたはずなのに、彼は茉莉が納得いくまで、起きて見守ろうとしてくれていた。
茉莉はそっと彼に近づき、本を取り上げてテーブルに置くと、少し前髪のかかったその美しい形の額に、感謝と慈愛を込めてそっとキスを落とした。
「……櫂、ベッドに行きましょう」
優しく肩を揺すられて目を覚ました櫂は、半分眠ったままの無防備な顔で、茉莉に手を引かれて寝室へと向かった。
その夜二人はお互いの体温を感じながら、巣の中で丸まるつがいの鳥のようにして、深く穏やかな眠りについた。
そして、連休二日目の夕方。
静かな書斎で、茉莉はパソコンの画面と向き合っていた。
宛先は、西園寺グループ社長――父・西園寺征嗣。
添付ファイルには、この数ヶ月間、彼女が独りで、そして櫂の存在を胸に抱きながら練り上げた事業計画書が収められている。
隣で見守る櫂の視線を感じながら、茉莉は小さく、けれど深く息を吸い込んだ。
(……あとは、なるようになるだけ)
祈るような、覚悟の決まった面持ちで、茉莉はカチリと「送信」ボタンを押した。
画面の中のメールが吸い込まれるように消え、送信完了の文字が浮かび上がる。
「……ふぅっ」
茉莉は緊張の面持ちで息を吐く。
「終わりましたね…。」
「……うん。
お父様……どう思ってくださるかしら」
櫂は茉莉の細い肩に手を置いて、ゆっくりと揉みほぐし始めた。
「良い企画書です。数字や論理も大切ですが、『想い』の部分……ここには、どんなプロの経営者も書けない、あなただけの真実が宿っている。
……きっと、お父様の心にも届くはずだ。
お疲れ様でした、あとは…待ちましょう。」
櫂の言葉に茉莉は目を閉じ、静かに頷いた
二人の、静かな連休は、こうして幕を下ろした。
ここで13章が終わり、次回から14章が始まります。
ついに茉莉の戦いがスタート。
社長であるお父さんがどう出るか。楽しみにお待ちください。
明日は13章あらすじをまとめます。
それから明後日はちょっとカジュアルな番外編も。
本編がピリピリしてるのでひと休みのラブコメ回になると思います。
こちらもお楽しみに!
☆よろしければ「読んだよ」の合図を「♥スキ」でいただけるとすごく嬉しいです。
ご質問や感想はコメントでお気軽にどうぞ。
全てのリアクションがとても励みになっています。
ありがとうございます🙏🏻
