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#80『薄明』13章:決意⑦

前回のお話はこちら↓↓

あらすじもあるよ(長いよ)

それではどうぞ


薄明13章:決意⑦



「これは……」

テーブルに置かれた紙の束に手を伸ばし、ページを捲った櫂は絶句した。

そこに綴られていたのは、素人の夢物語などではなかった。

市場調査、リスクヘッジ、費用対効果の試算。

あらゆる質問を想定し、それに対し完璧に論ぜられるよう細かく体系的に整理された、綿密な事業計画書だった。


「櫂はよく知っているわよね、お父様がとても厳しい人だって。」

驚愕で固まる櫂に、茉莉は資料に指先で触れながら淡々と、しかし確固とした信念を持って説明を始める。

「私が娘だからといって、容赦したりしない。

むしろ身内だからこそ、株主や外からの批判を避けるために、誰よりもシビアな判断を下すはず。

……それを分かっているから、完璧に準備しなければならなかったの」

ただの寄付や慈善活動では立ち行かない。
企業として事業を行う以上、会社にとって明確なメリットと利益が無ければ、父は絶対に首を縦には振らない。

茉莉は櫂が不在のこの静かな家で独り、その細い糸口を何ヶ月もかけて必死に探り続けていたのだ。

「最初にお父様に渡すプレゼン資料は、わざと大雑把なものにする予定よ」

「わざと…ですか?」

「ええ。間違いなくお父様はそこを突いてくると思う。

そうしたら、自分が前もって考えていた対策を、その場で一つひとつ完璧に答えていくの。
…複数のプランを準備してるわ」

茉莉の瞳に、西園寺の人間らしい、知的で計算高い光が宿っていた。

「社会経験のない私は、お父様や経営陣から間違いなく甘く見られている。それを、逆手にとるの。
最初から完璧なものを出すより、反撃が綺麗に決まった時の方が、心理的なインパクトは大きいでしょ?」

茉莉はしたたかな笑みを浮かべ、パンチを繰り出すような仕草をした


「そこまで……考えて……」


櫂は感嘆の溜息を漏らし、手元の資料から茉莉へと視線を上げた。

その瞬間、櫂の胸の内にあった保護欲という名の傲慢さが、音を立てて崩れ去っていく、ある種のショックを感じた。

自分は今まで、彼女を守るべき対象としてしか見ていなかった。

美しく優しいこの人が、世間に傷つかないよう大事に、柔らかく清らかな繭の中へ閉じ込めておくべき存在だと。


しかし、今目の前にいるのは、自分の足で荒野へと踏み出そうとしている、一人の勇敢で気高い表現者だった。


櫂は資料をテーブルに置き、深い敬意を込めて茉莉を見つめた。

「……わかりました。私は一切、手を出しません」

「櫂……!」

茉莉の表情が嬉しそうに晴れる

「企画書の推敲も、お父様へのプレゼンも、すべてあなた自身の力で勝ち取り、
……あなたの覚悟を、西園寺の社長に真っ向からぶつけてきてください」

本当は、資料作成のノウハウも、役員たちを黙らせる隙のないロジックも、すべて自分が肩代わりして完璧に整えてあげたい。
しかし、それを今の彼女は望んでいない。

彼女が自分の足で立つと決めた以上、その誇りを誰よりも尊重したいと思った。


「あなたが本気なら……あの日、絶望の中にいた私を救い出したその真心を言葉に乗せれば、きっと道は開けるはずです」

櫂の胸中は、茉莉への純粋な敬愛の念で満ち溢れていた。

愛している。
そのありきたりな言葉では到底足りない。
あまりにも大きく、あまりにも深い、圧倒的なひろがり──


「ただ、ひとつだけ…」

櫂は立ち上がり、テーブル越しに茉莉の頬へとそっと手を伸ばした。

「私に、『特権』をください」

「特権……?」


「ええ。……あなたが独りで悩み、デスクに向かって行き詰まった時。その後ろ姿を抱きしめ、温かい紅茶を淹れる役目だけは、他の誰にも譲りたくない」


茉莉の瞳が、ふわっと揺れた。


「あなたの最愛の理解者として……どうか、一番そばにいさせてほしいんです」


それはかつて主従関係だった二人が、初めて本当の意味で対等なパートナーとなった瞬間だった。


(ああ……)


彼女がさなぎから羽化し、自分の空へ羽ばたこうとしている


その美しく高潔な姿を見上げることこそが、これからの自分にとっての、新しい救いになるのだと


櫂は彼女の頬に触れたまま、少しの寂しさと、それ以上の確信を持ってそう感じていた。


続きは明日21時頃更新予定です

茉莉がんばれ!‎(•'-'•)و


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