#79『薄明』13章:決意⑥
前回のお話はこちら↓↓
あらすじはマガジンにまとめています
もちろん1話から読んでくれてもいいよ!
薄明13章:決意⑥
今、どこかで苦しんでいる、第二、第三の櫂を私の手で救いたい──
茉莉のその言葉を聞いた瞬間、櫂は雷に打たれたような衝撃を受けた
それは単なるショックではなく、魂の根底を激しく揺さぶられるような深い感銘だった。
暗く冷たい池の底にずっと沈めていた過去の小さな自分が、春の陽光に優しく引き上げられ、力強く抱きしめられている――そんな錯覚に陥る。
行き場のない悲しみと孤独を抱え、西園寺の家に引き取られたあの雨の日。
警戒心で全身を強張らせていた自分を、彼女の持てる全てで励まそうとおもちゃの箱を差し出してくれた幼い茉莉。
ああ、彼女のあの深い優しさは、あの時から何一つ変わっていない──
「……慈善活動。
……社長が個人的に行っていた支援を、本格的な事業として立ち上げたいと……」
茉莉の言葉を一つひとつ噛み締めるように繰り返しながら、櫂は己の浅はかさを深く恥じていた。
驚きだった。
自分は心のどこかで、高を括っていたのかもしれない。
彼女が家を守ることに退屈し、好奇心から社会経験をしてみたいと言い出したのではないか。
あるいは、ただ社会で働くことへの漠然とした憧れなのではないかと。
しかし、彼女が見つめていたのはそんな浅い場所ではなかった。
もっと深く、もっと切実な場所。
それは、櫂という人間の根源にある痛みであり、ずっと茉莉が隣で寄り添い続けてくれた、彼の孤独そのものだったのだ。
「……第二、第三の私……」
目頭が熱く焼け付くのを堪えきれず、櫂はたまらず手を伸ばし、茉莉の細い身体を強く抱き寄せた。
「…、櫂……」
腕の中にすっぽりと収まるこの小さな肩に、茉莉はかつての自分と同じ、孤独な子供たちの未来を乗せようとしている。
その崇高なまでの決意に、櫂の魂は震えていた。
「……あなたにしかできない、そして、あなたにこそ相応しい仕事です」
低く、震える声で、櫂は彼女の髪に頬を寄せながら言った。
西園寺の強固な経営基盤があれば、それを形にすることは十分に可能だろう。
「私があなたの盾となり、あらゆる障害を排除してサポートします。
社長への説得も任せてください。
あなたはただ、慈愛に満ちた瞳で子供たちの未来を照らしてあげればいい。
私が、全力であなたを支えます」
力強くそう告げた櫂の腕の中で、茉莉は一瞬体を硬くし、明確に首を横に振った。
「違うの、櫂」
茉莉は櫂の腕からそっと身を離し、驚く彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「私、……自分でやってみたいの」
彼女は立ち上がると、一瞬自室へと戻り、両手で抱えるほどの紙の束を持って戻ってきた。
ダイニングテーブルの上にどさりと置かれたそれを見て、櫂は息を呑む。
それは、膨大なリサーチに基づく様々なデータ資料と、
父である社長に直接プレゼンするために緻密に練り上げられた、分厚い事業計画のレジュメだった。
続きはこちら
櫂、嬉しかっただろうなあ
茉莉と櫂の出会いは第一話にもありますが、小さな茉莉がおもちゃやぬいぐるみ、絵本からアニメのDVDまで全部持ってきて櫂を励まそうとする回はこちらに書いてあります。
このエピソード、まだ息子が2歳か3歳の時、私を励まそうとして、してくれた思い出が元になってます(^^)
創作大賞2026 恋愛小説部門にエントリーしています
