#95『薄明』16章:裸の心⑤
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激しい余韻が少しずつ静まり、互いの呼吸が落ち着いてくると、茉莉の胸に急に猛烈な羞恥心がこみ上げてきた。
さっきまでの自分がいかに大胆で、乱れていたかを思い出し、とても顔を上げられない。
茉莉は真っ赤になった顔を隠すように、コテンと櫂の広い胸に額を押しつけた。
櫂は愛おしそうに目を細め、胸にすり寄る茉莉の頭を優しく撫でる。
「今日は、…驚きました。嬉しかったですよ。あなたから求めてくれて」
茉莉は「うん……」と小さく頷きながら、恐る恐る上目遣いで彼を見た。
「……へた、だったでしょ……」
そのいじらしい問いかけに、櫂はふっと吹き出して愛おしげに声を立てて笑った。
「誰が下手だとか上手いとか決めるんですか?
確かに、慣れない動きで、どこか危なっかしくて……でもそれがたまらなく唆った。
あなたが自分の欲求に正直になろうと、必死に私を求めてくれた……。
その事実だけで、どんなに洗練されたテクニックよりも最高に興奮させられましたよ」
櫂は茉莉の髪にそっとキスを落とす。
「上手か下手かなんて、どうでもいいんです。……ただ、私はいつもあなたの全てが愛しい。
…今日、あなたが私に見せてくれたあの姿を、私は一生忘れません。
これからも、もっと練習しましょうか?いつでも私の胸を貸しますので。
何度でも……飽きるまで」
櫂がいたずらっぽく笑うので、茉莉もつられて照れくさそうに笑った。
ふふっ、と声に出して笑った瞬間。
――ぽろり、と。
不意に、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
自分でも驚くほど涙は次から次へ、とめどなく溢れ続け止まらず、
やがて茉莉は櫂の胸にしがみついたまま声を上げて嗚咽し始めた。
決して、悲しい涙ではない。
こんなにも自分を受け入れてくれる人がここにいるのに、自分はどうしてあんなに一人で虚勢を張り、完璧でいようと意地を張っていたのだろう。
その愚かさへの気づきと、底知れぬ安心感が、心の堰を完全に決壊させていた。
「櫂……櫂……っ、わたし……私……」
しゃくり上げながら必死に言葉を紡ごうとする茉莉を、櫂は驚いて見つめ、やがて彼女が話し出すまで辛抱強く、その華奢な背中を一定のリズムで撫でさすり続けた。
「………ゆっくりでいいですよ」
櫂は茉莉を優しく包み込むように声をかける。
茉莉はその言葉に甘え、泣きながら心の奥底に閉じ込めていた言葉をようやくしぼりだした
「私……私ね……仕事……楽しい……。
でも……でも……すごく、
悔しい……」
「ええ……」
「仕方ないって、わかってるの……。自分だって、そう思うもの……。温室育ちのお嬢さんが、突然出てきて何が出来るのって、気まぐれなんかで困るって…
………。だから……だから結果で……行動で見せなきゃって……
っでも……
難しく…て……」
「…はい」
茉莉の泣き濡れた小さな手が、櫂の胸でぎゅっと握りしめられながら震えている
「…自分が未熟でいやになる……傷ついてる場合じゃないって……わかってる……。………でも……でも……
……情けなくて…悔しく…って……」
「はい…」
櫂は静かに相槌を打ちながら、子どのように泣きじゃくる茉莉の言葉を、一つ残らず掬い上げていく。
そして、震えるその身体を力強く抱きしめ、優しく撫でさすった。
「……よく言ってくれました。
ひとりで辛かったですね。悔しかったですね……
悲しかったですね…」
すべてを肯定するその温かい声に、茉莉の涙はさらに溢れ、大声で泣き続ける。
「…いいんですよ。私の前でくらい、思いっきり泣いてください。泣いていい。みっともなくていいんです。
私だって、あなたの前で何度無様な姿を見せたことか……。
その都度、あなたの深い愛に包まれ、救われてきたんですから」
櫂は茉莉の濡れた頬を両手で包み込み、涙でぐしゃぐしゃになった真っ赤な目をまっすぐに見つめた。
「『お嬢様の気まぐれ』だなんて笑う奴らには、私が代わりに牙を剥いくてやりたいくらいです……でもあなたは、そんな言葉を自ら跳ね返して、自分の足で歩こうとしている。
その気高さに、私は心から敬意を表します」
親指で、流れ続ける涙を優しく拭う。
「あなたは温室から飛び出して、今、初めて風に吹かれている。
……それは、あなたが『本物』になろうとしているからです。
痛みを知らない人間に、子供たちの痛みなんて救えません。
……今日のその悔しさも、涙も、すべてがいつかあなたの事業の、そしてあなたの魂の、確かな血肉になります」
櫂の真摯な声が、茉莉の心の奥底までひたひたと優しく染み込んでいく。
「情けないなんて思わないで。
今のあなたは、あの社長室でプレゼンしていた時よりも、ずっと強くて、ずっと美しい。
……私を信じてください。私が愛し、選び、守り抜くと決めた女性は、そんな弱ささえも力に変えられる人だ」
茉莉はその言葉を全身で受け止めながら、涙を止めようともせず、ただただ、泣き続けた。
だが、もうそこにあるのは孤独な涙ではない。
再び立ち上がり、前に進むためのエネルギーを蓄えるような、力強く静かな鼓動へと変わっていた。
「今夜は、もう何も考えなくていい。あなたの流した涙も、悔しさも、すべて私が預かります。
……明日の朝、あなたがまた外へ向かう時、その瞳が今日よりも少しだけ澄んでいられるように」
櫂は最後に深く、茉莉の額に口づけを落とす。
茉莉は涙を流しながら安心しきったように彼の腕の中で目を閉じた
そして、もう大丈夫だとほっとした
圧倒的な愛の深まりに茉莉は眠気を覚え、
二人は寄り添い、互いに包まれていく。
そして夜の闇へと静かに沈んでいくのだった
茉莉〜😭言えたね😭
よかったね…😭
16章「裸の心」はこちらで終わり、明日は16章のあらすじまとめとなります。
その後ひとつ番外編を挟みまして、17章に入りますね。
全てを櫂に受け止めてもらえた茉莉が、再び前を向いて進みます。
どうぞ楽しみにお待ちください。
