#15薄明スピンオフ『九条稜真の恋』
こちらの物語は、先日完結した長編恋愛小説『薄明』の番外編(スピンオフ)ですが本編をお読みになっていない方でも単体でお楽しみいただける内容になっていますので、本編未読の方もぜひ気軽にお読みください。
前回のお話はこちら
薄明スピンオフ 九条稜真の恋
第15話
稜真と理華は一緒にマンションを後にした
11月の朝の空気は肌寒く、息を吐くとほんの少しだけ白く濁る。
静かな駅までの道すがら、二人はどちらからともなく、そっと手を繋いで並んで歩き始めた。
「なんだか…照れます…。私こういうのすごく久しぶりすぎて…」
「…僕も。昨日まで1人だったのに、今日はこれって…。
ほんとに人生は良くも悪くもどうなるか分からないね…」
互いの体温をてのひらで感じながら歩く朝の道のりは、まるで学生のころの登校時間のようでどこかこそばゆく、胸の奥をくすぐられるように甘やかだった。
「そういえば昨日、君を抱いているとき、小さい頃に桃を丸ごとひとつ食べた時のことを思い出してたんだ」
「……?
桃…ですか?」
「うん。僕は小さい頃から桃がすごく好きで、いつか切らずに独り占めして丸ごとひとつかぶりついて食べるのが夢だったんだ。
それで母に頼んで、特別にひとつ食べさせてもらったことがあって…。
その時、めちゃくちゃ幸せで、自分の人生でこんなに幸せな瞬間があるのかって、子供心に感動したんだよ」
理華が吹き出す
「…それで?」
稜真が少しだけ歩調をゆるめ、理華を愛おしそうに見つめた
「あの時味わった幸福感と同じくらい昨日は、……いや、それ以上に幸せだった。
それを思い出してたんだ」
2人の繋いだ手の指がいつのまにか絡む。
「それ、すっごく光栄なお話ですよね?」
「うん。最上級に。」
理華が声を立てて笑った
朝の透明な空気に、彼女の明るい笑い声が溶けていく。
「稜真さん、偶然ですが私も桃が大好きなんです。
そして、実は結構桃を一人で食べる機会がしょっちゅうあって…。
桃のブッラータ、桃のカルパッチョ、桃のアールグレイマリネ……好きすぎてワインのおつまみに自分で作るんですけど、一人暮らしなので丸ごとひとつは多すぎて、いつもちょっと困っていたんです。
まあ食べれるんですけど、少し多いよなぁって」
理華が稜真を見つめる
「来年の桃の季節は、稜真さんと2人で一緒に食べたいな。」
「……ほんと?それは…、丸ごとひとつ食べるよりずっと贅沢だな」
2人は他愛のない未来の話をしながら歩いた
今の季節なら、どんな果物が美味しいだろうか。
意外と柿も、薄切りにして生ハムとサラダにしたらワインに合うのだとか、それにはどんな白ワインを合わせるのがいいかとか。
桃狩りにも行ってみたいし、それならいっそのこと産地に旅行に行ってみたいとか。
すると理華はそのあたりの有名な宿をピックアップするのは任せてくれと胸を張って笑った。
そんな話をしているだけで楽しくて仕方なかった
朝日はこんなにまぶしく、美しかったっけ
明日はこんなに希望に輝いていたっけ
そうか、きっと、これが恋っていうやつだ。
僕らは今、恋をしているんだ──
そうこうしているうちに、駅の改札が見えてきた。
「あぁ……さっきのお話、すごく可愛かったなぁ。桃を独り占めして幸せ噛みしめてた、小さい頃の稜真さん」
理華が改札の前で振り返り、いたずらっぽく目を細めた。
「思わず、『稜ちゃん』って呼びたくなっちゃった」
「え?」
予期せぬ言葉に、稜真は思わず素頓狂な声を上げた。
「呼んでもいいですか?稜ちゃんって」
稜真が戸惑いながら真っ赤になる
「い…、いいけど…、」
理華がニコッと笑った
「じゃあ、稜ちゃん、また連絡します♡」
軽やかな足取りで改札を抜け、ホームへと向かっていく理華の後ろ姿を見送ってから、稜真も反対側のホームへ向かう。
「じゃあまた」
「うん、また」
お互いが見えなくなるまで手を振り別れる
ガタゴトと電車に揺られながら、嬉しさと幸せが溢れて止まらなかった。
「……稜ちゃんって……」
窓に映る自分の顔が、ばかみたいに幸せそうで笑える。
それをなるべく人に気取られないように少しうつむきながら稜真は小さく息を吐いた。
遠い日の後悔も、胸の奥に残る傷跡も、すべてを包み込んで塗り替えていくような朝の光。
しばらく先の、桃の約束。
つないでいた手の温もりは、電車に揺られる今もなお、掌に残り続けていた。
新しい朝が、
そして僕たちの新しい物語が、いま静かに動き始めていた。
次回は明日21時頃更新予定です
あーん♡なんて可愛いのぉ(*´艸`*)
きゅんきゅん💕
明日、最終回です。
よろしければ2人のこれからを見届けてください💕
