#58『薄明』第10章:道程⑥
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1月中旬
茉莉のマンションへ送る招待状を前に、九条稜真はオフィスのデスクで一人、思考の海に沈んでいた。
期限はまだ数日ある。
これを送れば、きっと彼女は来る。来てくれる。
そして、あの男……黒崎櫂も、必ず彼女の隣に立って現れるだろう。
一年前、すべてを失った自分から、いつの間にか茉莉を奪い去っていた
かつての彼女の執事。
(……今、会うべきか。それとも、もっと圧倒的な力を手に入れてからにするべきか……)
デスクに置かれた漆黒の封筒を見つめる稜真の瞳には、かつての御曹司としての余裕ではなく、どん底から這い上がってきた男特有の、昏い光が宿っていた。
「あれっ、九条さん。その招待状、どうしたんですか?」
背後から、淹れたてのコーヒーの香りと共に、麗奈の明るい声がした。
稜真はギクリと肩を揺らし、思わずそれを手で覆った
「……いや何でもない。送るかどうか迷ってる知り合いがいるだけだ」
「え? 西園寺茉莉さん宛ですよね?
私、西園寺グループの経営戦略室宛に、もう送っちゃいましたよ! さっき郵便屋さんに渡しました」
「…………は?」
稜真の手が止まる。思考が、一瞬で空白に染まった。
「だってリストに載ってたから…。
黒崎櫂さん宛にしましたけど茉莉さんもご一緒に是非って一筆添えて…。
……えっ、何かマズかったですか?」
あっけらかんと言い放つ麗奈に、稜真は呆然と問い返す。
「……加納。……き、君は、なぜ茉莉さんと黒崎の名前を知っているんだ? 」
「えっ?!
あ、やっぱりお知り合いだったんですねー?
九条さんのスカウトを受けた直後なんですけど、ツアーコーディネーターのお客さまが茉莉さんと櫂さんだったんですよ。
五年前、ジャカルタで西園寺のプロジェクトの通訳として一緒だった櫂さんに再会して、もうびっくりしちゃって……。
帰りのタクシーで九条さんの名前出したら2人とも知ってそうな雰囲気だったからもしかしてとは思ってたんですけど」
今度は、麗奈が目を丸くする番だった。
稜真はピンと来て、複雑な感情を抑えるように、短く息を吐き出した。
かつて茉莉と交際していた頃、彼女の執事として付き纏う櫂の過去を調べさせたことがある。
その時、確かにジャカルタでの「現地スタッフ(通訳)との浮名」も報告書には載っていた。
まさか…その相手が、自分の右腕として引き抜いた麗奈…だったとは。
日本人女性は1人だったはずだ。
それは置いておいても…
「……知り合い、どころじゃないよ」
ギシッと椅子を軋ませ苦虫を噛み潰したようにこぼす。
「彼女とは、結婚するはずだった。
……あんなことがあって、すべてが壊れてしまったけれどね」
「えっ……! えええええ!?」
麗奈の叫び声が、まだ什器の少ないオフィスに響き渡る。
「………うるさいな。」
「えっ、えっ、じゃあ……茉莉さんは九条さんの元婚約者で??櫂さんはそのお嬢様を奪った……ってことですか!? うわぁ、ドラマ……!!!
私、とんでもない火種に招待状送っちゃったかも……」
「あらら〜」と頭を抱える麗奈を横目に、稜真はデスクの上のペンをくるくると弄んだ。
予定よりも早い。
だが、もう賽は投げられた。
「……いいさ。どのみち、いつかは対峙しなければならなかった相手だ」
稜真の瞳に、覚悟と不敵な熱が同時に宿る。
2月14日にしたのは自分なりのけじめのつもりだ。
「……加納。パーティーの準備を急ごう。あの2人に僕らの最高のステージを見せてやらなければ。
…力を貸してくれ」
今回で第10章が終わり、次から第11章が始まります。
いよいよ、稜真と櫂と茉莉、三人が設立パーティーで相見える回に。
お楽しみに!
明日は第10章のあらすじになります。
