#97『薄明』17章:開花②
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ある日の午後のこと
西園寺グループ社長室で重厚な黒壇のデスクを挟み、社長・征嗣との打ち合わせを終えた櫂が、一礼して退出を告げようとしたその時だった。
「社長、失礼いたします。」
静かなノックと共に、長年征嗣の右腕として仕えてきた筆頭秘書官の佐々木が入室してきた。
「5分ほどお時間をよろしいですか。
あぁ黒崎くんもいましたか、よろしければ一緒に」
佐々木の表情は、いつも通りの鉄仮面だが、その声にはどこか昂揚した響きが混じっていた。
「S-CEF(西園寺交通遺児支援事業)理事補佐─お嬢様について、報告がいくつかございます」
佐々木は手にした一冊のファイルを開いた。
「例のお嬢様の事業──S-CEFの各現場に、先日抜き打ちの聞き取り調査を行ってまいりました」
「……何か問題でも?」
櫂の背筋がピリ、と一瞬で強張る。
「とんでもない。その逆ですよ。」
佐々木がにやりと相好を崩す
「驚きました。
当初、現場の人間が『お嬢様の自尊心を満たすための"偽善"事業』などと揶揄していたのは事実です。
ですが今、各拠点のスタッフが軒並み、彼女をリーダーとして評価し始めています」
佐々木は、眼鏡を押し上げながら続けた
「彼女は、ボロボロになるまで読み込まれた現場のオペレーションマニュアルを手に、スタッフ一人ひとりの名を呼び、彼らの抱える課題を具体的にヒアリングしているそうです。
上辺の視察ではなく、共に汗をかく姿勢。そして何より社交界で培われた、あの圧倒的な人を惹きつけるカリスマ性。
不平を言っていた頑固な現場責任者たちが、今や『お嬢様のために、このプロジェクトを成功させよう』と、目の色を変えて動いております」
櫂は黙って、その言葉を聞いていた
「さらに」と佐々木は続ける。
「今朝、提携先の大手銀行の頭取から、社長宛に直接電話があり伝言を預かりました。
『茉莉さんの、あの事業に対する熱意と、子供たちの未来を語る際の一途な眼差しに心を打たれた。これは単なる慈善活動ではない、西園寺の良心の象徴だ』…と。
正直、驚きました。あのお嬢様が、ここまで現場の信頼を勝ち取り、辣腕の経営者たちを心服させるとは」
佐々木は、静かな笑みを浮かべ征嗣に言う。
「社長。我々がお守りすべきだと思っていたあの小さなお嬢様が、いつの間にか、皆が『ついていきたい』と願う、真のリーダーになり始めているようです」
その報告を聞く櫂の胸中には、言葉にできないほどの熱い感情が押し寄せていた。
彼女が深夜まで子供たちのために書類と格闘していた姿。
自分の腕の中で己の不甲斐なさに悔しいと泣きじゃくっていた姿。
そして…何よりもやり甲斐があると笑っていた姿。
そのすべてが報われているのだ。
喉の奥が熱くなり、自分のこと以上に誇らしくて、胸が焦げるような感覚に心臓のあたりでシャツを握りしめる。
征嗣は無言のまま、窓の外に広がる東京の街並みを見つめていた。
表情こそ崩さないが、その背中には隠しきれない深い悦びが滲み出していた。
「……そうか。現場の人間をその気にさせるとは、なかなかやりおるな。」
征嗣が振り向く
「佐々木」
「はい」
「茉莉にチャリティーパーティーを必ず成功させるようにと伝えてくれ。
そして会社としてサポート出来ることは協力を惜しまぬように」
「かしこまりました」
佐々木が深く一礼して部屋を出ていくと、櫂もまた、自身の込み上げる衝動を抑えきれず立ち上がった。
「失礼いたします」
社長室を後にした櫂の足取りは、自分でも驚くほど早まっていた。
エレベーターを待つ時間さえ惜しく、一刻も早く彼女のもとへ行きたかった。
(茉莉……)
世間からの評価も、辣腕経営者たちからの感服も、すべては彼女の真摯さが勝ち取った勲章だ。
今すぐ彼女をその腕に抱きしめ、世界中の誰よりも彼女を信じ、愛している男として、この最高の賞賛を彼女の耳元で囁いてやりたい。
あなたの夢が、皆の心を動かしているのだと。
誇らしさと愛おしさが混ざり合い、視界が滲むのを感じながら
櫂は口元にこぼれそうになる笑みを必死に堪えるのだった
続きは明日21時頃更新予定です
おじたち喜んでるのかわいい☺️心配だったんやね
ほんと何もしない人間ほどいやなこと言うよね
