粟飴 高橋孫左衛門商店 上越 和菓子なスクチャイ002 2025.05.28
和菓子なスクチャイ002 新潟 > 上越
粟飴(あわあめ) 高橋孫左衛門商店









上越高田の高橋孫左衛門商店の創業は江戸時代寛永2年(1625年)で、2025年の現在ちょうど400年目だ。現存する日本最古の飴屋である。
前回紹介した「翁飴(おきなあめ)」の高橋孫左衛門商店では店舗の他の菓子作りの基礎となる水飴を「粟飴(あわあめ)」という商品名で販売している。
江戸時代後期の1790年からそれまでの餅粟から餅米に代えて作り始めたその水飴は「粟飴」とは言うものの粟は使っておらず餅米と麦芽で作った褐色の「餅米水飴」だ。
「翁飴」もこの「粟飴」(餅米水飴)を使っているが、粟飴だけでなく国産さつまいもで作る無色透明の甘藷水飴(さつまいも澱粉+麦芽)も使いさらに水も混ぜているので「翁飴」は褐色ではなく完全な無色透明になっている(前回の写真参照)。ちなみに一般の水飴が無色透明なのは製造過程で不純物を取り除くために活性炭を通しているからで、それを行わないと雑味が出てしまうとのことだ。(14代目主人談。吾輩が店舗に電話で問い合わせた。)
逆に粟飴が活性炭処理をせずに褐色のままなのはこく味を残すためだと思われる。実際食べてみて一般の水飴よりもこくがあり美味しく感じた。水飴だけを舐めて楽しむならこの「粟飴」しかない、と思ったほどだ。
高橋孫左衛門商店では創業の1625年(寛永2年)から1790年(寛政2年)までの当初の165年間、水飴は餅粟(もちあわ)で作っていた。この時代の水飴が本物の「粟飴」だった。その名残で1790年以降に原材料を餅米に代えた後も今に至るまで商品名として「粟飴」と呼び続けている。
ちなみに1989年、崩御間近の昭和天皇が病床で食べたいと所望されたのがこの「粟飴」だったらしい。
かつて明治天皇が北陸巡幸の際に粟飴を気に入り自らが購入し土産として持ち帰って以来、粟飴を始めとする高橋孫左衛門商店の菓子が皇室ではずっと馴染み深い飴菓子となっている。
今も上越に来られた皇室の方々はご自身でこの粟飴を始めいろいろな菓子を買い求めて帰京されるとのことだ。
この「粟飴」は前回の「翁飴」と同様、新潟市の道の駅ふるさと村で販売されている。
なお、吾輩はこの飴を求めて上越高田の当店舗までわざわざ行ったのであったが、店にいた年配女性にとても心ない不愉快な対応をされたので、これからこの店舗にはもう行くこともないし商品も金輪際買うつもりはない。
(おわり)
