久慈良餅 永井謹製 青森浅虫温泉 和菓子なスクチャイ026 2025.07.10
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久慈良餅 永井謹製 青森浅虫温泉
1.時が来た!
先の記事に書いたように幼少時から山形のくぢら餅(久持良餅)で育った吾輩は青森にもくじら餅(久慈良餅)があると知ってずっと食べてみたかった。このたびついにその「時が来た!」のでここに報告する。
2.浅虫温泉駅は国鉄の浅虫駅
青森のくじら餅の製造元は浅虫温泉にある「永井久慈良餅店」だ。現地には行ったことはないが浅虫温泉水族館通りという住所から想像するに、温泉街の歓楽街にあるイメージである。
(2025/07/12追記)
現在青森県内には浅虫に2軒、永井久慈良餅店(当記事)と菊屋もち店、そして鰺ヶ沢に1軒、村上屋鯨餅店。合計3軒のくじら餅製造元があることを知った。特に鯵ヶ沢は北前船から上陸して伝えられたその場所に今もあるのだ。いつか訪れて買って食べるしかないのだ!
(2025/07/12追記終わり)
最寄駅は青い森鉄道の浅虫温泉だ。駅から鉄道沿いに徒歩圏内なので途中下車さえすれば永井久慈良餅店の本店に歩いて行けそうだ。しかしそう思うだけで浅虫駅は何度か通過していたがこれまで途中下車する機会はなかった。
え?今は浅虫駅と言わない?浅虫温泉駅だ。いつ名前が変わったの?
調べてみると浅虫から浅虫温泉に駅名が変わったのは、国鉄分割民営化の5か月前の1986年(昭和61年)11月1日だ。
つまり浅虫駅と言った時点で国鉄時代の男と認定を受ける。
吾輩の中身は未だ少年で自覚はまったくないがそんなに年月が経っている!?ガーン・・・_| ̄|○
3.青森駅
先日青森駅に降り立った。
今の青森駅は見違えるほどの変わりようで駅ビルには青森の名店が集合していた。
もしや?と思い、駅ビル内の、ある(ヒマそうな)店舗のおねえさんに、浅虫の久慈良餅がもしかしてここで買えるでしょうか?と聞いてみた。
おねえさんは自分の顧客でもないのにニコニコして吾輩にとことん親切だった。
「永井の直営店がそこの角のところにありますよ〜!そこで久慈良餅が買えますよ〜!」
青森のおねえさんは優しくて親切だ!
昔国鉄時代、青森駅前の行商のリンゴ売りが並ぶ一画で手持ち金が限られていた一人旅中の少年の吾輩は「このリンゴ安いのですか?」と売り場のおばさんにうっかり言ってしまったことがある。
「高いと思うなら買わなければいいだね!」
と怒鳴られおっぱらわれた経験があったのだ。
それ以来ずっと青森の女性は恐ろしいという印象を持っていた。
しかし今日優しいおねえさんに巡り会えて長年記憶にあったその恐怖が払拭された。
ま、それはともかく浅虫温泉に行かなくても久慈良餅が青森駅で買えることがわかった吾輩は鬼の首を取ったかのような気分であった。教えてくれた優しいおねえさんにお礼を言ってそこでは何も買わず、すぐそこの永井の直営店の前に立った。
永井のおねえさんもたまたまだろうが客もおらずヒマそうにしていた。
店頭に久慈良餅が並んでいて今ここで吾輩の長年の夢が叶う瞬間なのだ!
一本税込600円と書いてある。案外安い。
山形では同じくらいの大きさのくじら餅だと1,000円は超える。
吾輩は一本欲しいとお願いした。するとおねえさんは店頭の一本を取るのではなくて背後から別の一本を取り出して「包みますか?」と訊いてきた。
自分用なのでそのままで、と吾輩は言い受け取ったのだが、その久慈良餅が・・・アヅァ!(ナガノのくま語:熱!)なのだった。

おねえさんは作りたてなんですよ〜暖かいうちに早めに食べたらとても美味しいですよ〜とニコニコしながら言った。
冬だったらそのままシャツの中に入れてカイロ代わりにするだろう。しかし今は青森も蒸し暑いので身体の中に入れるのではなく、保温のために手持ちの手拭いに包んでから鞄に納めた。
時に永井では手拭いも売っていて久慈良餅のデザインだ。それに永井のもうひとつの名物「板かりんとう」というのも売っていた。しかし吾輩は久慈良餅を一本を買っただけだった。今回は久慈良餅だけに集中したい。
4.久慈良餅を喰う




さて、喰うのだ。
夜にホテルに着いてから、しかも夕食後に食べようと考えていたのだが、おねえさんの「暖かいまま食べると美味しいですよ〜」の言葉を無視するわけにはいかない。
吾輩は八戸に向かう青い森鉄道の列車の中で久慈良餅の包みをバナナのように剥いた。
そして甘党の故5代目三遊亭圓楽師が羊羹を食べるときのように、竿のまま齧って食べた。
ほかほか暖かくて、柔らかくて、うまい!
優しい甘さと食感!これはクセになる!
この味が1907年(明治40年)の創業から110年超もの永井の歴史を支えてきたのだ!
ちなみに吾輩、明日は八戸から久慈行きのローカル鉄道八戸線に乗る。
八戸線の終着駅の久慈と久慈良餅が何か関係あるのか?とも思ったりしたが、久慈良餅の名前は永井久慈良餅店の初代吉兵衛翁が命名したようで、「幾久しく慈しまれる良い餅であるように」との願いが込められているようだ。
山形のくじら餅はもっと強い(こわい=固い)が浅虫の久慈良餅は柔らかいのだった。出来立てでまだ温かいから、という理由もあるだろうが、ものすごく食べやすいのだった。
切ってお皿に上品に載せて・・・もいいだろうが、故5代目三遊亭圓楽師のように羊羹的に丸ごと齧りつくのもいいものだ!
吾輩はたちまち一本全部を食べて尽くしてしまった。
少なくとも半分くらいは残しておいて夕食後のおやつに、と思っていたが、やめられない止まらない状態だったのだ。
こりゃ売れるわ! 永井久慈良餅店は永遠だ!
ちなみに原材料表示によると、「餅」と言いつつもち米は使っていない。うるち米だけだ。
これが柔らかい原因なのだろう。
実は後日、今度は新青森駅で再度永井の久慈良餅を買った。そちらはすぐには食べず、3日後に封を開けたのだった。しかしもちろん常温のままだったものの、まったく固くはなく、最初に暖かいまま食べたときと同じような柔らかさだったのだ。
山形のくじら餅、特に昔子供の頃に食べたくぢら餅は1、2日で固くなりその後は火で炙って餅のように少し膨らんだりしてアッチッチのまま食べたのだ。
浅虫の久慈良餅は賞味期限内ずっと固くはなりそうもなかった。
火で炙る必要もなさそうだ。
これはこれで発明だ。食べやすいのは何よりだ。
しかしそれでも「餅」と言うのが引っかかる。
浅虫の久慈良餅はどちらかと言うと「ういろう」の種類のように思えるのだった。
5.販売店情報
ちなみに販売店情報。
青森駅も新青森駅も駅ビル内に永井の直営店があり在庫がある限り当日出来立てを保温しているぬくぬく(温温)のを買える。
もう一つ情報だが、新青森の場合、構内のNewDaysでも買える。
こちらはぬくぬくではないが、もともと固くならないし出来立てにこだわらなければNewDays(かつてのKiosk)で買うのもありだ。
改札口に近いので名店街に行く必要がないということと、もしあなたが大人の休日倶楽部パスの利用者なら定価の600円から10%割引してくれるのだ。
2回目、吾輩は新青森のNewDaysで大人の休日倶楽部パス利用者10%割引で買ったのだ。
賞味期限的にも何も問題はなかったし味も柔らかさも直営店売りとほとんど変わらなかった。
しかしひとつ言うと店のおねえさんは直営店ほど優しくはなかった。
あくまでコンビニだ。
他の商品と一緒に買ったのだったがレジでエコバックを出すのが遅れ、精算後に脇で急いで商品を入れていると「そこで袋詰めしないでくださ〜い!」と追い討ちのお叱りを受けたのだった。
客は後ろにいなかったので空いていたのだが、こういうことがあってNewDaysのおねえさんは強い(きつい)という印象が残った。
つまり、改札口に近い強いおねえさんのところで10%引きを取るか、駅ビル内の優しいおねえさんの正規価格の永井直営店を取るか?という選択になる。
なおNewDaysは新青森駅での買い物しかしていないので青森駅の方はわからない。もしかしたら青森駅のNewDaysにも永井の久慈良餅が売っているのかもしれない。売っていたら大人の休日倶楽部パスの利用者割引10%の恩恵を受けるだろう。
しかしながら吾輩は青森駅では見ていないので確認が必要だ。
6.「永井の久慈良餅」が東京で手に入るか!?
「永井の久慈良餅」が東京で手に入るか!?
手に入ったら便利ではないか!
・・・ということで吾輩は調べてみた。
風の噂では、「永井の久慈良餅」は県外不出と聞いている。
頑固な意味で出さない、というのではなく、実際問題として生産量が限られるのでヨソに出す余裕がないのだろうと想像する。
吾輩はダメ元で、東京中央区にある青森県アンテナショップに電話をしてみた。
結果、「永井の久慈良餅」は入荷していない、とのことだ。
しかし、浅虫にはもう一軒くじら餅を作っている製造者がいて、以前は冷凍したものを仕入れていたとのことだ。しかしそれも今は仕入れなくなって久しいとのこと。
(2025/07/11追記)
浅虫のくじら餅製造元は永井一軒だ。店員さんはもう一軒も浅虫と言ったがこれは東京飯田橋「あおもり北彩館」の主人の話を加味すると、どうも鯵ヶ沢の間違いに違いない。(2025/07/11追記終わり)
→(2025/07/15追記)
2章に書いたように、その後の調べでアンテナショップの店員さんの言った浅虫に2軒くじら餅を製造販売する店があることは正しいと判明した。鯵ヶ沢に一軒あるのも正しい。これで青森県内で都合3軒のくじら餅製造販売店があることになる。(2025/07/15追記おわり)
そういうことで現在は東京の青森県アンテナショップでは浅虫のくじら餅は手に入らないということがわかった。
7.東京で「永井の久慈良餅」が買えるラストチャンス
ところが、一条の光明があった。
青森県アンテナショップの電話に出てくれた店員さんが、都内にもう一軒青森の物産を扱う店があるとのことで、そこの電話番号を教えてくれたのだ。
しかし・・・そのお店は今月(2025年7月)いっぱいで店を閉じるとのこと・・・_| ̄|○
情況がわからないが、とりあえず電話をかけてみた。
お店は青森にもともとある「あおもり北彩館」の東京店で、飯田橋にあるようだ。
電話に出てくれた店員さんによると・・・今でしたら「永井の久慈良餅」は店頭にありますよ~とのことだ!(でも吾輩は今すぐ行けない)
毎週木曜日に入荷するので今日入荷したてとのことだ。
電話したタイミングはとりあえず素晴らしい!(≧∇≦)しかし、今店頭に行ってるわけではないのであまり意味はない。(≧∇≦)
毎週木曜日はいいのだが・・・正真正銘今月末の2025/07/31に店は閉じてしまうのだ。
「永井の久慈良餅」の最終仕入れは7/24(木)・・・と言いかけた店員さん、いや待てよ・・・と何かを調べている。
しばらく待った後・・・店員さんは、
閉店セールで7/25(金)と7/28(月)の2日間は「永井の久慈良餅」を各日40個ずつ入荷する!
と言った!
すごいことではないか!
飯田橋の近所の人には朗報だ!(吾輩は行けない・・・_| ̄|○)
東京で思う存分「永井の久慈良餅」を買って食べられるチャンスだ!
しかも、これが最後だ!
ここが閉店してしまうと、東京での「永井の久慈良餅」の販売は正真正銘なくなってしまうのだ。
「あおもり北彩館」東京店の閉店は再開発のための立ち退きが理由とのことだった。青森県とも移転再開の協議を行っているようなのだが、今のところ東京での再開は決まってない。
ちなみに「永井の久慈良餅」の賞味期限は仕入れ日を含み5日間で、木曜日の仕入れのものが翌週月曜日までとなる。
東京在住の「永井の久慈良餅」のファンは、各日40個ずつ入荷するという7/25(金)と7/28(月)の2日間に飯田橋の閉店間際の「あおもり北彩館」に行ってみればいかがだろうか?
(以上、吾輩による電話調べ2025/07/10)
8.くじら餅の歴史


実は、浅虫温泉の久慈良餅は津軽地方日本海側の鰺ヶ沢(舞の海秀平氏の故郷)から伝わったという記録があるらしい。(もしかすると鰺ヶ沢にもくじら餅が今もあるのかもしれない)
(2025/07/11追記)
先に追記したように東京飯田橋「あおもり北彩館」主人によると確かに鯵ヶ沢に今も一軒くじら餅屋さんがあるのだ!(2025/07/11追記終わり)
(以下、『和菓子・郷土菓子百科』丸善出版2016年を参照)から引用)
鰺ヶ沢や深浦は弘前藩の御用港で北前船で上方からの文化が入っていた。当時は「鯨餅」と書き、もともとは上方のお菓子だったとのことだ。
室町時代後期の「南蛮料理書」には、かすていら、かるめいら、金平糖、有平糖などとともに「くじら餅」が記載されていたらしい。(ここで、先に書いたように山形のくぢら餅とは異なるという説もある。不明点も多いらしいが、山形のくぢら餅と上方から青森に伝わったくじら餅とは系統が違うのかもしれない)
製法と原材料は次の通りだ。
うるち米の粉ともち米の粉まぜて捏ね、半分を梔子(クチナシ)で黄色に染め、もう半分を白の2段に重ね、その上によせ小豆、黒砂糖、鍋墨(当時の着色料)、葛粉を混ぜて捏ねたものを載せて蒸す。
つまり白、黒、黄色の餅で、白は鯨の脂肪、黒は鯨の表皮をあらわしていて、上層部の黒い表皮に黄色と白の丸い目玉が2個載っていてあたかも鯨を表しているのだったらしい。
もとより大きかったようで、ともかく何故か鯨を表現していたというのが興味深い。
1682年(天和2年)、現在の滋賀県内を通過する朝鮮通信使一行の歓迎料理の献立の中に「くじら餅」があり、1693年(元禄6年)の『男重宝記(なんちょうほうき)』(若者心得集)にはくじら餅の絵図があり上は羊羹で下は捏ねものということで2層だった。
さらに1718年(享保3年)京都で出版された『御膳菓子秘伝抄(ごぜんかしひでんしょう)』にはくじら餅の作り方として、「うるち米ともち米の粉に氷砂糖の粉を加えて湯で練り、羊羹を蒸すように箱に約4~5cmの厚さに伸し、その上に黒みとして餡と葛粉を混ぜて厚さ1~2cmに伸して重ね、蒸籠で蒸して」との記載がある。
弘前の話だが、津軽藩御用達の1630年(寛永7年)創業の菓子司大阪屋が藩主に納めたお菓子を記載した「御菓子御本當帳」1766年(明和3年)に「鯨餅」「江戸鯨餅」の名が入っている。つまりそのころ津軽にはすでに「鯨餅」があったことになる。
(ここまで『和菓子・郷土菓子百科』丸善出版2016年から引用)
上記に引用した「くじら餅」そのものが今の「くじら餅」と同じかどうかはさておき、「くじら餅」あるいは「鯨餅」という名のお菓子があったことは事実ということだ。
原材料はなんとなく今のくじら餅に似ているが、色彩や層にして本物の鯨を意識していたというのが現在のくじら餅とどう関係あるのかは吾輩にはよくわからない。
9.くじら餅の系統
引き続き『和菓子・郷土菓子百科』丸善出版2016年を参照すると、くじら餅には2系統あるとの記載がある。
現在くじら餅が存在するのは、青森、山形、金沢、広島、大阪、宮崎(等)とのことだ。吾輩は今日の今日までまったく知らなかったしこれまで山形と青森以外の地域は目にも耳にもしていない。これからアンテナを立ててみようと思う。
それで、浅虫温泉のくじら餅を含む鰺ヶ沢系列のものは「蒸し餅タイプ」として山形と宮崎が入るとのこと。吾輩が食べた山形のくぢら餅と浅虫温泉の久慈良餅が同類ということだ。細かく言うと浅虫の方にはもち米が使われていないのだが、その点は文献には書かれていない。
そしてもうひとつの系統は、寒天、道明寺、昆布(焼いた粉末)を使った「羊羹タイプ」とのことだ。
こちらは原材料からして、吾輩に馴染みのある山形や、今回の浅虫共に、かけ離れているものに感じる。場所で言えば、金沢、大阪、広島とのことだ。
ただ単に「くじら餅」あるいは「鯨餅」と記録があるだけ、あるいは大きくて鯨のように見えたか見立てたかのお菓子だったのではない?と吾輩は思う。
特にこれまで馴染んでいた山形のくぢら餅のことを考えると、そんなんと一緒にしないでくれ、ものがちゃうやんけ!と言いたくなってくるほどだ。
まあ、いつかその金沢、大阪、広島での「くじら餅」も体験してみたいとは思う。
このように、「くじら餅」はなかなか奥が深いお菓子と知っただけでも今回の収穫のひとつだったかもしれない。
ま、おいしければ何でもええんですけどね!(≧∇≦)
(おわり)
