08_稚内滞在む蔵編(その2)クマさん出没の話
Nong Sukjaiの「ピザ屋のバイクでツーリング」 (2002年・夏・北海道)~
(前の話)
「今夜のお泊まりはどちらで?」
お客が減って少し手が空いたようで、若旦那が厨房から出てきて話しかけてきた。
ぼくは、まだだと答えた。
テント泊だからどこでもいい。一応道道106号沿いの「夕日が丘パーキング」を候補にあげている。もしくは稚内森林公園キャンプ場かもしれないと答えた。
「森林公園キャンプ場はねぇ、クマさんが出ましたよ、最近・・・。それで、今は閉鎖中です」

なぬ!? クマさんって、ひょっとしてヒグマのこと?
「そうです。先月深夜にクマさんがやってきて、キャンパーのテントをひと掻きで破ってしまった。ハハ。それで今は立ち入り禁止です」
森林公園キャンプ場は稚内のすぐ裏手から登る稚内公園のはずれにあり、深い森などは見あたらない。
そこはサロベツ原野の続きのような灌木やササがのっぺりと茂る明るい丘である。
あんなところにクマが出るなどとは思えない。
テントを破った獣がいたのかもしれないが、キツネかタヌキじゃないのか。
爪がある動物ならテントを破ることくらいわけないだろう。
「それが間違いなくクマさんなのです。足跡もありましたし、専門家も呼んだですし。幸いけが人は出なかったですが」
ぼくは背筋に悪寒が走った。
稚内公園はかつての旅行の時に登った。
それだけに、信じられない。あんな見通しの利く人工的な公園のどこかに、ヒグマが潜んでいるなど。
ともかく地元の人が言うのだから信じるしかない。
とすれば、同じような環境の「夕日が丘パーキング」も危ないかもしれない。
ひと気のないのをいいことに、夜中に襲われさえすれば、誰にも助けてもらえない。
あまつさえぼくは携帯電話を持っていないのだ。
ぼくは追加注文した「アイヌネギ(ギョウジャニンニク)」の醤油漬けをつまみながら、お茶を飲んでいた。

このギョウジャニンニクは本州のものよりも格段に香りが強くて、とても旨かった。
疑いなく元気になりそうな味と香りであった。
これとくらべると、本州ものなんて、気の抜けたサイダーのようなものだと思った。
こういう山菜はやはり気候の厳しいところで生えるほど、成分が濃くなるのであろうか。
アイヌネギという呼び名の通り、アイヌの伝統食の一つでもある。
アイヌは厳寒の蝦夷地を、こういうものを常食して生きていたのだろうな、と思った。
若旦那によると春先に近辺の湿地帯のようなところでわんさか採れるのだそうだ。
「もしよかったら、タダで泊まれる小屋を紹介しますよ。なあに、途方に暮れてるライダーさんをときどき泊めてあげてるのですよ。電気も水道もないですが、とてもいいところです。朝、起きたらびっくりするほどの眺めです。屋根もありますし、壁もありますし・・・。ここからバイクだと5分くらいのところです。ウチのイヌの散歩コースでもあるので、よかったらあとで一緒に案内しますよ」
まさにぼくは途方に暮れてるライダーに違いないのだった。
いっぺんに稚内森林公園キャンプ場も夕日が丘パーキングも泊まれないとわかったのだから。
「それにしても、変なバイクに乗ってますね。さっき、ピザ屋が配達に来たのかと思いましたよ。ハハ」
稚内にもこのバイクで配達するピザ屋があるそうな。
「今はアイヌネギは採れないですが、ラクヨウなんかのキノコがいいですよ」
「まだ早いんじゃないのぉ?」
厨房から女将さんの声が響いた。
「早くなんかないさ。台風13号の雨が続いていたので、あしたあたりにょきにょき生えてるさ」
ぼくは22時過ぎに店が終わるまで座敷でのんびりさせてもらった。
食事といい、畳の間の座布団の上であぐらをかいてリラックスするなど、ぼくにとってはまさに高級旅館の居心地であった。
その後、ぼくは若旦那M氏の車について走って、その小屋を案内してもらった。
ライトアップされている大きな風車を見上げる大地を走り、脇道にそれてしばらく走ると、行く手にぼんやりとM氏の言う小屋が見えてきた。
あたりは暗闇で、自分がいったいどのようなところにいるのか見当もつかなかった。
「ここです。ここはクマさんは出ないですから、安心して下さい」
稚内公園でのクマ出没が信じられないだけに、どこでもクマが出そうな気がしてならないが、まあ、地元の人の言うことを信じることにしよう。
と、車の脇から黒い獣がヌウと現れた!
うわーーー!!!
イヌですよ。イヌ。ぼくのイヌ。黒いの3頭と白一頭。
びっくりするなあもう・・・
北海道の闇夜に黒くてでかいイヌなど・・・


次は 09_稚内滞在(その3)ラクヨウ採り に続く。
