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06_初山別みさき台公園キャンプ場~稚内の小屋(その3)

Nong Sukjaiの「ピザ屋のバイクでツーリング」 (2002年・夏・北海道)~
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 ホクレンのガソリンスタンドでライダーが給油すると「旗」をプレゼントしてくれる。

 ライダーたちはそのホクレンの「旗」を荷台にくくりつけて走り、北海道を走る一つの楽しみにしている。

 「旗」は道南、道央、道北、道東で色が異なる。

 4色を荷台にくくりつけるライダーは、つまり北海道のくまなく巡った証なので、そのライダーからは、ちょっと優越感に浸っているようなそぶりがうかがえたりする。

 ちなみにぼくはまだ一本も「旗」をもらっていない。

 北海道上陸後に留萌で一度給油をしたが、そこはホクレンではなく本州にもあるめずらしくもないJOMOだったのだ。

 給油して走り出してからホクレンの旗のことを思い出して「しまった!」っと大声を上げてしまった。

 もっともよく考えると「旗」ごときでいちいち大声を出して騒ぐほどの問題ではないかもしれない。

 しかし、ぼくのバイクはタンクは小さいが燃費がいいので、ガソリンがなかなか減らないのだ。

 走っていて、いくらホクレンのガソリンスタンドを見つけたからといっても、まさか1リットルそこそこ減っただけのタンクの蓋を開けて、

 「レギュラー満タン! それから、旗をくださいな!」

 などとは言えない。

 だから計算して、うまくホクレンで給油するように考える必要がある。

 特に稚内の日本最北端のホクレンでは、他所のホクレンとは違う、オリジナルの「最北端マーク入りの旗」がもらえる。
 
 この旗は他の4色とデザインが違うらしい。

 ぜひこの「特殊な旗」をもらってバイクの後ろにつけて、ぼくのバイクはピザ屋の出前ではなくてツーリングだぞ、しかも、最北端の地で給油したのだぞ! と、周囲にアピールをしたいのである。(じつに子供っぽい)

 さて、ぼくのバイクの燃料メーターは数時間前からゼロで、ガス欠警告の赤いランプが点っていた。

 留萌から、サロベツ原野を抜けて、なんとかここまで走ってきたのだ。

 そして、もう少しで稚内の町に入る。

 いよいよホクレン最北端の地で給油をしてもらうのだ。

 種明かしをすると、今日の最高時速を35km/hに決めていたのは、風雨のせいもあったが、ガソリンの消費を最小限にするためでもあった。

 ぼくのバイクは巡航速度が30~35km/hの時が燃費が最もよいからだった。

 下手にスピードを出すと、場合によっては稚内に着けなくて、原野の途中でガス欠で動けなくなる可能性があった。

 走ってきた道道106号「稚内手塩線」は、その両端の町以外にはガソリンスタンドがないので、手塩でガソリンを入れるかどうか、かなり迷ったのである。

 手塩時点で、メーターによるとすでに5分の1ほどの残量であった。
 
 しかしもしそこで満タンにしてしまうと、50~60km程度の稚内まで走っても、ガソリンは満タンから2リットルも減らないことになる。
 これではホクレンで「最北端の旗」をもらえなくなる。

 それで「ええい、ままよ!」と、手塩の最後のガソリンスタンド「日石三菱」を横目に、残量5分の1に懸けて、いよいよ「サロベツ原野」という大海に躍り出たわけである。 

 それからというもの、最北端の「旗」が欲しいがために、「サロベツ原野」の大海でガス欠になることを恐れて、ガソリンの消費を最少に、エンジンをなだめなだめ走ってきたというわけだ。

 さあて、ともあれもうすぐ稚内である。

 野寒布岬の方への抜海港線(道道254号)が左に分岐した。

 北海道の沿岸を正確に右回りに周回したいのだったら、この道を北上して野寒布岬に立ち寄ってから稚内市街に南下すればよい。

 しかし、ぼくはその前にガソリンを入れなければならなかった。

 冗談抜きでいつガス欠になってもおかしくないほど、メーターは「これでもまだメシ(ガソリン)を喰わせない気か!」と残量マイナスを指し示していた。

 今まで走ってきた道道106号線は、抜海港線と分かれると、稚内の半島の根元を横切るために一気に登りにかかる。
 そして今度は下って、稚内市街に入り、稚内駅前が終点となる。

 そこまであと5kmほどだ。道路というものは鉄道の終着駅ほども風情がないだろうが、きのうの手塩から風雨に悩まされながら走ってきたこの道の終端に、興味がわいていた。

 抜海港線と分かれてから一気に登り切ったところに「夕日が丘パーキング」があった。
 利尻島と礼文島を眺める絶好の場所らしい。が、今は雨はあがっているがあいにくの曇天で、利尻富士の裾野が見えているだけである。

「夕日が丘パーキング」から利尻富士の裾野を眺める

 そこのトイレで用を足したが、そのきれいこと!

 北海道に上陸してずっと、キャンプ場などの公共トイレで用を足してきているわけだが、そのすべてが掃除が行き届いていて、個室にはかならずトイレットペーパーが備え付けられてあった。

 なかんずく、その予備まで置いてあることもめずらしくなかった。

 本州でも一昔前(ぼくが子供の頃)のように「公共トイレ=おそろしく汚い場所」という図式も少なくなってきているようだが、それでも柏崎で野宿して「きゃはギャル」がトイレットペーパーを借りに来たトイレのように、紙がないのが一般である。

 そういえば今朝「みさき台公園キャンプ場」を朝出発するとき、トイレに掃除のおばちゃんが3人現れた。
 そんなに来客がなくても、毎日3人揃って掃除しに来ているとのことであった。

 もっともここではトイレを汚すのはヒトではなく、マイマイガ※という蛾が主犯であるらしいが。


※マイマイガ:北海道の特定の地域で11~12年に1回大発生する、羽を広げた長さが3~5センチの比較的大きな蛾。その幼虫が森林(特にカラマツ)を丸裸にしてしまい、その被害が2~3年続く。夜間の街頭にたくさん群がって飛び回り、人々を気持ち悪がらせる。


 ぼくは北海道の公共トイレに敬意を抱き始めていた。

 野宿者にとって心強い味方である。

 今夜は稚内公園の森林公園キャンプ場にテントを張ろうと思っていたのだが、ここに泊まろうかと思った。

 明日から天気は回復するらしいので、朝にテントのチャックを開けると、利尻島と礼文島のすばらしい景色を拝めるかもしれないのだ。(ここからの眺めは、じつは夕暮れの時刻がいいらしいが)

 ただし、ここはキャンプを認められている場所ではないので、日が暮れてから、あくまでも「仕方なしに野宿をする人」を装ってこそこそとテントを設営するのである。

 そして明朝は、太陽が上がるやいなやさっさとテントをたたんで立ち去る。

 ぼくは今夜はここで寝ようと決めた。

 ご飯を食べて夜が更けたころにやってきて、テントを設営して寝ればよいのだ。
 街頭もあるし、夜に来ても何も問題はなさそうだ。

 さて、お待ちかねのホクレンはその「夕日が丘パーキング」から5分ほど走って、町に出たところにあった。

 給油してくれたのは愛想のいいお姐さんだった。

 たぶん彼女は「日本最北端の給油姐さん」であろう。
 
 黙ってても「旗」をくれるのかと思っていたが、ガソリン代を払っても、「旗」が出てくる気配はまったくなかった。

 交通安全の旗のように、どこかにいっぱい立てて入れてあって、自分で取るのかと思い、きょろきょろあたりを見回したが、そういうのはまったく見あたらなかった。

 よくわからないので、お姐さんに聞いてみた。すると・・・

 「え? 旗ですか? 申し訳ないですが、旗はお盆前に全部無くなりました。お盆前は、ほんとに凄いんですよ。1700台ものライダーが給油に来たのですよ!」

 空腹をこらえて楽しみにしていた、好物を食べさせてくれる食堂が休みだったような衝撃を覚えた。

 やれやれ・・・。それにしてもお盆までに1700台のライダーが来たとは凄い。
 その「最北端の旗」にも、本当にプレミアがつきそうだ。

 その後、ぼくはまた「夕日が丘パーキング」の道に戻り、抜海港線(道道254号)に右折して野寒布岬の方へ走った。

 これで北海道の沿岸を右回りに周回する続きの線を描けるわけだ。

 野寒布岬への途中の日本海側にある稚内温泉「童夢(ドーム)」で身体を洗ってから、野寒布岬に立った。

黄昏の野寒布岬灯台と水族館

 岬の入り口にある「食堂樺太」はぼくにとって思い出の食堂だった。

 当時と変わりなく、バラックのような建物にのれんがかかっていた。
 煌々と照明がついていて、暖かそうだった。

 その食堂は当時からウニ丼が名物であったが、当時のぼくにはとても高くて手が出なくて、そのときはありきたりの定食を食べた。

 あのときの、樺太からの引き揚げ者であるおばさんはまだ元気であろうか、と思った。

 ぼくの母親も樺太からの引き揚げ者で、ぼくは幼少時から母親に樺太の思い出話をよく聞かされていた。

 それで、ぼくは樺太のことが人よりもずっと詳しくなっていて、あたかも自分が引き揚げ者だったかのように、他の引き揚げ者たちと、話がよく通じるのだった。

 今夜は「食堂樺太」で夕飯にしよう。

 2000円ぐらいかかっても、ウニ丼を食べようと思う。いや、場合によっては、特盛りで、3000円でもいいぞ、と思った。

 宿泊費がタダなので、どこかに宿泊したと思えば、2000~3000円なんて、たまには安いものである。

 それにしても吉野家じゃあるまいし、特盛りなんてあるのかしらん?

名物ウニ丼・「食堂樺太」

 ぼくはしばらく「食堂樺太」を懐かしく眺めてから、あとで戻って来ることにして、少しバイクを走らせた。

 そして、野寒布岬に立った。もう黄昏なので、暗くなる前に、岬を眺めたかったのだった。

何年ぶりかで野寒布岬

次は 07_稚内滞在・む蔵編(その1) に続く。

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