あんごま餅 土橋開正堂 秋田八郎潟 和菓子なスクチャイ121 2025.10.04
和菓子なスクチャイ121 秋田 > 八郎潟
※くまの身長は7.5cm。大きさの参考に。
あんごま餅 土橋開正堂(どばしかいせいどう)秋田八郎潟



1.写真を見て「これや!」
以前どこかの誰かに秋田の美味しい名物と言って見せられたのがこの「あんごま餅」だった。
弁当の折り箱のような箱にぎっしり詰まった黒いあんことごまが衝撃的で、目の前のブラックホールのような黒色に吸い込まれそうになった。
箸でつついて食べる写真も見せられて中身が見えるとそこにはあんことごまが層になっていてその下に餅が敷かれてあった。
これこそが日常に食べたいあんこ餅の姿で「これや!これでんがな!」と心の中で叫び是非そのうち現地に行って買って食べるぞと心に誓ったのだった。
2.秋田日帰り旅行
その機会がおとずれた。
JR東日本の「大人の休日倶楽部」会員向けパスが売り出されたからだ。
これを使えばJR東日本管内の新幹線を含む鉄道網を5日間縦横無尽に好きなだけ移動できるので、1日分で秋田を往復してきた。
3.八郎潟駅に日帰りで行くスケジュール
土橋開正堂は八郎潟駅から徒歩で行けるので、秋田新幹線で秋田に着いてから奥羽本線で八郎潟駅に辿り着くスケジュールを組んだ。
八郎潟は停車する特急列車もあるが上下線で1本ずつしかなく他は臨時の快速列車で指定席券を買わなくてはいけないので、ここは普通列車で行くのが現実的だ。
大都会のような本数はないのであらかじめ計画しておいた方が良く、吾輩の場合新幹線で秋田に昼の12時頃に到着してから秋田駅で昼食の1時間半をとってから13時半頃に秋田を発車する普通列車で八郎潟に行く計画を立てた。
秋田から八郎潟は普通列車で所要時間が35分前後で八郎潟着は14時過ぎだ。
現地に1時間20分ほど滞在して15時半頃の普通列車で秋田に戻って来ることにした。
この計画だと秋田16時過ぎの東京行き新幹線に乗れ、東京帰着はおよそ20時だ。
このように交通費を度外視すればいとも簡単に1日で東京から秋田に往復して来れる。
ということは吾輩の出発地である新潟発着も大宮乗り換えで上越新幹線で繋げれば可能ということだ。
もっとも日帰り出来ることは知っていても実際には安くない交通費をかけてまで秋田の八郎潟に「あんごま餅」を買うだけに行く人はいないだろう。
しかしここにそうする吾輩がいるのだった。
フリーきっぷは使うけどね。
4.2025/10/04の秋田は暑かった

八郎潟を14時過ぎに下車したが、快晴の日差しがきつく、直射日光がジリジリと肌を刺すのだった。
まるで真夏だ。
当日の気温は最高29度まで上がったらしい。
八郎潟駅から700mを歩くうちに汗だくになってしまった。
なんたることだ!10月なのに!しかも東北の秋田なのに!
予期していなかった暑さに参り10分ほど歩き、ほうほうの態で吾輩は土橋開正堂に到着した。

しかし・・・

でも、予約しているので安心して良い。
こんなこともあろうかと、あらかじめ電話して1パックを取り置いてもらっていたのだ。
店内でおばちゃんを呼んで名前を言うと、すぐに用意してくれていた「あんごま餅」一箱を吾輩に手渡してくれた。
税込700円を現金で支払った。

5.「あんごま餅」を食べた



「あんごま餅」はシンプルな素材ながらその香ばしさと素朴な味わいで地元では今も人気があるが、実際に食べてみてそその美味しさに度肝を抜かれた。
以前画像で見て想像した通り、いや、その想像を超えていた。
近くでこれを買える住民はとてもしあわせに違いない。
近所にこういう餅店があって欲しいものだ。
5.1.餅の食感
餅米を丁寧に搗(つ)いた非常に柔らかく、なめらかな餅生地が特徴だ。
とても繊細な柔らかさで、口の中でとろけるような食感だ。
5.2.餡の風味
中にはなめらかで上品な甘さのつぶ餡が入っている。
こし餡ではなくつぶ餡だ。
つぶ餡を使うことで、小豆の風味と食感がしっかりと残っているのだ。
5.3.黒ごまの香ばしさ
餅全体には、煎りたての黒ごまが惜しみなくまぶされている。
この黒ごまの香ばしさが非常に強く、餡の甘さと餅の柔らかさを引き立てる決定的なアクセントとなっている。
6.製法と伝統
土橋開正堂では創業以来職人による手作りでこの「あんごま餅」の製法を守り続けており、特に黒ごまの煎り方や搗き方には独自のこだわりがあるとのことだ。
7.文化的な背景
「あんごま餅」は、八郎潟地域において日常のおやつや手土産、贈答品として深く根付いている。
その素朴で優しい甘さは地域の風土とともに育まれてきた郷土の味として親しまれている。
この餅は秋田県を代表する銘菓の一つとしても知られており、その香ばしい風味と独特の食感は今も多くの人々に愛されている。
8.土橋開正堂の「あんごま餅」
土橋開正堂の「あんごま餅」は具体的な開発年が公的に記録されているわけではないが、その歴史は土橋開正堂の創業(明治40年1907年)とほぼ同じ時期に始まると考えられている。
このお菓子は八郎潟という米どころの土地柄と東北地方で古くから親しまれてきた餅文化が融合して生まれたものだ。
9.地域の食文化としての起源
東北地方では餅はハレの日だけでなく、日常のおやつや農作業の合間のエネルギー源としても重要な食べ物だった。
あんごま餅はそうした地域の伝統的な餅菓子の一つとして誕生した。
当時、最も手に入りやすく栄養価の高い餅米、小豆、ごまという素朴な素材を組み合わせた「あんごま餅」は、地元の人々の生活にすぐに溶け込んだ。
10.店舗の看板商品への定着
土橋開正堂が創業した明治末期から大正時代にかけて「あんごま餅」は同店の代表的な餅菓子として人気を博した。
100年以上にわたり職人がその手作りの製法を守り続け、餅の柔らかさ、つぶ餡の甘さ、そして煎りたての黒ごまの香ばしさという独自のバランスを代々受け継いでいる。
「あんごま餅」の歴史は、八郎潟という土地に根ざした素朴で飾り気のない地域に密着した和菓子作りの歴史そのものと言える。
11.地域の文化との結びつき
かつて日本で二番目に大きかった湖である八郎潟と深く関わるこの地で、土橋開正堂は地元の風土や素材を活かした素朴な菓子作りを続けてきた。
米どころである秋田の良質な米や素材を使い、地域の食文化を支えてきたのだ。
12.「あんごま餅」という名称
「あんごま餅」という名称は、東北地方で広く親しまれている「あんこを包み、ごまをまぶした餅菓子」を指す一般的な名称でもある。
そのため、土橋開正堂以外にもいくつかの和菓子店や地元の製菓業者、道の駅などで製造・販売されているようだ。
13.八郎潟町内のもうひとつの「あんごま餅」店・畠栄菓子舗
八郎潟町内で「あんごま餅」を製造販売している老舗として、土橋開正堂以外にもう一軒、畠栄(はたえい)菓子舗がある。
畠栄菓子舗は創業1932年(昭和7年)の老舗和菓子店で、八郎潟駅のすぐ近くに店舗を構えている。
今回吾輩は先に土橋開正堂に行ったが、実はその道中、駅にずっと近い場所の道路沿いに畠栄菓子舗があるのを見ながら前を通ったのだ。
土橋開正堂で「あんごま餅」を買った後、八郎潟駅に戻る途中で畠栄菓子舗に立ち寄り、そこでも「あんごま餅」も買った。
畠栄菓子舗の「あんごま餅」は後日別記事として紹介するが、八郎潟町では今回の記事で紹介した土橋開正堂ともうひとつの畠栄菓子舗の二大老舗がそれぞれのこだわりの「あんごま餅」で親しまれているというわけなのだ。
(おわり)
