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古代飴 高橋孫左衛門商店 上越 和菓子なスクチャイ003 2025.05.28

和菓子なスクチャイ003 新潟 > 上越 

古代飴(こだいあめ) 高橋孫左衛門商店

古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
古代飴
左・古代飴、右・粟飴

高橋孫左衛門商店の「古代飴」

これは粟(あわ)を原料とした正真正銘「粟の水飴」だ。

上越高田の高橋孫左衛門商店の創業は江戸時代寛永2年(1625年)で、2025年の現在ちょうど400年目だ。現存する日本最古の飴屋である。(翁飴の老舗でさらに33年古い大杉屋惣兵衛が先年2024年1月に廃業したので高橋孫左衛門が日本での現存最古の飴屋となった)

前回紹介した「粟飴」は1790年(寛政二年)に原料を粟(もち粟)からもち米に替えたが商品名は変えず「粟飴」のままで現在も生産販売し続けているものだ。

ところが先年、高橋孫左衛門商店の14代目は1790年に途絶えた粟を原料とした水飴を復活させ「古代飴」という商品名で限定生産し始めた。

「古代飴」原料の粟はもち粟だ。もち米と米(うるち米)の関係と同じく、粟(うるち粟)の餅バージョンがもち粟だ。吾輩は粟ももち粟も実際に見たことがないが、もち米と米との違いから想像すると、もち粟は粟よりも粘り強いのだろう。

「古代飴」の原料のもち粟は、従来の「粟飴」の原料のもち米と同様に上越産にこだわり、山間部の農家にお願いして小さな耕地で生産し続けてもらっているとのことだ。粟は傾斜地栽培や小規模少量生産のため米と違って機械化できないので栽培から脱穀まですべてが手作業となる。作業の過酷さに農家の高齢化も相まって粟を生産する農家が1軒1軒と消えてゆき、昨年2024年、これまで作ってもらっていた粟農家が廃業したためそれに連動して「古代飴」も消える運命となった。
しかし幸いにも14代目は新たに一件の粟農家を見つけ「古代飴」用のもち粟の生産をお願いできた。それで2025年の今も「粟の古代飴」を製造販売できている。
しかしながらその農家も高齢化で今のところ後継ぎもいないため原料の「もち粟」もそれを原料にする「古代飴」も風前の灯なのだ。(14代目主人談。吾輩の電話問い合わせによる)

最後の11枚目の写真では前回の「粟飴」と「古代飴」を並べている。左側の色の濃い方が「古代飴」だ。

吾輩の味覚では「古代飴」の方が甘味がやや薄い気がした。そして「粟飴」と同様に甘味だけではない独特の美味しい風味が感じられた。もち粟ともち米のでんぷん質の違いから甘味や風味が異なっているのだろう。なお色の違いはビールの製造と同じように麦芽を作る過程の焙燥(ばいそう)によって変わってくるのでもち粟ともち米との原料による違いが原因かどうかは不明だ。

ちなみに「古代飴」のお値段は250g瓶入りで税込3,240円。前回の「粟飴」は同じ分量250g瓶入りで税込1,080円で、3倍の価格差がある。

「粟飴」も厳選された上越産のもち米を原料とし昔ながらの麦芽による製法であり、味は「古代飴」と比べて明確に違いがあるものでもなくどちらも独特の風味があり美味しい。
どちらを選ぶかは個人の好き好きや気分や思い入れなどがあるだろうが、「古代飴」が3倍高い250gで3,240円となるともはや高級食品の領域でかなりの贅沢品と言えるだろう。そもそももち米の「粟飴」でさえ250g1,080円といい値段だ。

14代ご主人も言っていたがこれらの高級水飴は料理や飲み物に混ぜて使うよりも直接舐めてじっくり風味を味わうのがいいとのことだ。
確かに料理にマルトース(麦芽糖)の優しい甘味を持たせる目的だけなら馬鈴薯やコーンスターチを原料とした量産品の安価な水飴で充分だろう。つまり「古代飴」や「粟飴」の微妙な風味は料理や飲み物へ生かすには及ばないということだ。

まあ、味を文章で表現するのは難しい。興味が芽生えたら自分で取り寄せて味わってみればいいだろう。

昭和天皇が崩御間近に所望した「粟飴」、そして昭和天皇もおそらく口にしたことはない225年ぶりに復活させた本物の粟を使った「古代飴」。これら両方の水飴をこのたび吾輩は体験し、太古の人々の甘味の楽しみに思いを馳せたのだった。

(おわり)

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