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【文明論について考える #1】過去の文明は、なぜ「滅んでも」人類を終わらせなかったのか

第1回|文明は「突然」滅びるわけじゃない

「今の文明、そろそろ終わるんじゃないか」

そう口にする人が、
ここ数年でじわっと増えてきた気がします。

  • 地球温暖化

  • 異常気象

  • 資本主義の行き詰まり

  • AIで仕事がなくなる不安

いろんな言葉で語られているけれど、
根っこにあるのは同じ感覚かもしれません。

「このまま進んだら、
どこかで壊れるんじゃないか」

シュンペーターが言った「文明の自壊」

経済学者シュンペーターは、
資本主義には「自己破壊のタネ」が
最初から埋め込まれている、
という話をしました。

資本主義は、
イノベーションで次々と古いものを壊していく。
それ自体は発展を生むけれど、
やがては自分の足場まで壊してしまう。

  • 効率化で仕事が減る

  • 競争で企業が疲弊する

  • 都市と地方の格差が広がる

  • 人々の心の余裕が削られる

仕組みとしては成長しているのに、
中で生きている人間はどんどん苦しくなる。

シュンペーターの見立ては、
今の私たちが感じている息苦しさと
妙に重なります。

歴史の中でも「文明の終わり」は何度も来ている

ただ、「文明の危機」は
今回が初めてではありません。

  • 古代メソポタミアの都市国家

  • ローマ帝国

  • 中世のいくつもの王国

  • 近代の帝国主義

どれも、絶頂期には
「このシステムは永遠に続く」と
本気で信じられていました。

でも実際には、
どの文明も「ゆっくり崩れ」、
あるとき「もう戻れないライン」
を越えています。

共通するのは、

  • 資源を使いすぎる

  • 都市に人と富が集中しすぎる

  • 貧富の差が広がる

  • 政治が硬直し、修正不能になる

といった状態が、
少しずつ積み重なっていくこと。

「ある日いきなり滅びる」のではなく、
じわじわと“修復不能な方向”に
曲がっていく感じに近いです。

神話や宗教が描いてきた「文明のリセット」

おもしろいのは、
こうした文明の揺らぎを

  • 洪水

  • 天変地異

  • 天罰

  • 最後の審判

といった物語で描いてきたことです。

ノアの箱舟のような物語も、
「全部終わる」の話でありながら、

  • すべてを失う怖さ

  • それでも生き延びる少数の人

  • そこから始まる“やり直し”

という、二重構造を持っています。

つまり人間は昔から、

「今ある文明は終わるかもしれない」
「それでも、完全なゼロではないはずだ」

という二つの感覚を
同時に抱えて生きてきたのだと思います。

今、「終わりの気配」に敏感な人たち

だから今、

  • 「100年は冬の時代だ」と言う人

  • 「無駄な消費をやめないと地球がもたない」と言う人

  • 「都市から離れて、自然とともに生きよう」と言う人

が出てくるのは、
ある意味では自然な流れです。

文明が成熟してくると、
かならず「この先の限界」を
敏感に感じる人たちが出てくる。

彼らはだいたい、

  • 自然

  • 子ども

  • 地域

  • これから生きる世代

をキーワードに話します。

「地球が怒っている」
「子どもたちの未来のために」
「今の生活は異常だ」

…たしかに言っていることはわかるし、
直感として共感できる部分もある。

でも、その言葉が

「だから文明を一回終わらせるべきだ」
「だから消費をやめて、ひっそり生きよう」

という方向に行きすぎると、
今を生きる大多数の人にとっては
ただの“絶望の宣告”にもなってしまいます。

「滅ぶか」「諦めるか」しかないわけじゃない

私が違和感を覚えるのは、
ここです。

  • 文明はいつか終わるかもしれない

  • 資本主義も永遠ではない

  • 地球環境も有限だ

…これは、たぶん正しい。

でも、

「だからもう縮小するしかない」
「だから100年は冬の時代だと受け入れろ」

だけでは、
あまりにも“途中”が抜け落ちている。

文明が揺らいでいるからこそ、

  • どこを修正できるのか

  • どこはあきらめるしかないのか

  • その上で、私たちは何を準備できるのか

ここを、もっと言語化していいはずです。

「文明が揺らぐ」とき、人は何をしてきたか

歴史を振り返ると、
文明が揺らぐタイミングで
人々がやってきたことは、
ざっくり三つに分かれます。

  1. システムの中で修正を試みる人
     法律や制度を変えようとする人たち。

  2. まったく別の枠組みをつくろうとする人
     宗教、共同体、新しい思想や運動。

  3. とにかく自分と身近な人の生存に集中する人
     地方に引っ込む、自給自足、移住など。

今の日本・世界を見ても、
この三つの動きが同時進行で
ゆっくり始まっているように見えます。

  • 制度や税制を変えようとする人たち

  • 地域通貨やコミュニティづくりをする人たち

  • キャンプやサバイバル、ローカルな暮らしに向かう人たち

「文明の終わり」を語るとき、
本当はこうした小さな動き一つひとつを
丁寧に見たほうがいいのに、

「もう縮小するしかない」
「100年は冬だから耐えるしかない」

とだけ言ってしまうと、
せっかくの多様な試みが
全部“諦め”の一色に塗られてしまいます。

このあと #2では

  • 実際に過去の文明が揺らいだとき
     人々が何をしたのか

  • 今の「村づくり」「地域通貨」「地産地消」的な動きが
     どういう安心感を生むのか

を、もう少し具体的に掘っていきます。


次回月曜日更新
【文明論について考える #2 】いまの資本主義は、歴史のどんな「終わり方」に似ているのか


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