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2/14 自分の映画やドラマの見方をふりかえった|毛布

ゆたんぽさん、娘ちゃんの入園準備の中考察してくれている。同じ作品を観ていても違う感想になるっておもしろいよなあ。SNSで流れている話題のシーン、完全にあれだな、と理解した。笑

ゆたんぽさんの考察を読んで、自分は作品を見るときに何に注目して、何を魅力的に感じるのかを改めて考えてみた。

何に注目しているのか

セリフに1番注目している気がする。その言葉の裏側を想像するのが好きだな。

セリフを口にした登場人物がどういう人物であるか、なぜそのセリフを口にしたのか、みたいな背景を想像するのが好きだ。自分が造りあげたその登場人物が自分と似ているか、いや、別の誰かと似ているなとか、新人種発見!とか。笑 登場人物を身近な人に置き換えて想像したりもする。もちろん、行動でもそのジャッジは行われるのですが、セリフからの情報を重視している気がするな。多分、それ現実世界でもそうかもしれない。人間観察的に作品をみている傾向があるのかも。

あとは脚本家の人の意図を想像するのも好き。何を伝えたいんだろう?ということを考えながら作品を観ている。そのため、メッセージがセリフに反映されている(そしてそれが直接的にではなく、セリフの端々に散りばめられている)作品が好きなのだと思う。自分で考えるのが好きなので、想像できる余白がある方が好きかも。

あとは、セリフ自体のよさにも注目している。同じメッセージを伝えるにしても、どんなセリフでそれを伝えるかが重要だ。

たとえば、話題にあげている「冬なん、春なん」の監督の今泉力哉の別作品である「愛がなんだ」の仲原青の「幸せになりたいっすね」というセリフがとても好きだ。仲原の色んな気持ちが詰まり詰まって、濁っているけどきらきらしていて、胸がぎゅっとして辛い。そのセリフを吐いた仲原は、自棄になっているようで前に進んでいるようで、停滞しているような、すごく揺れていて。そしてそれを聞いているテルコがその言葉の意味にまったく共感できずに立ち尽くす、というシーン。あれを観るために「愛がなんだ」を繰り返し観ている気がするな。色んな想像力を掻き立てられて、仲原という人物とテルコという人物の性格も表れており、(わたしが勝手に)脚本の気合いも入っているなあと感じる、とても好きなシーンです。

アクションとか演出重視のド派手な映画をあまり好まないのですが、多分作り手の重視している部分と自分が重視して観ている部分が違うからなんだと思う。

何に魅力を感じるのか

映画やドラマには、自分とは違う人生を生きている人たちの考えをのぞかせてもらっている感覚でいる。その中で、自分とは違う考え方を知るのはとても魅力的に感じる。その考えに賛成できるか反対かは関係なく、なるほど、そういう行動原理なのね!という発見は興味深い。

あとは、登場人物の言動(考え)に対してわたしだったらこうする(考える)なあ、というようなことを、観る中で考えさせてもらえるような作品は魅力的に感じる。

まさに「冬なん、春なん」や「愛がなんだ」はそれだ。わたしとは違った恋愛観を持つ登場人物に対してあーでもないこーでもないと考えるのが楽しくてたまらない。先日観た「陪審員2番」は、自分だったら何を優先して行動するだろうと考えさせてくれる作品だった。「ナミビアの砂漠」もまたちょっとちがった角度だけど同じようにおもしろかったな。これは主人公のカナのことを解釈するのが楽しかった。

最近の作品しか頭に出てこないw記憶を引き出す能力がもっとほしい…

あとは、先の話とはまったく別で、家族の話にどうも弱いっぽくて、特に親子関連は自分の感受性がかなり強く反応する。これは深掘ると何が根元に自分の家族関係とかもあるのかもしれないけど、1番は年齢かなあ。自分が親が自分を産んだ年齢になって親の気持ちも分かるようになったからこそのものなのか。特に、親から子どもが独立するようなシーンで強く感情が震える。本当、家族って不思議だ。


と、いろいろ考えたけど、そういうこともあって自分的には共感できるから好き、できないから嫌いということがあまりないのかもしれないなと思った。

食材(題材?)もあまり好みはないかな。恋愛でもサスペンスでも親子でも主に登場人物のセリフの好みで好き嫌いが決まりそう。調理方法(媒体?)や生産者の顔(監督や脚本家の人柄)も特に気にしない。


35年生きていてもまだおもしろいと思える作品が出てきてくれることが本当にありがたく、そういった出会いがこの先もありますようにと願うばかりだ。作品を作ってくれているみなさんを心から応援しています。

ゆたんぽさんの入園準備も心から応援しています!ファイト〜〜!

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