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介護業界!?あるある 自分編その151

「介護職員、『手が空いた瞬間』に何かしなきゃと焦りがち」

〜休んでいいと言われても、座っていられない〜

はじめに

珍しく、落ち着いた午後だった。

利用者さんたちは、思い思いに過ごしている。

記録も、終わった。

申し送りも、まだ先だ。

「……手が空いた」

久しぶりの感覚だった。

「休んでいていいですよ」

リーダーが言ってくれた。

「はい……」

椅子に座った。

「……」

「……」

「……何かやることあったっけ」

立ち上がった。

「Aさんのお茶、補充しとこう」

お茶を補充した。

座った。

「……」

「……Bさんの記録、もう一回確認しとこう」

確認した。

「問題なし……」

座った。

「……」

「……廊下、拭いておこうかな」

「休んでいていいって言われましたよね?」

同僚に言われた。

「……わかってるけど、座ってられない」

「なんでですか?」

「……わからん。でも、座ってると不安なんよ」

これが手が空いたときの、そわそわあるあるだ。

「何かやることあったっけ」の正体

「手が空いた瞬間」に来る「何かやることあったっけ」は、どこから来るのか。

最初は、本当に確認している。

「やり忘れたことがないか、確認しよう」

記録、確認した。

Aさんのお茶、補充した。

Bさんの薬、確認した。

廊下の安全、確認した。

「……全部終わってる」

でも、座れない。

「まだ何かあるはず」

「何かあるはずなのに、思い出せない」

「思い出せないから、不安」

「不安だから、動きたい」

「動くと、何かやってる気がして、安心する」

「安心するから、また動く」

「手が空いた不安」が、「動くことで解消される」の循環が始まる。

「……これ、休めてないですよね」

「休めてないです。体は動いてるから」

「でも止まれない」

「止まれないんですよね」

「なんでですかね」

「……介護の仕事って、常に何かしてないといけない仕事だから、手が空く状態が異常に感じるのかもしれません」

「異常に感じる?」

「そうです。手が空いている=何かやり忘れている、という方程式ができてしまって」

「……なるほど。手が空いていること自体が、エラーサインに見える」

「そうです。だから焦る」

ベテランほど焦る

不思議なことに、ベテランになるほど、手が空くと焦る。

「新人の頃は、手が空いたら嬉しかったんですよ」

「そうですよね」

「やっと休める、って思ってた」

「今は?」

「今は……落ち着かない」

「なんで変わったんですかね」

「……見えるものが増えたから、かな」

「見えるもの?」

「新人の頃は、やることが見えなかった。だから手が空いたら、本当に何もなかった」

「でも今は?」

「今は、見えるんですよ。Cさんの爪が少し伸びてきてる、とか。Dさんの居室の花が水を必要としてる、とか」

「だから、手が空いても何かが目に入る」

「そうなんです。やることが、どこかに見えてしまう」

「ベテランほど、見える量が多い」

「だから、手が空いても、やることが見つかる」

「……休めないですね」

「休めないです。でも、それだけ施設のことが見えてるということで」

「ベテランの証拠ですね」

「証拠なんですけど……休みたいです、たまには」

「そうですよね」

「休んでいい」が難しい

「休んでいいですよ」

この言葉が、難しい。

「頭ではわかってるんです。休んでいいって」

「でも?」

「体が動いてしまう」

「意志の力では止まれない?」

「止まれないんです。座ってると、3分くらいでそわそわしてきて」

「3分!」

「3分で限界です」

「何かしてないと、どんな気持ちになるんですか?」

「……さぼってる気持ち」

「さぼってる?」

「そうです。何もしていない=さぼっている、みたいな感覚が来る」

「でも、リーダーから休んでいいって言われてるんですよね」

「言われてます。でも……Eさんが廊下を歩いてるのが見えたら、声かけたくなるし」

「それはもう仕事ですよね」

「仕事なんですけど、声かけたい」

「……完全に休めないんですね」

「休めないです。でも、嫌じゃないんですよ」

「嫌じゃない?」

「そわそわするけど、嫌じゃない。Eさんに声かけたくなるのは、Eさんのことが気になってるからで」

「気になるから、動く」

「そうです。義務じゃなくて、気になるから動く。その違いは、自分でわかる」

「……それが、この仕事を続けてきた人の動き方なんですね」

「かっこよく言いすぎですけど……まあ、そうかもしれない」

Aさんに気づかれた日

「あんた、さっきからうろうろしとるな」

Aさんに言われた。

「そうですか?」

「そうやで。お茶を持ってきて、廊下を拭いて、また戻ってきて」

「……そんなに見てたんですか?」

「ここから全部見えるんや」

「そうでしたか……」

「休んでいいんやないか?」

「え?」

「リーダーが休んでいいって言っとったやろ。聞こえとったで」

「……聞こえてたんですか」

「聞こえとった。なんで休まないんや?」

「……座ってると、落ち着かなくて」

「そうか」

Aさんが、隣の椅子をポンポンと叩いた。

「ここ座り」

「いいですか?」

「ええから座り」

座った。

「落ち着かんか?」

「……少し、落ち着いてきました」

「そうやろ。一人で座ってるから落ち着かんのや。誰かと一緒におったら、落ち着く」

「……なるほど」

「わしも、一人でおると落ち着かん。誰かがそばにおったら、安心する」

「利用者さんと同じですね、私」

「同じやろ。人間は一緒や」

「……ありがとうございます、Aさん」

「礼はいらん。ゆっくりしなさい」

「はい」

しばらく、Aさんの隣に座っていた。

3分以上、座っていた。

落ち着いていた。

「……休めてます、今」

「そうやろ」

「Aさんのそばが、一番休めます」

「そうか。ほな、またここに来なさい」

「来ます」

「約束やで」

「約束します」

手が空くことの大切さ

「手が空くことって、大事なんですよ」

先輩が言った。

「大事ですか?手が空くと焦ってしまうんですが」

「焦るのはわかる。でも、手が空いた時間に、気づくことがあるの」

「気づく?」

「忙しく動き回ってるとき、見えないものがある」

「たとえば?」

「Fさんが窓の外をぼんやり見てること。Gさんが誰かと話したそうにしてること。Hさんの表情がいつもと少し違うこと」

「忙しいと見えない?」

「見えない。動き回ってると、目に入っても止まれないから」

「手が空いたとき、初めて気づける?」

「そう。だから手が空いた時間は、観察の時間でもあるの」

「動かなくていい観察?」

「そう。座って、ただ見る。それだけで、大事なことに気づくことがある」

「……手が空いたとき、動くんじゃなくて、見ることをしてみます」

「それが、ベテランの休み方よ」

「ベテランの休み方……」

「体を休めながら、目は働かせる。動かないけど、仕事してる」

「……それなら、座っていられそうです」

「でしょ?休んでいいと言われたとき、座って利用者さんを見てみて」

「やってみます」

「きっと、何かが見えるから」

座って見えたもの

次に手が空いたとき、座ってみた。

動かずに、ただ座って、食堂を見た。

Iさんが、窓の外を見ていた。

「Iさん、何か見てるんだろう」

Jさんが、手を動かしていた。

「Jさん、何かを折ってる。折り紙かな」

Kさんが、Lさんに何か話しかけていた。

「Kさん、楽しそうだな。Lさんも笑ってる」

Mさんが、一人でいた。

「Mさん、いつもより静かかな……」

気づいたら、5分経っていた。

「5分、座れた」

動かずに、5分。

「……Mさん、声かけてみよう」

「Mさん、今日は静かですね」

「……そうかな」

「何か気になることありますか?」

「……今日、息子の命日でな」

「そうでしたか……」

「毎年この日は、しんどいんや」

「一緒にいていいですか?」

「……おってくれるか?」

「はい」

Mさんの隣に座った。

動かずに、ただそばにいた。

「座って見たから、気づけた」

先輩の言葉が、正しかった。

手が空いた時間が、一番大事な仕事になった。

おわりに

介護職員、「手が空いた瞬間」に何かしなきゃと焦りがち。

これは止まれない体質の、温かいあるあるだ。

「何かやることあったっけ」

お茶を補充して、記録を確認して、廊下を拭いて。

「休んでいいですよ」と言われても、3分で立ち上がってしまう。

ベテランになるほど、見えるものが増えるから、手が空いても何かが目に入る。

「さぼってる気持ち」が来るから、動いてしまう。

でもAさんが教えてくれた。

「一人で座ってるから落ち着かんのや。誰かと一緒におったら、落ち着く」

そして先輩が教えてくれた。

「手が空いたとき、動くんじゃなくて、見ることをしてみて」

座って見たら、Mさんの静けさに気づいた。

声をかけたら、息子さんの命日だと教えてくれた。

「手が空いた時間が、一番大事な仕事になった」

動かないことも、仕事だった。

今日もどこかで、手が空いた職員が立ち上がっている。

「何かやることあったっけ」

「休んでいいですよ」

「……わかってるけど、座ってられなくて」

「じゃあ、座って利用者さんを見てみてください」

「……それなら、できます」

その5分が、今日も誰かの気づきになっている。

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