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【介護の現実】お願いだから、クーラーだけはつけてほしい──それでも義母は、根元から電源を抜きました

※この記事は、
「冷房を嫌がる高齢者への対応に悩んでいる方」
「認知症介護にもどかしさを感じている方」
「義理の家族との距離感に葛藤している方」
に向けて、筆者自身の体験をつづった実話です。

※初回リリース記念のため、しばらくの間は100円でお読みいただけます。

はじめに|クーラー戦争の始まり


クーラー戦争と呼んでいました。
「お願いだから、クーラーだけはつけておいてほしい」
そう何度お願いしても、義母は電源を切ってしまいました。

義母は、極度の倹約家でした。
「もったいない」が口ぐせで、エアコンは“贅沢品”だと考えていました。
扇風機と保冷剤だけで夏をしのいできた義母にとって、クーラーは「なくても大丈夫なもの」だったのです。

しかし、認知症となり介護が必要になってから、体温調節も難しくなってきました。
熱中症のリスクがよく理解できないのか、「風が寒い」と電源を切ってしまいます。

私たちは、エアコンのリモコンを目のつかないところに置くようにしました。

すると脚立にのぼり、根元から電源コードを引き抜いてしまいました。

私たちにとって、それはまさに“クーラー戦争”でした。

第1章|義母が冷房を拒んだ「理由」


義母は、女手ひとつで子ども二人を育ててきた人でした。
「誰にも迷惑をかけたくない」という思いは、誇りであり、同時に信念でもあったのだと思います。

義母は老後の資金に乏しく、贅沢を避け、つつましく生活していました。
夜は早く寝て、電気の使用を控える。電化製品は使わないようにしていました。

そうした暮らしを何十年も続けてきた結果、「暑い」「寒い」といった感覚そのものが、少し鈍っていたのかもしれません。

・お金をできるだけ使いたくない

・誰にも迷惑をかけたくない

・自分では暑くないと感じている

・これまであまり関わってこなかった嫁が、急に口出ししてくる戸惑い

そのどれもが、義母にとっては「正しい理由」だったのだと思います。

しかし、私は「熱中症になるから危険」という自分の正しさを押し付けていました。

第2章|“正しさ”では届かなかった思い


当時の私は
「熱中症で亡くなる人もいる」と不安になり、
「こんなに頑張っているのに」と怒りを感じ、
「どうしてわかってくれないのか」と、疲れ果てていました。

私は何度も、クーラーをつけてほしいとお願いしました。
貼り紙もしました。風よけも買ってきて、設置しました。

でも、義母にはどれも届きませんでした。届かなかったのは、「私の考える正しさ」だったのかもしれません。

しかし、私が「正しさ」を主張したクーラー戦争にも終わりが見えてきたのでした

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