『二十一歳、文士の留守番』知りたがり向け深掘り解説
この作品は、「何が起きたか」ではなく、「主人公の心がどう変わったか」を読む小説です。
事件らしい事件はありません。
でも、主人公・朔ちゃんは、この一日で少しだけ大人になります。
その変化を5つのポイントで見てみましょう。
① イヨさんは「母親」ではない。でも母親のような存在
冒頭でイヨさんは、
財布を持った?
ハンカチは?
傘は?
縁側で寝るんじゃないよ。
と何度も確認します。
朔ちゃんは
「子どもじゃねェんだから」
と照れます。
ところが、イヨさんが歩き去ると、
今度は朔ちゃんが黙って
「気ィつけてな」
とつぶやきます。
つまり二人は、
お互いに心配し合っている家族のような関係なのです。
血のつながりではなく、 暮らしの中でできた家族。
この作品は最初から、その温かさを描いています。
② 留守番になると、人は本性が出る
イヨさんがいなくなると、
朔ちゃんは仏壇のお菓子を食べ、
酒を飲み、
煙草を吸います。
これは悪いことを描きたいのではありません。
作者が描いているのは、
「誰も見ていない時、人は何をするのか」
です。
朔ちゃんは、
「今日は自由だ。」
という気持ちになります。
でも、その自由を何に使うかで、 その人の中身が見えてしまいます。
③ お酒と煙草は「大人」の象徴ではなく、「背伸び」の象徴
朔ちゃんは、
酒を飲み、
煙草を吸い、
「勝った」
とつぶやきます。
誰に勝ったのでしょう。
実は、
子どもの自分
です。
「俺ももう大人なんだ。」
そう思いたかった。
でも結果は、
煙草でむせ、
苦しくなり、
咳き込みます。
つまり作者は、
大人らしさは形だけでは手に入らない
と言っています。
これは大正時代の文学青年によくあるテーマです。
④ 庭は主人公の心そのもの
この作品で一番美しい場面は庭です。
花は何も変わっていません。
昨日も、
一昨日も、
同じように咲いていました。
変わったのは、
朔ちゃんの心です。
だから作者は、
植物をたくさん描きます。
石蕗
水仙
福寿草
蝋梅
八手
花は、
主人公の心を映す鏡になっています。
文学ではこれを
「心情風景」
と呼びます。
景色を書きながら、
心を書いているのです。
⑤ 八手は「過去」と「今」をつなぐ花
八手を見ると、
昔の友達の言葉を思い出します。
「おめェはおかしな奴だな。」
誰もいないのに、
思わず振り返ります。
これは、
過去が今によみがえった瞬間
です。
人は匂いや景色で、
昔を思い出します。
作者はそれを、
説明ではなく、
八手という植物だけで表現しています。
とても文学的な場面です。
⑥ 揺り椅子が主人公そのもの
この作品で最も重要なのは、
揺り椅子です。
昨日まで物置にしまわれていました。
つまり、
使われず、
忘れられていた存在です。
でも今は、
縁側で夕日に照られています。
実はこれ、
朔ちゃん自身でもあります。
彼もまだ、
人生の居場所を探している青年です。
だから揺り椅子に座ることで、
自分自身を受け入れていくのです。
⑦ 「きしり」と「ゆらり」の意味
作品では、
何度も
きしり
ゆらり
が繰り返されます。
このリズムは、
読んでいる人まで眠くなるほどゆっくりです。
作者は、
音で時間を止めています。
つまり、
ここでは物語を進めたいのではなく、
穏やかな時間そのものを味わってほしい
のです。
⑧ 最後の郵便が意味するもの
眠っているところへ、
郵便屋さんが来ます。
ここで夢は終わります。
つまり、
主人公は現実へ戻ります。
でも最初と違うのは、
心が落ち着いていることです。
朝は
酒、
煙草、
背伸び。
夕方は
本、
干柿、
揺り椅子。
最後には、
静かな時間を楽しめる人へ少し成長しています。
この作品が本当に伝えたかったこと
一見すると、
「青年が留守番して煙草を吸った話」
です。
しかし本質は違います。
作者が描きたかったのは、
人は「大人らしいこと」をして大人になるのではない。自分が安心して過ごせる場所や時間を見つけたとき、少しずつ大人になっていく。
ということです。
だから最後は酒でも煙草でも終わりません。
揺り椅子に揺られ、本を読み、夢を見て、郵便屋の声で目を覚ます。
この何気ない締めくくりこそが、「朔ちゃんはもう少しだけ、自分らしく生きられるようになった」という、この作品最大のメッセージなのです。
