『しおりのつづき』知りたがり向け深掘り解説
この話は表面だけ読むと、
「友達がいなくなって、バイトして、ポテト食べて笑った話」
です。
でも本当に描かれているのは、
「喪失を受け入れるまでの心の動き」
です。
木島君がいなくなったことによって、瑞樹の心の中にぽっかり穴が開いています。
この回は、その穴をどう埋めるかではなく、
「穴が開いたままでも人は生きていく」
という話なのです。
① 木島君は「風」のように去る
まず印象的なのが木島君の去り方です。
普通なら、
別れの言葉
感動的な手紙
涙の再会の約束
みたいなものがありそうです。
でも木島君は違います。
痕跡をほとんど残しません。
洗い物まで片付け、
布団まで整え、
鍵まで開けて去る。
まるで最初から存在しなかったかのように。
ここで作者は、
「人との出会いは必ずしも区切りよく終わらない」
ことを描いています。
人生には、
「気づいたら終わっていた関係」
が意外と多いのです。
卒業した友達。
転校した同級生。
疎遠になった知人。
みんな気づけばいなくなっています。
木島君はその象徴です。
② 本だけが残された意味
木島君が残したのは本です。
しかも、
しおり、はずすべからず!
という条件付き。
ここがこの回最大のポイントです。
普通、本を読むならしおりを動かします。
でも木島君は動かすなと言う。
つまり、
「まだ続きを読むな」
と言っているようにも見えます。
もっと言うと、
「今はまだ知らなくていい」
という意味にも読めます。
人生には、
すぐに答えが分からない出来事があります。
なぜ別れたのか。
なぜ死んだのか。
なぜ去ったのか。
それらは時間が経ってから理解できることがあります。
しおりは、
その「まだ来ていない時」を表しているように見えます。
③ 白菜は何を表しているのか
この作品では白菜が妙に重要です。
普通ならギャグです。
玄関に白菜がある時点で変です。
しかも撫でています。
しかし文学的に読むと、
白菜は単なる野菜ではありません。
白菜は、
木島君がいた証拠
です。
部屋から人の気配は消えました。
でも白菜だけは残っている。
だから瑞樹は白菜に向かって、
お疲れ様、ありがとう
と言うのです。
本当は白菜に言っているのではありません。
心のどこかで、
木島君に言っている。
それがわかる場面です。
④ 「世の中は思いの外、平常運転だ」
この一文は非常に重要です。
瑞樹にとっては大事件です。
しかし街は普通に動いています。
犬は吠える。
車は走る。
店は開く。
コーヒーは香る。
つまり、
世界は誰か一人の悲しみでは止まらない。
ということです。
これは残酷でもあります。
でも同時に救いでもあります。
もし世界まで止まってしまったら、
人は立ち直れません。
世界が動き続けるからこそ、
人も少しずつ前を向けるのです。
⑤ トルストイが突然出てくる理由
作中に突然、
誰かの日常は誰かの非日常
という流れで
トルストイ
が出てきます。
これは作者の遊び心でもありますが、
実はテーマそのものです。
例えば、
正月に家族で笑っている人がいる。
その隣では仕事で忙しい人がいる。
誰かは幸せ。
誰かは孤独。
誰かは悲しい。
全部同じ世界で起きています。
つまり、
世界には無数の物語が同時進行している。
瑞樹はその事実に気づき始めています。
だから「トルストイが通りすがった」という表現になるのです。
⑥ バイト先の描写が長い理由
この回の後半はほとんどバイト描写です。
物語としては地味です。
しかし意味があります。
作者は、
大事件のあとにあえて日常を書く。
なぜか。
それは、
人生の大半は日常だから。
人は失恋しても腹が減ります。
大切な人を失っても仕事があります。
泣いた翌日も朝は来ます。
だから作者は、
レタスを切る。
スープを温める。
客が来る。
という退屈な日常を丁寧に描きます。
その積み重ねこそが、
人を救うからです。
⑦ 最後の「しなしなポテト」
最後に三人でしなしなポテトを食べます。
普通なら失敗作です。
カリカリじゃありません。
商品としては微妙です。
でもこの回では、
しなしなポテトこそが象徴です。
瑞樹も今、
しなしなです。
店長もしなしなです。
牧野先輩もしなしなです。
みんな完璧じゃない。
元気いっぱいでもない。
どこか疲れている。
どこか寂しい。
それでも集まって笑う。
だからポテトは、
不完全な人間そのもの
なのです。
この回の本当のテーマ
知りたがり向けに一言でまとめるなら、
「人は喪失を乗り越えるのではなく、抱えながら生きていく」
です。
木島君を忘れたわけではありません。
寂しさも消えていません。
答えも見つかっていません。
それでも、
朝起きる
仕事をする
誰かと話す
ポテトを食べる
そうしているうちに、
人生は次のページへ進んでいく。
だからタイトルの
『しおりのつづき』
とは、本の続きだけではありません。
木島君との思い出をしおりのように挟みながら、
瑞樹自身の人生の続きを生きていくことを意味しているのです。
