幸せですか?あなたのスケルトンは元気ですか? 第54回スケルトンを助けるとん大作戦
こちらのnoteでは、今まで出会えなかったたくさんの素敵なクリエイターの皆様の記事に出会うことができとても幸せな気持ちになります。多くの方の意見や考えに触れると刺激がもらえます。 心が軽くなったり、反対に「真剣に考えねば」と見につまされたり。ひとつの街のよう。
最強のマガジン【おジャ魔ガよもぎ|よもぎ|note】にて、記事を紹介していただきました。
よもぎさん、どうもありがとうございます。
日陰と日向、はっきりと区切られている。
どちらがいいのだろう、と考えた時
日陰を選んでしまうのが私です笑
何ってことはないのですが、トップ画像のお写真に前向きな陰鬱を覚えました☺︎
なんといいますか、懐かしさというか。
若き日の自分の諦観といいますか……
思い出した時に、気だるさの中に「楽しかったなあ」と感じてしまうあれです。
一枚の写真がそれを呼び起こしてしまいました笑
やっぱりゆきお様ってすごいです。
(よもぎ先生かく語りき)。
よもぎ|note
魂の作家よもぎさんの最新作はこちらのマガジンから↑
あなたのお気に入りはどの作品ですか?
歳をとること自体は避けられない。しかし、動きの質を磨くことはできる。
note記事からの抜粋です。
「もう歳だから」ではなく、「歳を重ねるほど良くしていける」。
その発想の違いが、あなたの未来(身体)を大きく変えていく。
まさにその発想こそ、動きの質に影響大であります。
いつも本質に気づかせてもらえる記事のシェアをありがとうございます。
◯月◯日(◯曜日)
朝、目が覚めた。
夜、ちゃんと眠れた。
それだけで十分ラッキーなんだよな。本当は。
でも多くの人は、それを“当たり前”として雑に処理してしまう。だから幸福感が薄い。
俺は毎日、自分の解像度を上げたいと思ってる。
何を食ったとか、誰に会ったとか、どんすなコメントが来たとか。そういう細部をちゃんと拾う。
人生って、結局「感じ取れる能力」で決まる。
金があっても、不感症みたいに生きてたら意味がない。
振り返る目的は2つ。
1つ目。
小さな幸せを見逃さないため。
コーヒーがうまい。
天気がいい。
記事にコメントがつく。
「読んで救われました」って言われる。
こういうの、本来めちゃくちゃ価値ある。
なのにみんな、SNSで他人と比較して、自分の幸福をゴミみたいに扱う。
もったいない。
2つ目。
自分の“超能力”を磨くため。
超能力っていうのは、空を飛ぶとかじゃない。
人を喜ばせる力だ。
文章でも、会話でも、アイデアでもいい。
誰かを少し前向きにできるなら、それは十分才能だと思う。
noteに書いた記事に「スキ」がつく。
コメントをもらう。
あれ、めちゃくちゃ嬉しい。
だって、自分の頭の中にあったものが、誰かの心に届いたってことだから。
インターネットって、本来そういう“感情の流通”が面白い。
最近思うんだけど、幸せに理由なんていらないんだよな。
条件付き幸福って、だいたい不自由だ。
「年収◯千万になったら幸せ」
「有名になったら幸せ」
「誰かに認められたら幸せ」
いや、その設定、誰が決めたの?って話。
今、生きてる。
体験できる。
失敗できる。
飯が食える。
文章が書ける。
それだけで、かなり面白いゲームの中にいる。
良いことも悪いことも、全部“体験”なんだよ。
だったら全部ネタになるし、全部回収できる。
最近は本気で思う。
世の中の出来事って、全部、自分を楽しませるために存在してるんじゃないかって。
たよろよろ図書館DATABASEさんに記事を紹介していただきました。
ありがとうございます。
これまでに何度
疑って、隠して、距離を保って
思ってもないことを言って
出かかった言葉を飲み込んで
LINEを未読無視して
逃げ出して
親愛の情を向けてくれた人のことを
無碍にしてきたでしょうか。
そのくせに孤独を憂いたりもするなんて
なんて憐れなのでしょうか。
そう思うと、やはり私は
私が醜く思えて仕方ないのです。
note記事からの抜粋です。
