知りたがり向け深掘り解説
この小説は、表面だけ読むと、
「変わった友だちと待ち合わせして、デパートをうろうろして、家に行くだけの話」
です。
でも、作者が本当に書きたかったのは、「人と人との距離感」や「自分とはまったく違う人を理解していくこと」なんです。
① 白石は宇宙人みたいな存在
まず考えてほしいのは、白石という人物です。
普通の人なら、友だちの家へ行くときに聞くことは、
家はどこ?
何時に行く?
お土産は何がいい?
くらいですよね。
ところが白石は、
「君、家族構成は?」
と聞きます。
さらに、
「おばあちゃんは何が食べられないのですか?」
と質問していきます。
つまり白石は、「悠来」という一人の人間を見るのではなく、
「悠来を取り巻く世界全部を知ろうとしている」
んです。
中学生くらいになると、人はつい、
「自分を理解してほしい」
と思うようになります。
でも白石は逆なんです。
「自分が相手を理解したい。」
というタイプ。
だから、少し変わって見えるのです。
② 悠来は白石を説明できない
宮田に、
「彼女?」
と聞かれたとき、悠来は、
「友だ……クラ……友……」
と言葉に詰まってしまいます。
ここはとても大事な場面です。
皆さんは、
親友
クラスメイト
恋人
部活の仲間
と、人との関係に名前をつけますよね。
でも世の中には、
「何て呼べばいいのかわからない相手」
がいます。
悠来にとって白石は、まさにそんな存在なんです。
この小説は、
「人間関係は、必ずしも言葉で説明できるものではない。」
ということも描いています。
③ 白石は悪気がまったくない
白石は、
「ルミネで遊んできてください。」
と言って、一人でどこかへ行きます。
普通なら、
「なんだこいつ!」
と思いますよね。
でも面白いのは、白石には悪気が一切ないことです。
電話でも、
「待ちくたびれましたよ。」
と言っています。
読者は、
「待たせたのお前だろ!」
と思わずツッコミを入れたくなります。
つまり作者は、白石を通して、
「世の中には、自分の常識が通じない人もいる」
ということを書いているのです。
④ 宮田は『普通の中学生』を表している
宮田は、
恋愛の話が大好き
女の子の話になると盛り上がる
写真を見たがる
という、ごく普通の思春期の男の子です。
作者は、わざと宮田を登場させています。
なぜなら、
「普通の男子高校生ならこう考えるよね」
という読者の気持ちを代弁しているからです。
もし宮田がいなかったら、
「白石って変な人だな」
で終わってしまいます。
でも宮田がいることで、
「白石は、本当に普通とは違う人なんだ。」
ということが、よりはっきりわかるのです。
⑤ 「ルミネ」は青春の舞台
この小説のタイトルは、
「もしくは、ルミネ」
です。
実は、ルミネは単なるショッピングビルではありません。
青春小説では、
駅
電車
デパート
商店街
ファミレス
などがよく使われます。
なぜかというと、
「大人になる途中の子どもたちが、自由に動ける場所」
だからです。
ルミネは、
「家でも学校でもない第三の場所」
なんです。
つまり、
悠来と白石の関係が少し変わる場所
として描かれています。
⑥ 「お守り」に込められた意味
宮田が最後に、
「お守り。」
と言って何かをポケットに入れます。
作者は、その正体をわざと書いていません。
おそらく、
恋愛のお守り
ネタとして渡したもの
友だちとしての応援
など、いろいろ想像できます。
大切なのは、
「宮田は悠来のことを心配している」
ということです。
からかってばかりのように見えて、最後にはそっと背中を押してくれています。
⑦ 最後の文章が一番重要
最後に、
梅雨明け宣言直後の真新しい太陽がアスファルトを灼いている。
という文章があります。
梅雨は、
雨ばかりで空が曇っている季節
です。
それが終わると、
夏が始まります。
つまり、この文章は、
「悠来の新しい世界が始まる」
という意味を持っています。
白石という、自分とはまったく違う価値観を持った人間と出会い、これから何かが始まる。
作者は、それを「梅雨明け」という季節の変化で表現しているのです。
この小説のテーマ
この小説のテーマは、
「人は、自分とは違う人間と出会うことで、少しずつ世界が広がっていく。」
だと考えられます。
白石は変人です。
でも、変人だからこそ、悠来が今まで知らなかった世界を見せてくれる存在でもあります。
たいがいは、「自分と違う人」を苦手だと思ってしまいます。しかし、この小説は、
「違うからこそ、おもしろい。」
「理解できないからこそ、一緒に歩いてみる価値がある。」
ということを、夏の始まりの風景とともに描いているのです。
深掘りポイント
この小説は「事件が起こる物語」ではなく、「人と人との距離が少し縮まる瞬間を描いた物語」です。白石は悠来の家族や猫のことまで知ろうとします。それは、「君という人間は、君ひとりでできているわけじゃない」という作者からのメッセージなのかもしれません。
だからタイトルが「もしくは、ルミネ」。主人公たちはルミネを歩いているようで、実はお互いの世界の入り口を歩き始めているのです。
