見出し画像

もしくは、ルミネ

「君、家族構成は?」

改札を抜けるや否や、白石は振り向きざまに言った。
「は?」
奴が唐突に止まるものだから必然的に俺も足を止める。
背中に衝撃を感じたと同時に声を聴いた。
「……失礼しました! よく見ていなくて……」
「あの、いや、その……」
振り向いた時にはもう、それらしい人物は雑踏に紛れていた。
俺は謝罪しそびれた。

白石は何か言うでもなく一心にこちらを見つめてくる。
見つめてくる、というよりは瞳孔の裏を観察している、と言った方がしっくりくる。

「父さん、母さん、妹、ばあちゃん、猫と猫。」
「わかりました。君が生クリームとマヨネーズがだめなこと以外に言っておくことは?」
「ばあちゃんがつぶあん食えない。あと猫が乾いたエサを食わない。」
「わかりました。では君はルミネで遊んできてください。」
なぜ、そうなる。
俺は、言いかけてやめた。

「ちなみにですが、猫の種類は?」
白石は首を傾げた。
「アメショー。」
「なるほど、お会いするのが楽しみです。」
「はあ?」
「ではのちほど。」
そう言い残し、奴はルミネじゃない方、、、、、、、、へと消えていった。

俺はどうにも釈然としないまま、エスカレーターに乗った。
上へ上へと運ばれていく中で、景色か行動かがゲシュタルト崩壊を起こしたらしく足がもつれた。
よろけて降りたった階をあてもなく歩いていた。

「あれ? 悠来ゆうき?」
「ああ……なんだ、宮田か。」
「反応薄っ。なんだってことないだろ?」
「ごめん、ごめん。おお、宮田か、久しぶり……だね! ハハッ!」
「怖い、怖いって! やめろよ……その無感情のミッキーマウスみたいなやつ……」

わけのわからない例えのせいで、逆輸入的に笑ってしまった。
宮田は「何笑ってんだよ」と肘で鳩尾を打った。

「あれ、悠来どこ高だっけ?」
「アサガク。」
「あれ? 中附ちゅうふじゃなかった?」
傷を抉るな。
癒えかけていた傷を抉るな。
「ごめん、ごめんって!」
宮田は俺の背を撫でた。
無意識に胸に当てていた手を離し、「大丈夫」を装った。
「そういや何やってんの?」
「サッカー。」
「じゃなくて。今、たった今、ナウ、何してんの?」
「ああ……」

なら最初から「今」何しているのかと聞け。
と思ったが、おそらく俺はそれでも宮田のお望みどおりに答え出せる自信はなかった。

「友だ……クラ……友……」
なんだろう、あいつは一体なんなのだろう。
宮田の口角が意地悪く上がり始めた。
「わかった、彼女だ。」

やっぱりだ。
宮田は中二あたりからこの調子だ。
なんだって女、女だ。
中一までは口を開けば虫、揚げパン、ポケモンだったくせに。
「図星だろ? どんな子だ? 背は? 高い? 低い? かわいい寄り? それとも綺麗系?」
ズボンのポケットで携帯が震えた。
これ幸いと、俺は通話ボタンを押す。

「はい……」
「君、今どこにいますか?」
「ルミネだよ。ルミネの七階。」
宮田が肩を叩く。
しきりに壁を指さしている。
「間違えた、八階。」
「そうですか……。」
電話越しに、乗換案内のアナウンスが途切れ途切れに聴こえる。
音は強弱を繰り返した。

「待ちくたびれましたよもう。」
「いや、お前が俺を邪魔扱いしたんだろうが!」
「してません。少しばかり気晴らししてみては、という提案だったのですが。」
「はあ……」
「とりあえず待っていますよ。」
一方的に電話が切れた。

俺はわざとらしく通話終了のブザー音を鳴らしたまま宮田に言う。
「なんか、怒ってるから行くわ。」
「一緒に行って謝ってやろうか。」
「それは単に、お前が白石見たいだけだろ。」
「白石っていうのか、その子。」
あ、と思った時にはもう遅い。
宮田は思春期特有の粘っこい微笑みをたたえている。

「まあいいや、行けよ。あとこれ。やるよ。」
宮田は俺のズボンのポケットに何か捩じ込んだ。
「お守り。」
今更引っ張りだして突き返す気力もなかった。
「そりゃどうも。」
下りエスカレーターに右足を乗せたところで「あとで写メ送れよ! 白石ちゃんの。」と叫ぶのを聞いた。
適当に手をひらつかせておいた。

何となく、宮田が野次馬根性的に追っかけてきているような気がして幾度となく後ろを見た。
その度に胡乱がる女の瞳に「すみません」と頭を下げた。

足を置いていた乗降板じょうこうばんが吸い込まれてから間も無く、白石の姿を見つけた。

「お待ちしておりました。」
奴は朗らかに笑っていた。
お前が待たせたんだろ、とはどうにも言いづらかった。
「せめて君が四階ないし五階にいてくれれば、文句のひとつも言えたのですが……」
いや、わりと文句……言ってたよな。
「七階じゃあどうしようもありませんね。」
「八階。」
「おや、失礼しました。」

白石は鞄を持ち直した。
さながら、生き物でも抱くみたいに。

「では、行きましょうか。」
「俺んち、知らないだろ。」
「そうでした。」

俺はポケットに手を突っ込んだ。
かさり、と音を立てた四角いパッケージを握り込んで鞄へ放り込む。

梅雨明け宣言直後の真新しい太陽がアスファルトを灼いている。
強過ぎる陽射しの下にたった今、踏み出したところだ。


本日も【習作】です。



大正時代の話。


文学部的初恋の話。


今日の習作はこれの続きとしても読めなくもない。


朝飯に山盛りクリームパンは許せる?
それとも許せない?


白石、ちょっと、変な奴。


ゆきお様・解説
自分の常識が通じない相手がいる。
が、しかしそんな時に考えてみる。
その常識は本当に常識なのか。
常識とは何か、を。

いいなと思ったら応援しよう!

よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し

この記事が参加している募集