わからないものを、わかる形にする。ずっとそれをやってきた気がする
少し前「意思決定デザインの5ステップ」という記事で、選択の話について書いている。今日は少し違う話をしたい。論理より先に、直感で動いてしまった話だ。
52歳で、28年勤めた会社を早期退職した。
そこから2年ほどで、FP1級、CFP、宅建士、賃貸不動産経営管理士、危険物取扱者甲種、簿記2級と、資格を次々に取ってきた。
正直に言うと、当時は「なぜこれを選んだのか」を筋道立てて説明できなかった。
「FPは将来役に立ちそうだから」
「宅建は資産形成に関係するから」
後付けの理由はいくらでも作れる。
けれど選んでいる瞬間の自分は、そこまで論理的ではなかったように思う。ただ、気になったから手を伸ばした。それだけだった。
広告も、FPも、宅建も、危険物も——分野としてはバラバラだ。
周囲から見れば、迷走しているように見えたかもしれない。
共通しているのは、興味を持てる対象が、たまたま「制度」や「ルールの積み重なった仕組み」だった、ということだと思う。
別に、なんでも理解できるわけではない。
むしろ興味を持てない分野には、まったく手が伸びない。
自分の場合、たまたまそこに惹かれた、というだけの話だ。
振り返ってみると、そうして自分が選んできたものには、ひとつの共通点があるような気がしている。
わからないものを、わかる形にすること。
自分が興味を持てる範囲に限られる話ではあるけれど、複雑でとっつきにくい制度や仕組みを、誰かが「なるほど」と思える形に変える。
広告の仕事も、資格の勉強も、今のFPの仕事も、突き詰めればそこにつながっている気がする。
とはいえ、まだこれを確信を持って言い切れるわけではない。
まだ言葉にできていないが、方向のようなものはある——今のところは、そのくらいの解像度だ。
点と点が全部つながって、きれいな線になったわけではない。今も手探りの部分は多い。
それでも、こうして振り返る時間を持てたことで、自分の中では少しだけ見え方が変わった気がしている。
もしかしたら、同じように感じている人もいるかもしれない。
自分の選択がバラバラに見えていて、なぜこれをやっているのか自分でもうまく説明できない、という状態。
自分自身、今もその途中にいる。
すべての点が後からつながる、と言い切れるほどの確信はない。
ただ、あのとき気になったことに手を伸ばした自分を、今のところは否定していない。
迷いも手探りも込みで、ただ、今が一番面白い。
