今回のイラン攻撃にまつわる世界史と地理のハードル (本文1975文字)
私は既に就職しているが、とある理由により高校の科目を学習している。
この学習は独学でるが、過去に高校教育を受けているので、基本的に復習である(そのはずである。)。
そのため(独学であるからこそ)、学習に役立ちそうなことには注意が向いている。
2026年2月にアメリカとイスラエル(以下「アメリカら」という。)がイラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)に空爆したことから、アメリカらとイランは戦争状態になり、イスラム独立防衛隊はホルムズ海峡を閉鎖した(機雷は設置されていないようであるから、完全に封鎖されているわけではなさそうである。)という情報があり、YouTubeの政治動画(国内政治や国際関係等を扱うチャンネルの動画)ではホルムズ海峡の位置関係やそこを通過するタンカーの数量等を示して、論じていた。
その動画で示された地図を次に示す。

この地図では、中東諸国を広範囲に表示されている。
この地図では表示されていないが、トルコの北に黒海があり、さらにその北にウクライナがある。
また、トルコと表示されている地域は世界史では「アナトリア」とか「小アジア」と呼ばれた地域である。
カスピ海も表示されているが、カスピ海は「海」ではない。塩湖(後述)である。
塩湖 乾燥地帯で閉じ込められた海水や地下水が蒸発・濃縮され、高い塩分濃度(1L中0.5g以上)を持つようになった湖である。
余談だが、カスピ海の東500〜800Kmにアラル海があった(現在は。1960年代からのソ連の綿花栽培灌漑政策により干上がっている。)。
世界史の地図帳を見ると、紀元前200年頃の地図には「アラル海」という表記がある。
「アラル海」は、「コラズム海(ホラズムの海)」という古称や別称として世界史地図帳中の地図に記載されていることもある。
アラル海はカスピ海同様に塩湖であるが、その巨大さから「海」とされていたようである(アラル海より遥かに広いカスピ海はなおさら「海」とされたことであろう。)。
前述のようにアラル海は干上がってしまい、現在は見る影もない。
環境活動家は、安全な西側の国で活動せずに、こういう所で活動すればいいのにと思う。
話が逸れたが、なぜ「小アジア」と呼ばれたかというと、かつてアナトリア半島がアジアだと思われていた時期があり、アナトリア半島は「アジア」と呼ばれていたそうである。
しかし、その後アナトリア半島のさらに東に広大なアジアが広がっていることが知られたので、「アジア」の名称はその広大な土地の方を指すことになった。そのため、アナトリア半島は従来からの呼称を残しつつ広大なアジアと区別する意味で「小アジア」と呼ばれるようになったのだそうだ。
それはそれとして、「イラン」という名称には二重の意味がある。 一つはイラン革命前の国名の「イラン」である。
現代のイラン・イスラム共和国は、古代より「ペルシア(ペルシャ)」と呼ばれてきたが、1935年にレザー・シャーが国際的に「イラン」と呼ぶよう要請した(「イラン」は「アーリア人の土地」を意味する。)。
そして、1979年のイラン革命により、国名を「イラン・イスラム共和国」とした。
2026年のアメリカらによる空爆で国家の統治機構が破壊されたので、また新たな国名が付けられるかもしれない。
もう一つは、古代から続く「アーリア人の国」を意味する歴史的・文化的地域名としての「イラン」である。
西洋では「ペルシャ」と呼称されてきたが、地元では古くから一貫して「イラン」と自称されていた。
世界史や地理に苦手意識がある中学生や高校生は、上掲の地図をスマホに格納して電車を待つ時間などに眺めるだけでも学力向上に役立つと思うのだがどうだろう。
ちなみに、よく王朝「〇〇朝」という名前が付いている。
「朝」という王朝名は、古代に君主が朝(早朝)に廷(庭)に臣下を集めて政務を行った「朝廷(ちょうてい)」に由来し、政治や王朝そのものを意味する。朝の「まつりごと」を意味する漢字から転じて、支配者や一族による統治期間を表す言葉として使われている。
のであるが、私は「朝」は「ファミリー」と考えることにしている。
マフィア映画に出てくる「タッタリア・ファミリー」というようなファミリーである。
だから、「〇〇朝」の後継者が別の血筋の者だと「△△朝」という別の王朝名になる。という解釈である。
イランの名称、中東諸国の位置関係、「朝」の解釈。
これだけでも、世界史や地理のハードルが下がると思うのだがどうであろう。
