デジタルノマドになるための挑戦と継続
私が初めてnoteで記事を書いたのが2024年の年始。そろそろ2年が経とうとしている。今では1週間で軽く1万ビューを上回るほどになった。アリガト🧡
いつもは海外旅行の情報発信を主にしているけど、今回は私の生活が180度変わり海外のどこでも仕事ができるようになれたことについて話すね。
とても赤裸々に書いてしまったので長いけど、興味があれば読み進んでね。
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このnoteでは自分の健忘録とどこかの誰かのお役に立てる
そんな記事をゆるっと書いています。
通りすがりの貴方にも...
私はこんな人→自己紹介
コロナ禍を経て
私は10代の頃に未婚で子供をもうけ、一人で20年以上子育をてしてきた。それなりに楽しく仕事と子育てを両立してきたのである。

そんな一人息子も大学生になり手が離れ始めたので、ふらふらと海外へ出始めた2020年。コロナ禍に突入したのだ。
その時の私の仕事は某クレジットカードのコールセンターで派遣社員として働いていた。とても自由な会社で1ヶ月で帳尻を合わせれば簡単に4〜5泊旅行にも行けた。毎月行っていた時期もあった。
もう7年〜8年は働いてたかな。そんな2021年の夏。会社の形態が変わり、急に派遣社員全員カットになったんだよね。ビックリしたけど自由の身になったので自宅のある東京から、九州や北海道に飛んだりしていた。
並行してフィジーへ語学留学しようと話を進めていたけど、また世界的にコロナの人数が増え、渡航しても現地でオンライン授業と言われたので白紙に戻したんだ。
雇われには戻らないと決心
そんな事を1ヶ月しつつ、サクッと転職活動をしたらすぐに次の仕事が決まってしまった。(ま、いいんだけど)
そこは某大手銀行のコールセンター。ほとんどが派遣社員だった。そこで働いて1年経った2022年の夏…また切られたんだけど 笑
理由としては入社して1年で
・息子がコロナになり、濃厚接触者なので入社早々に1週間出勤停止
・その5ヶ月後、私がコロナになり10日出勤停止
・その半年後、腎盂腎炎になり人生最大級の41度の高熱を叩き出し入院
2週間でゲッソリ痩せ、退院して会社へ行くと…
『来月で契約終了です』
って言われた 笑。理由を聞くと「どんな理由であれ1年以内に休みすぎ」ですって。正直「えぇっ!?」ってビックリはしたけど半分笑えた 笑。こんなことがないと中々会社を辞めるきっかけもないしね。
この時にもう雇われで働くのはやめようと決心したんだ。
契約終了の宣告された夜にはワクワクしながら飛行機のチケット買ってたよね。だって自由だもん。ポジティブでよかった〜!
全てのタイミングが重なった

コロナ禍も終了、子育ても終了、ちょうど住宅ローンも終了、そして仕事が終了。もう東京にいる理由がなくなったのよ。
周りから「背中に羽が生えている」「どこでもドアをもっているんじゃないか?!」と言われるほど自由人な私に拍車がかかり、『これは動けというチャンスだ!! 』なんて思って東北6県を車で周ったり東南アジアをウロウロしたり自由に過ごしていた。
そんな時に出会ったのがノマドニアという日本最大級のデジタルノマドコミュニティだった。この出会いが私の人生を180度変えるきっかけとなる。
ノマドニアとの出会い
早速、無料相談会へ申し込みをした。ぶっちゃけオンラインというものがよくわかっていなかったし、その時に初めてZoomというものを使用したくらいだ。その時はスマホで相談会に参加した。
実は1回目の解雇の時にもオンラインでの仕事をしよう!! と意気込んでMacBookを購入していたけど1年間箱の中で眠らせていたくらいだ 笑
『すぐにでも参加したいんですけど次はどこですか?』と聞くと次はメキシコ会だった。その時すでにタイとマレーシアへ行く予定を立てていたので、メキシコ会ではなく4か月後のタイで開催されるバンコク0期に申し込むことにした。
選考が通りまだ時間があったので、それまでは少しでも稼いで海外へ出ようと思い日雇いバイトをしまくった。
ノマドニアの1ヶ月
ノマドニアは1ヶ月間、海外試住体験と10職種の試職体験ができるワークショップ。私は2023年の7月に1ヶ月間参加した。今から約2年ちょい前だね。

今までも東南アジアをウロウロしていたけど、旅行ではなく同じ国で1ヶ月の滞在(生活)をすることで今までとは違った色んな経験ができた。その国の物価、食事、洗濯、地域の人とのコミュニケーションetc
元々、どこでも順応力がある私は快適で楽しい1ヶ月を過ごし、いろんな国の友達もたくさんできた。因みに1ヶ月のホテル代は2万円ほど。
ノマドニアで体験したワークショップ

バンコク0期で体験した職種→コミュニティマネジャー/Webライター/グラフィックデザイン/SNS運用/Webデザイン/Webサイト制作/コーチング/Webマーケティング/Lステップ(LINE構築)/動画編集

参加中は2日間でひとつの職種を体験する。午前中に基本的な基礎をやり、その後課題が出る。午後はフリーなのでみんなでランチをしたあと、それぞれが課題に取り組む。2日目は課題の発表と答え合わせ。この繰り返しを10職種やるのだ。なかなかハードだったよ 笑。
私は、ノマドニアに参加する2週間前にMacBookの操作の仕方を教えてもらったくらいのレベルだ。PCは仕事で使用していたけど、自分のパソコンを使うのはほぼ初めてだった。(ネット見るくらい 笑)
でもノマドニアには教えてくれるファシリテーターもいるし、心強い同期もいる。同期には息子と同年代や息子より下の子達もいた。それでもいろいろと教えてもらい、ノマドニアで『使いながら覚えていく』ことも学んだ。
10職種の職業を体験することで、自分の好き嫌い・得意不得意が理解できた。参加中はついていくのに必死でひーひー言って大変だったけど、今思えば10職種それぞれの仕事内容を理解し、どのようにして作られているのかがわかったことはよかったと思っている。
なぜなら仕事にしなくとも、自分で動画編集もバナー作成もSNS運用も、そしてライターもできるようになったからだ。
ちなみにノマドニア卒業して半年後からはしばらくインタビューライターをしていた。
ノマドニア卒業後に挑戦したこと
卒業してすぐの感想は『全部楽しかった!やってみたい!』が素直な意見。昔から好奇心の塊で全部自分でやってみないと気が済まない性格だったからね。
その性格が凶と出たのか吉と出たのかは知らんけど。2023年の7月の卒業から今に至るまでお仕事としてやってきたことは、全てオンラインで競合調査/ライフカウンセラー/Webライター/インタビューライター/ウェビナー司会/動画編集/オンライン秘書/SNS運用/バナー制作/TikTokライバー/日本語教師だ。(フィリピンで1ヶ月半※フリアコの時期あり)
とにかくできること、仕事としてもらえることには挑戦してきた。
一度自分で仕事として請負い→挑戦して→苦戦して頑張って→納品して→報酬をもらう。この一通りの流れを経験して初めて『今後仕事として続けていくことができるのか?』がわかる。
思えば中学生の頃はよく『何事も挑戦だ!』と口癖のように言っていた。本当に身近な友人なら覚えているだろう。
卒業後もすぐには帰国せず4ヶ月はタイ→マレーシア→バリ島→タイと転々としていた。その後卒業してから2年と3か月、今日に至るまで日本にいたのはトータルで7ヶ月くらいかな。(今はバンコクで執筆)
日本滞在時にも絶対に日雇いバイトには戻らなかった。
だから去年(2024年)は本当に苦しい時期を過ごした。仕事がない。どうすればいい。そんな時にノマドニアコミュニティの仲間たちにはとてもお世話になった。
※「フリーアコモデーション」の略語で、宿泊者が宿泊施設の仕事をするかわりに、無料で寝泊まりができるという仕組み。
ノマドニアコミュニティとの関わり
ノマドニアコミュニティは、ファシリテーターも含めると現在900人以上が在籍している。年齢も職業も住む場所も様々だ。その道のプロも多い。
コミュニティ内では頻繁に様々な『お仕事募集』をしている。少しでも自分にできることがないか?最初に応募したのは簡単なWebデザインの修正だった。
単価はいくらでもいい。とにかく経験が欲しい。その時に出会ったのが今でもお世話になっているケンさん。彼と初めてオンラインで会話した時に『MAMIさんライターなんてどうです?』(もっと話したけど割愛)と助言をもらったのだ。
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ノマドニアの良さは実は卒業してからにもある。たくさんの知識をもった仲間がいるのだ。自分がわからない事や知りたい事があればいつでも助けてくれる。大いに活用したほうがいい。そして一気に日本全国・世界各国に仲間ができた。
『ノマドニア卒業生』というだけで、国内でも海外でもそこに行けば誰かしらいるのだ。こんな安心感はない。
そして仕事のことでも、その国のことでも誰かしら知識を貸してくれるから、とてもありがたい。これは本当に一生モノの財産だと思っている。
今、私が大信頼している「神3」(と勝手に呼んでる)は、開催国も違うし年代も違う。
人に言われて気付いたこと
ノマドニアは今、世界7箇所で開催されている。そこへ行けば誰かがいて話しをすれば知識も増え、困っていれば助言ももらえる。

ノマドニアを卒業してから、自分の参加会の同期だけではなく他の会の子達にも会うようになった。年齢は違えど意気投合し、とても仲良くなることができた。
そんな中で『MAMIさんは話すことが好き』とよく言われることに気づいた。
振り返ると過去の仕事が
・各業界コールセンターで18年以上仕事をしてきた。
→私ができること。
・20年ほど、スナックで働いてきた。
→私が得意なこと。
・ネイルの資格を取り自宅サロンをした。
→私が好きなこと。
全て人と会話する接客がベースにあり、苦も無く楽しく働いてきた。
そして私は今、人と会話する仕事『日本語教師』としてどこでも働けるようになった。これも「日本語教師って仕事があるんだよ」と教えてもらったおかげだ。
もちろん仕事として収入を得るまでには、たくさんの苦労や試行錯誤、四苦八苦、紆余曲折、七転び八起きをしてきた。
日本語教師の仕事は「日本語を教えるだけ」ではなく「人が好き」「話すのが好き」「人の役に立ちたい」と思わなければ挫折する人も多い。
ノマドニアを通した人と人との出会いが、またさらにあの人を紹介してもらったり、この人と出会ったり…。小さな行動、その一歩がなければ今の自分はない。
これからの自分
『ノマドになって自由に旅がしたい』はあるけど、どちらかと言うと『自由に動けるようになりたい』が強かった。それが今叶っている。
会いたい人に会い行く。もちろん【仕事】を抱えながらだ。授業の調整をする時もある。生徒たちはこの生活の先生を楽しんでくれてるからありがたい。生徒がいる国に会いに行くことも可能だ。(今回タイに来た理由のひとつ)
よく旅先で1日仕事をしていると「せっかく海外来てる(行ってる)のになんで?」なんて思う人もいるだろう。私はただ、その国で生活をしているだけで、休みがあれば観光へ行くこともある。
仕事の合間には現地のものを食べ、現地の人たちとコミュニケーションを取って一緒に飲むこともあれば出かけることもある。もし、日本で何かあればすぐに帰国できる自分でもある。
今後のことは、元々あまり考えない性格。なので旅をしていて気に入った場所があると長居するし、また戻ってくる。楽しいことがあれば参加する。人生はあっという間だしどーなるかなんて分からないから、その時やりたい事、夢中になれる事ができたら幸せだ。
あとがき
今回ノマドニアの4周年記念のブログリレーに参加してこの記事を書いたよ。アウトプットすることで、自分自身の振り返りにもなった。
改めて、あの時知らない世界に飛び込んで行動してよかったと思っている。あのまま転職をして今までと同じようになんとなく自分ができる仕事をなんとなく定年まで働くなんて、私はそんな生活に戻りたくなかったから。
もちろん自由には責任も伴う。仕事をしなければ収入もない。日本語教師という仕事が本当に大好きで、生徒たちの人生の転機に立ち会える仕事が大好きだ。
そのうち、日本語教師の記事も書くね!最後まで読んでくれてありがとう!!
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