娘の担任に言われた言葉から
娘が小学校1年生の時のことだ。午前中、職場に電話がかかってきた。娘の担任からだった。娘が熱を出して保健室で休ませているのですぐに迎えに来てほしいとのことだった。その朝、家を出る時は元気だったのにどうしたのだろう。私は心配になったが、子どもは突然具合が悪くなることがある。様子を聞くと、熱はあるが元気もあり、すぐに医者に連れて行く必要もなさそうだと言う。ただ、娘が心細がっているので迎えに来てもらった方がよいという担任の判断だった。
娘の不安そうな様子が目に浮かび、私はすぐに迎えに行ってやりたかった。だが、中学校で教える私には授業がある。他の教師にお願いすることもできるが、突然迷惑をかけたくはない。あいにくその日は午前中の授業がつまっていた。普段は互いに助け合う恵まれた職場だが、その日は出張などで同じ学年の教員が少なく、どの教員も空き時間がほとんどなかった。だから、娘の状態は緊急を要さないと判断した私は、午前の授業が終わり次第迎えに行くと返答した。午後は一コマ授業があったが同僚が何とかすると言ってくれた。
担任は「今すぐ迎えに来るのは無理ですか?」といささか不満げな様子だった。私が事情を話すと担任は「わかりました。では、できるだけ早くいらしてください」と言って了承した。私は「ご迷惑かけてすみません」と謝って電話を切った。
午前中の授業を終えた私は急いで娘の学校に向かった。娘の学校と私の職場は同じ市内なので車で15分ほどで着く。保健室に行くと、娘が私を見てベッドの中から手を振った。重病でもなさそうなので私はほっとした。養護の先生が「さっき熱を測ってみたら下がっていました。でも、風邪かもしれないのでおうちで様子を見てくださいね」と言った。
そこに担任の先生がやって来て、朝からの娘の様子を話してくれた。私よりずっと年上のベテラン女性教師だ。指導力もあり、保護者の信頼も厚い。子ども達も懐いており、娘も慕っている。私も同業者として彼女から学ぶことは多く、尊敬していた。
だが、私が担任にお礼を言って娘を連れて帰ろうとした時、彼女に言われたことばが私の心に引っかかった。彼女はこう言った。「お大事に。本当はすぐに迎えに来てほしかったんですけどね」 口調はやさしかったが、私への非難のようなものが感じられた。
私は電話でのやりとりを思い出した。昼まで待ってくれと言う私の申し出に担任は不満そうだった。すぐに迎えに行くことを担任が望んでいたのは私にもわかったが、私はそれをしなかった。彼女はそのことが不満だっただろう。「自分の娘のことなのに!」と思ったかもしれない。娘の心細い気持ちを考えてそう言ってくれたのかもしれない。
彼女の言葉に私が引っかかったのは、彼女が同業者ということにもある。教師にとって授業は大事な職務だ。同じ教師ならばそれを理解してくれると思った私が甘かったのだろうか。
教師としての立場と親としての立場から葛藤を抱える人は少なくないと思う。内情を知っているが故に、親として我慢を強いられ、ジレンマに陥ることもある。私も、娘の入学式や卒業式は勤務校と重なり、どちらも出席できなかった。でも、仕事をしている以上はしかたがないと自分に言い聞かせていた。
同業者である担任の言葉に引っかかった私だったが、時間を置いてから「自分ならどうだろう」と考えてみた。教師として担任と同じような対応をしたのではないか。口には出さずとも「本当はすぐに迎えに来てほしかった」という気持ちになったかもしれない。
その時の経験を通して、少なくともその後の私は保護者への対応にそれまで以上に気を配るようになった。保護者の状況はそれぞれ異なる。同業者であってもそれは変わらない。緊急を要するか否かの判断を含めて、保護者への対応は相手の立場を考えて慎重に行うべきだという思いを強くした。その意味では善い経験だったと思う。
同業者の対応ということでは、学校で息子が怪我をした時にも疑問を感じた経験がある。それは以下の記事↓
