ウチはウチのやり方で
「みんなずっと踊ってばっかりなのにはちょっとびっくりしたな。だって、ミロンガではふつう友達としゃべったりとか、踊ってない時間も結構あるでしょ? そういうのがほとんどなくて、みんなもう、フラフラになっても、ずーーーっと踊ってる。あれは一種のカルチャーショックだったなぁ」
というのは2000年代に初めて国外で教えた時のことを振り返っていうアルゼンチン人のマエストラ。くだんの場所はオランダですが、どこであれ、タンゴに熱心な所ほどみんな踊りたくてたまらないので「ずーーーっと踊ってる」状態になりがち。まあそれでもいいじゃんか、とおもうのですが確かに遊びとしてはちょっとコワいかも。
(タイトル写真: El Corte Annex の礎石)
24時間ノン・ストップのダンスパーティであるタンゴマラソンなどもあちこちで開催されているので、あまり不思議に感じなくなっていましたが、いわれてみると、そういう体力勝負のイベントはブエノスアイレスではほとんどない。この違いはどこからくるのか?
「ブエノスアイレスでは必要ないからだよ。ブエノスアイレスではタンゴは常にあって、みんな意識しなくてもそれになじんで暮らしているけれど、ヨーロッパじゃそうはいかない。でもタンゴはコミュニティの活動だ。ある程度以上の人数の人がタンゴに親しんで、安心して踊れるコミュニティをつくるには、長時間ぶっ続けのイベントはとても有効なんだ」
と明確に答えるのは、エリック・ヨリッセン(Eric Jørissen)。エリックはタンゴリバイバルの初期からオランダで活動を開始し、ぺピート・アヴェジャネーダ(Pepito Avellaneda)などに師事したタンゲーロであり、世界的影響力をもつタンゴ教師であり、ダンス活動だけにとどまらないタンゴコミュニティ El Corte の創設者でもあります。El Corte があるのはナイメーヘン(Nijmegen)、字面からは読みかたのわかりづらいオランダ東部の大学街です。アムステルダムから電車で1時間半、駅から歩いて10分ほどの住宅地の一角にある El Corte Annex には目立つ看板などはなく、うっかりすると通り過ぎてしまいますが、その内部はダンスホールだけでなく、ビジターのための宿泊スペース、多世代混住のポリシーで運営されている賃貸アパートなどまでふくんだ、ちょっと他に例のないタンゴ複合施設となっています。
社会的活動としてのタンゴ
このユニークな施設は、タンゴの伝統のない街にタンゴのコミュニティを育てるにはどうするか? という問いに対する答えの一端として出来上がりました。タンゴをダンスという側面からのみとらえると、プロの踊る華やかな踊りがどうしても頂点に来てしまいます。しかしながら、タンゴは庶民が気軽に踊って楽しむ娯楽として発展したものであり、こちらのタンゴは人と人のつながりがないと成立しない、コミュニティが基盤の活動なのです。
タンゴリバイバルの始まった1980年代後半のオランダで、パフォーマンス系のダンスの影響が強かったアムステルダムと異なり、エリックは一般の人が踊って楽しめるサロン・タンゴを中心にナイメーヘンで活動を始めました。従って彼の El Corte では1994年設立の当初からコミュニティづくりにも力をいれ、例えば、大学街という土地柄多い学生、外国人、アーティストなどが気軽に参加できる、抑えめ価格・多言語対応のワークショップやミロンガ、また参加者同士がお互いに慣れる時間を十分とれる長時間のイべント、タンゴマラソンなどを意識的に行ってきました。
そんなイベントの一つが毎年夏に開催されるインターナショナル・ウィークです。その名の通り参加者は世界中からあつまり、日中はワークショップ、夕方はプラクティカ、夜はミロンガ、人によっては寝袋持参でスタジオの簡易宿泊スペースで眠り、朝ごはんをたべてまた踊る、とまさにタンゴ漬けの一週間を過ごします。その雰囲気は、ちょっと部活の夏合宿と野外音楽フェスティバルが混じったような感じといえるでしょうか。エリックをはじめとする El Corte の教授陣はブエノスアイレスの伝統に深く敬意を表する一方で、ヨーロッパ的自由・平等・友愛の精神にもとづいて、参加者がみんな安心して踊れる環境をつくりだすことに成功していることも特筆に値すると思います。女性がリードしたら嫌がられるかな、とか男性同士で踊ったら奇異な目で見られるかな、なんて心配はここでは無用。そんなわけで、一週間が終わるころには参加者はみんな顔見知りになっていて、タンゴをとおして生まれた連帯感をもって自分の場所に帰っていきます。
このようなユニークな活動の結果、 El Corte は、常連はもとより地元で育ったタンゴ教師、DJ、ミュージシャンに世界中に広がるファンベースをもつコミュニティになりました。おそらく日本にも El Corte に「青春」の思い出をお持ちの方が何人もおられるんじゃないかなとおもいます。
現在の El Corte は地域社会に貢献する一般受益団体(オランダ語で Algemeen Nut Beogende Instelling, ANBI、一種の公益団体)として活動しているそうで、地域の人が集うソーシャル・ハブ、心身の健康の増進などの機能のほかにも、コミュニティのタンゴ・ミュージシャンに新作品の委託制作をする、さらには多世代混住型賃貸アパートの経営なんていうのも彼らの事業に組み込まれています。なぜアパートなのかというと、長年コミュニティに貢献してきた人たち、例えばダンス教師などが、引退後もコミュニティの一員として暮らしていけるような仕組みをつくる試みの一環なのだそうです😯(エリックが自分の言葉で自分と El Corte の歴史を語っているビデオはこちら)。
「タンゴは行き場なく寄り集まってきた人たちの創造物。寄せ集めのエネルギーのあるところなら(アルゼンチンでなくても)成立する」と過剰な本場崇拝を排し、地元のダンサー・教師を中心に世界中にファンを増やしつつ、地域密着型ビジネスとしても成立させてきたエリックと El Corte 。ナイメーヘンという土地柄、民間主導の芸術活動をサポートするオランダの制度なども重要なファクターなので、彼らのやり方はどこでも有効というわけではないかもしれませんが、少なくとも「本場アルゼンチン」のスターダンサー頼みのビジネスモデルとは一線を画し、また、オランダに限らず、どこでもタンゴコミュニティが直面しがちな諸問題にも様々な示唆を含んでいるように私には思えます。
「ウチにはなんでもウチのやり方があるので、(初めての人は)FAQをまず読んでから来てね」
とウェブサイトにあるのは、彼らの自信と誇りのあらわれと考えていいんでしょうね🌹
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