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Web小説「面影の町、松阪・尾鷲 」 ー 巨大煙突と岩塔の狭間でー 第1話「連判状」(その1)

あの連判状は、いま思えば、少年たちが人生で初めて打ち立てた小さな岩塔だった。

それは秋の土曜日の午後、人気のない教室に集まった小学生を前に弘明が言い出した。

「それじゃ、ここに一人ひとり名前を書いて、連判状を作るんや――」

そう言って弘明は、主のいない机の上に巻物を広げた。習字用紙を茶色の厚紙で裏打ちし、遠足で握り飯を包む竹の皮で表装した。それはテレビで見たものを真似て作った。

集まった忍者は五年から三年まで八人。
弘明以外、同じ村で、長は川田節(みさお)。

弘明が転校してきた三年の春、偶然彼が隣の席に座っていたのだ。何かにつけて、村の連中が節のまわりに集まっていた。それが、いつの間にか弘明も、その中に入っていた。

「連判状ってなんや?」
四年生の毅が、そう聞く。

「集まって忍者ごっこだけなら面白ない。これに皆の名を書いて仲間の証にするんや」

「あかし……って、なんや」
と、幼い三年生のひとりが聞く。

「何があっても、仲間を裏切らん証拠や」
弘明より先に節が諭すように言う。

使い古した机を真ん中に、皆が真っ白な紙を覗き込む。ただ、毅の妹で三年の美奈子だけが、訳が分からない顔をして見ていた。

「俺も、テレビで見たことある」
「口に咥えてドロドロドロってやつか?」

「あれは忍法の巻物や。これは自分の名前の下に血つけて、約束の証にするんや――」

そう弘明は、いかにも得意気に口走った。

「血って、どうやってつけるんや」
黙って紙を見ていた節が、そう聞いた。
弘明は一瞬怯んだ。

思いつくまま口にしたものの、どうやって血判するかは考えていない。
弘明は節を見たが、その目は真剣だった。

「コ、コンパスや――コンパスの針で、指を刺したら血が出る。それを押すのや」

弘明の声が上ずる。悪い癖が出た。
人の気を引こうとして後先を考えない。
それが弘明の持つ、一種の特異な性だった。

皆が注目する中、節が襷がけにした帆布の鞄を前にまわした。カバーを開けてセルロイドの筆箱を出すと、節の顔が引き締まった。

(こいつ、まさか本当にやるのか……)
と、疑う弘明の顔が青ざめていった。

節はおもむろに鉛筆を出すと、巻物の一番右側に大きな字で川田節と書いた。そしてコンパスを取り出すと、改めて身構えた。

弘明に止める暇はなかった。節は口を真一文字に結び、ふっと息を吸ったかと思うと、針先で自分の左手の親指を突き刺した。

皆、はっとして、一瞬体を引いた。
幼い美奈子は目を真ん丸にして、毅の後ろに隠れた。

節は右手で連判状を抑えると、血の出た指先を自分の名前の下に押しつけた。

その一瞬、彼の表情が曇った。
だがすぐ指を上げると、すばやく口に咥えたのだった。

(つづく)

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